包括的なスパイ防止法の制定を巡る議論が国会等でやかましく論じられています。すでに我が国には、特定秘密の保護に関する法律(特定秘密保護法)や重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律(重要経済安保情報保護活用法)が存在しておりますが、スパイ防止法が仮に制定されてしまったら、治安維持法の再来になりかねない恐れがあります。
スパイ防止法をごり押しする勢力は、もしかしたら「治安維持法100年」の節目を寿ごうとしているのではないかと邪推してしまいます。治安維持法は1925年に制定された「天下の悪法」です。しかし、治安維持法が敗戦後も生き続けて欲しいと願っていた政治勢力が間違いなく存在します。彼らは、2025年にスパイ防止法を制定することが、治安維持法的なるものは正しく、その正しい存在が100年きちんと生き続けてきたことの証明になると考えているのかもしれません。
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防諜カルタの箱、表面
石川県内の某ミュージアムに「防諜カルタ」が展示されていました。キャプションが簡にして要を得た内容だったので全文紹介します。
日中戦争勃発後、軍機保護法が全面改正されるなど防諜(敵の諜報活動を防ぐこと)体制の強化が図られた。その一環として、紙芝居や「かるた」などのあらゆる手段を通じて、子供を含めた国民の防諜意識を高める試みがなされた。
スパイ防止法が制定され、他国からの脅威が過剰に煽られる世の中になれば、2000年代にふさわしい防諜カルタが登場する事でしょう。それは、ゲーム機の中のコンテンツ、スマホやパソコンやSNSなどを使った新しい装いの“防諜カルタ”になることでしょう。
さて、「美術評論+」を読んでいらっしゃる方は美術関係、あるいは美術に興味関心をお持ちの方が多いと思いますので、包括的なスパイ防止法が制定された際に、どのような不利益が起こりうるのかを簡単に紹介しておこうと思います。
【表現の不自由】
あなたが撮影した風景写真を写真雑誌に掲載しました。あるいは、自分のSNSで発表しました。
あなたが屋外で写生した風景を油絵にして、個展で発表しました。あるいは、自分のSNSに画像をアップしました。
何の変哲もない風景です。
ところが、ある日、あなたは拘禁刑に処せられてしまいました。なぜか?
写真撮影、写生で捉えた風景の中に、国の秘密にしたい建物の一部が入っていたからです。恐らくは安全保障上、軍事上の機密、あるいは軍需産業に関する情報が、その写真や絵の中に入っていたからです。
しかしですね、恐ろしいのは、「何が秘密・機密なのか?ということは普通の国民には全く知る由もない」という点です。たとえば特定秘密保護法では特定秘密の取扱者は「行政機関の長」「国務大臣」「内閣官房副長官」「内閣総理大臣補佐官」「副大臣」「大臣政務官」らだけに制限されており、要するに普通の国民は「特定秘密」が何を表しているのかが分からないのです。
これは実に困った話です。秘密の全貌がブラックボックスの中に閉ざされており、一般庶民が全くそこにアクセスできないということは何を意味しているでしょうか。賢明な皆さんなら即答できるはずです。そう、「特定秘密の範囲がどんどん拡大される」恐れがあるということです。一般国民の知らないうちに、秘密の領域がどんどん大きくなっていく恐れが十分あるわけです。そのような事態が進行していくと、どのような社会が出来上がるでしょうか?
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防諜カルタの絵札と字札(イ・エ・カ)
【ディストピア日本】
▽国策を少しでも批判・揶揄するような絵画、映像、彫刻、インスタレーション、小説、短歌、俳句、川柳、評論、音楽、演劇、学術論文、各種論考などを執筆・発表しただけで逮捕される恐れがあります。
▽ご自身のスマホを使って、政治家や政治を批判する文章をSNSに投稿しただけで、あなたという個人があっという間に特定されて逮捕される恐れがあります。
▽反権力的な内容の集会や会合やデモに出席・参加していただけで、逮捕される恐れがあります。
▽居酒屋やバーや喫茶店で、政治(家)批判と受け取れるような内容の会話をしていただけで、逮捕される恐れがあります。
▽反権力的な内容の書籍をたびたび図書館から借り、自宅の蔵書も反権力的な内容のものが多かった場合、逮捕される恐れがあります。
▽自宅の中で、政治批判をしていたら逮捕される恐れがあります。(これは盗聴や密告を逮捕までの過程で使っています)。
まだまだ、多くの逮捕されてしまう行動のリストは挙げられますが、ここら辺でやめておきます。読者の皆さん、これは筆者の妄想でも何でもありませんよ。スパイ防止法が制定されてしまったら、国民の自由が著しく制限されるのは間違いないのです。
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防諜カルタの絵札と字札(ス・ヒ・マ)
【政治家、官僚、公務員は憲法を順守せよ】
日本弁護士連合会の「憲法って、何だろう?」をきちんと政治家や官僚の皆さんに読んでほしいです。一番、冒頭の部分に掲げられた、この言葉がアルファにしてオメガです。
憲法は、国民の権利・自由を守るために、国がやってはいけないこと(またはやるべきこと)について国民が定めた決まり(最高法規)です。
国が暴走しないよう、制限をかけ、やってはいけないことを国民が決める・・・それが憲法、法律の本質です。スパイ防止法的なるものはこの崇高な理念とは全く反対の方向性です。つまり、国がけしからん国民を取り締まるということです。国民が国を監視し、縛りをかけるのが立憲主義の基本なのに、なぜ、国民が縛りをかけられないといけないのでしょうか?
政治家や官僚や公務員の皆さん、頼みますから、もう一度、日本国憲法をよく読んでください。そして憲法を順守してください。
【現行法案で十分、対応可能】
スパイ防止法案を制定したい方々は、海外からの脅威を盛んに煽って、スパイ防止法の必要性を力説します。しかし、落ち着いて考えてみれば、すでに、日本で施行されている各種の法の範囲で十分に対応できる“脅威”ばかりのように思えます。わざわざ新たな法案を通そうとするのは、国外からの脅威に対応するというよりは、日本国民の中の“危険分子”を一切合切、除去しようという欲望によるものとしか考えられません。
先ほどご紹介した防諜カルタの絵札、字札をもう一度、よくご覧になってみてください。これらの絵や字は、虚心坦懐に見れば、明らかに国民を脅していますよね。外敵から国民を守る、というよりは、むしろ、国の中に潜む“獅子身中の虫”を根絶やしにしたい、という国家の仄暗い欲望しか見えてきません。国に常に監視され、脅かされ、軽微な疑いでも逮捕され、職を奪われ、社会的生命を抹殺させてしまうための法律、それがスパイ防止法です。これは、まさに治安維持法の再来としか言いようがありません。
最後に神学者アウグスティヌス(354~430年)の名言をご紹介しましょう。
AN UNJUST LAW IS NO LAW AT ALL
そう、不当な法律は法律ではないのです。スパイ防止法案をごり押しする方たちよ、「国民を守る」という美名のもとで、国民を脅かすような真似は金輪際やめてくださいな。(2025年11月23日22時13分脱稿)

