「美術評論のこれまでとこれから」古川美佳

質問1これまでの美術評論でもっとも印象的なものについてお答えください。

 金芝河(キム・ジハ)著『民衆の声』(金芝河作品集刊行委員会編訳、サイマル出版会、1974年)は、時を経たいま読み返しても印象的です。日本語に訳された著者・金芝河(キムジハ1941-2022)によるこの詩と芸術論に、頭を殴られるような衝撃を覚え、かつて私自身の韓国留学のきっかけにもなりました。
 金芝河は一編の詩によって当時の軍事政権に抗い投獄されながらも、社会から遊離した美術や芸術における「美」の欺瞞を暴き出し、現実社会との徹底した対峙と照合から滲み出る現実主義―リアリズムの美学を問いつづけました。
 とくに、この本に収録された「現実同人第一宣言」(1969年)は、80年代韓国の反独裁民主化運動と美術運動に大きな影響を与えました。「芸術は現実の反映である」との一文ではじまり、「現実から疎外された造形の社会的効力性を回復する」ことをテーゼとして掲げています。いまだに植民地主義が跋扈する東アジアやパレスチナ/イスラエルの戦争状況等を前に、改めて日本に住まう者私たちにも美術ー表現のありかを問いかけるようです。

 

質問2これからの美術評論はどのようなものになりうるかをお答えください。

 私はこれまで主に韓国の美術をリサーチしてきましたが、近年は、北側の朝鮮民主主義人民共和国の美術についても知るべきと考え、「”朝鮮”美術文化研究者」として南北/在日を含めた朝鮮半島の美術について微力ながらも語っていきたいと思っております。
 その際、欧米主流の美術認識だけでは見えてこないものも多いので、東アジアをとりまく背景―社会政治的状況への理解を深めていく必要があることを痛感します。日本にくすぶる差別意識や美術界における「政治的なるもの」への過剰反応および排除等をなくしていくことも、これからの美術評論全体の活性化につながるのではないかと思います。

 

 

著者: (FURUKAWA Mika)

専門は朝鮮美術文化研究。早稲田大学卒業、韓国延世大学韓国語学堂終了、在韓国日本大使館専門調査員を経て、現在、女子美術大学非常勤講師、東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程在学中。2021年8月韓国の金復鎮賞受賞。著書に『韓国の民衆美術?抵抗の美学と思想』(岩波書店、2018年)、共著に『韓国・朝鮮の美を読む』(CUON、2021年)、『東アジアのヤスクニズム』(唯学書房)、『韓流ハンドブック』(新書館)、『光州「五月連作版画―夜明け」』(夜光社)、『アート・検閲,そして天皇』(社会評論社)など。2000年光州ビエンナーレ「芸術と人権」展アシスタントキュレーター、日韓の美術をつなげる。