In Street We Trust 市原尚士評

ワタリウム美術館(東京都渋谷区)で開催中のオスジェメオス+バリー・マッギー One More 展には、もう足を運ばれましたか?

会場に足を踏み入れれば、まるでストリートアートやヒップホップが盛んな海外のどこかにテレポーテーション(瞬間移動)してしまったような気分が味わえます。皆さん、アーティストのことは先刻ご承知のこととは思いますが、念のため、説明しておきます。

美術館内に即興で描かれた壁画

 

オスジェメネスは双子の兄弟のアーティストデュオ。1974年、ブラジル・サンパウロ生まれです。ちょっぴり、キモイ……だけど陽気そのもので明るい雰囲気の人物(含む変な生き物)の描写が持ち味。世界中の都市空間、そして美術館で作品を発表してきました。

バリー・マッギーは1966年、米サンフランシスコ生まれ。「憂鬱そうな男の顔」と呼ばれる、どこかシニカルでニヒルな人物像などで知られる、世界の人気者です。「TWIST」というタグ名で知られるグラフィティ・アーティストでもあります。

こちらも館内の壁面

 

さて、この展示の最大の見どころは、たった今、描きあがったばかりの作品群と出会えたような臨場感を味わえる点です。展示会場のパネル解説を一部引用しますので、読んでみてください。

「One More」は、単なる展覧会を超えた、家族の集まりのようなものだ。私たちオスジェメオスとバリー・マッギーがまっさらな空間で出会い、そこで即興や物語が自然と生まれてくる。美術館の空間やフロアを埋め尽くしていくさまは、バンドがそれぞれ自分の最高の音を出しながら、即興で曲を作っていく過程に似ている。

うーん、実に良い解説文ですね。まったくその通りです。スプレーや絵筆を「音」のようにして、ワタリウム美術館で催行されたジャムセッションに立ち会っている感覚が濃厚に漂っているのです。

2組の偉大なアーティストが最初に出会ったのは1983年のこと。サンパウロでアーティスト・イン・レジデンスをしていたマッギーに、まだ二十歳にもなっていないオスジェメオスが近づきました。8歳年上のカッコいい先輩と双子は、その後も親交を深めていましたが、一緒に展示をするのは意外にも今回が初めてなのです。

レコードショップを模したインスタレーション

 

会場内は、良い意味でカオスです。美術館の中にいるとは思えないほどのストリート感です。奇妙な表情の巨大な人物画、アニメ、レコードショップを模したインスタレーションも設置されています。とにかく楽しいです。そして、2組のアーティストが美術館内で制作している風景を収めた映像が流れていますので、これは必ずじっくり見た方が良いです。力量の高いアーティスト同士がどうやってセッションを繰り広げていくのか、その創造の秘密の一端が、この映像からうかがえるからです。

インスタレーションの天井にはびっしりとレコードが貼られていた

 

展示を見ている時に、この2組よりも、さらに若い、いわば後輩のストリート・アーティストの名言を思い出しました。

MY WISH:USE ART TO TURN THE WORLD INSIDE OUT.

アート好きの方なら、「これ、誰の名言か知っている」と言いそうですね。そう、パリを拠点に世界中で大活躍するストリート・アーティスト・JR(1983年生まれ)の言葉です。JRの願いは、筆者や多くの若手アーティストの願いにも重なります。

「芸術で世界をひっくり返せ」と願って、懸命に制作を続けている方たちが、アフリカにも南米にも、東南アジアにも欧米にも、どこにでも存在するのです。美術館という「制度」が、彼ら彼女らの自由奔放な活動になかなかついていけないのは、自明の理です。美術館は、評価の定まった作品しか収蔵・紹介しようとしないからです。まだ海の物とも山の物ともつかない作家・作品こそをどんどん取り上げる“勇気”が美術館には求められていると確信しています。

評価が定まる、というのは、その作家・作品が死んでしまったということとほぼ同義です。生きているうちに、きちんと面白いものは顕彰していかなければならないと思います。

ワタリウム美術館の展示を美術館の偉い人にどんどん見てほしいです。そして、この展示から刺激を受けて、「よーし、うちの美術館でもまだ評価の定まっていない芸術家を積極的に紹介していこう」と思ってほしいです。会期の長い展示です。美術館の偉い皆さん、ぜひ、本展に足をお運びください。

それにしても、サイドコア展も素晴らしかったワタリウムさん、絶好調ですね。「In Street We Trust」を美術館の標語に掲げてもいいのでは?(2026年11月26日12時24分脱稿)

著者: (ICHIHARA Shoji)

ジャーナリスト。1969年千葉市生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。月刊美術誌『ギャラリー』(ギャラリーステーション)に「美の散策」を連載中。