和傘の美しさが映える昭和初期の雨の京都

京都市の星野画廊で開かれている「失われた風景・懐かしい光景」展で、前田荻邨(てきそん)という日本画家の《出町の緑雨》を見る機会を得た。無名画家が描いた雨の情景だが、清々しい作品だ。

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前田荻邨《出町の緑雨》 昭和初期 星野画廊蔵

 

描かれているのは、昭和初期の京都・出町柳の風景。和傘の美しさが際立っている。画家は、和傘を描きたかったから、わざわざ雨の風景を描いたのかもしれないとさえ思わせる。路面の雨の描写も美しい。日本画家も西洋の表現法を研究した時代だったが、水の反射を巧みに描いた成果は、写実性の視点から見ても、かなりイケている。

しかも、古風で美しい和傘だけでなく、画面の端っこには洋装の男性が差すこうもり傘が描かれている。当時の京都をリアルに映しつつ、画家は和傘と洋傘の対比をこっそり楽しんでいたのではないだろうか。雨を筋で描く手法は江戸時代中期以降の浮世絵ではときどき見るが、明治以降は肉筆の日本画にも広がったのだろう。

画面がずいぶんパースペクティブなところは、モダンさを感じさせる。画廊主の星野桂三さんによると、ここに描かれている柳が、出町柳という地名の由来になった柳の木とのこと。現在の出町柳にある柳は、もっと新しいものなのだとか。

なお、宇田荻邨というもっと有名な画家がいて、よく間違えられるそうだ。

※本記事は、つあおのアートノートから転載したものです。

失われた風景・懐かしい光景」展
― 初公開作も含め、画廊秘蔵の名品・佳品を一堂に ―

会場:星野画廊(京都市)
会期:2024年7月9日(火)〜9月14日(土) 10:30AM〜6:00PM
前期:7月9日(火)~7月26日(金)
後期:8月20日(火)~9月14日(土)

著者: (OGAWA Atsuo)

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩美術大学芸術学科教授。「芸術と経済」「音楽と美術」などの授業を担当。一般社団法人Music Dialogue理事。
日本経済新聞本紙、NIKKEI Financial、ONTOMO-mag、東洋経済、Tokyo Art Beatなど多くの媒体に記事を執筆。多摩美術大学で発行しているアート誌「Whooops!」の編集長を務めている。これまでの主な執筆記事は「パウル・クレー 色彩と線の交響楽」(日本経済新聞)、「絵になった音楽」(同)、「ヴァイオリンの神秘」(同)、「神坂雪佳の風流」(同)「画鬼、河鍋暁斎」(同)、「藤田嗣治の技法解明 乳白色の美生んだタルク」(同)、「名画に隠されたミステリー!尾形光琳の描いた風神雷神、屏風の裏でも飛んでいた!」(和楽web)など。著書に『美術の経済』(インプレス)