
大阪中之島美術館
「拡大するシュルレアリスム 視覚芸術から広告、ファッション、インテリアへ」
会期:2025年12月13 日~ 2026年3月8日
会場:大阪中之島美術館
1924年にアンドレ・ブルトンが書いた「シュルレアリスム宣言」から100年。アートだけではなく、あらゆるジャンルに影響を与えたその拡がりを紹介する展覧会が、大阪中之島美術館で開催されている。ルネ・マグリットの《シュルレアリスムの花嫁》(1957年)を中心とした大阪中之島美術館所蔵のコレクションに加え、国内のシュルレアリスムの優れた作品を集めて構成されている。

ルネ・マグリット《シュルレアリスムの花嫁》(1957年) 大阪中之島美術館所蔵
もともと大阪中之島美術館が、佐伯祐三作品の寄贈をきっかけに、1980年代に大阪市の近代美術館として構想された背景がある。すでに高騰していた印象派の作品ではなく、20世紀の芸術作品を収集してきた経緯から、コレクションを基盤にした展覧会は幾つかの方法に絞られてくるが、シュルレアリスムはその有力な柱であったと言えるだろう。同時開催されていた「新時代のヴィーナス! アール・デコ100年展」(「アール・デコと女性」をテーマに)も、同じような背景を持っている。アール・デコという名称が、もともと1925年に開催された現代装飾美術・産業美術国際博覧会(Exposition Internationale des Arts Décoratifs et Industriels modernes)、通称アール・デコ博からとられていることからも、シュルレアリスムとは同時代性を持っているといえる。国内でも人気の衰えない印象派以降の作品で、大衆性と今日性を獲得するために、「女性」や「日常」に着目することは慧眼といえる。
さて、芸術の近代化、モダンアートは、実質的に印象派から始まった。モダニズムが端的に何かと言われると、西洋の歴史、主にギリシア・ローマ、そしてキリスト教で育まれた様式からの離脱(セセッション)である。しかし、離脱すれば過去の様式は使えず、宙に浮いてしまう。日本の美術は、西洋とは異なる方法による洗練を示したことで、大きな影響を与えた。それは大きく言えば、生活における美というものになるだろうが、絵画に限って言えば、浮世絵に見られる大胆な構図と色彩構成、自然の描き方といったものになる。中でも現実を肯定的に描いたことが、ギリシア神話や聖書、あるいはロマン主義的な英雄的な人物像から、中産階級の日常を肯定的に描くことを後押しした。
印象派の時代、重要なのはありのままの現実であり、その主観的な印象であった。ルネサンス以降、西欧では絶え間ない革命の運動が行われ続けてきた。宗教革命、科学革命、市民革命、産業革命、プロレタリア革命という具合に、中世以来のキリスト教的コスモロジーは解体し、その精神は不安定であり続けて来たといってよい。印象派もまた産業革命や市民革命の産物ともいえるが、日本の影響を受け現実を肯定するという要素があったため、今日においても幸福感のある作品が多数残った。
しかし、フォーヴィスム、キュビスム、抽象表現主義を経て、現実を肯定的に描くことはなくなっていき、シュルレアリスムにおいて、宗教の代替となっていた理性が根本的に揺らぎ、現実そのものが砕けていく「超現実」が生まれる。それは第一次世界大戦の影響が大きい。軍隊だけではなく、ヨーロッパ全土の国民全員を巻き込んだ総力戦であり、戦車、飛行機、毒ガス、潜水艦、火炎放射器といった、大量虐殺が可能な近代兵器が次々と投入され、芸術家も含めて多くの人が巻き込まれた。
1920年代というのは、そのような人間主義への圧倒的な不信がある。デカルト以降、理性が身体をコントロールすると考えられていたが、フロイトによって、理性、意識に抑圧された無意識というものが発見され、自身でも自覚していない無意識によって、行動が促されていることに気付かされることになった。また、第一次世界大戦は、スペイン風邪の流行によって終結が早まったといわれるように、1918年に休戦された後も流行は続き、1920年頃ようやく終息する。
被害の少なかったアメリカの1920年代は「狂乱の時代」と言われているが、アメリカの景気を受けて、多少なりとも回復したヨーロッパにおいても、反動として人々が積極的に交流したということはあるだろう。またロシア革命によって、一足早く戦争から手を引いたロシアが、初の社会主義国、ソビエト連邦を建国するに至り、プロレタリア革命や共産主義社会に対する憧れと警戒も同居していた。

プロローグ 展示風景
そこで生み出された革新的な表現方法は、「高次のリアリティと夢の全能への信頼に基づく」とブルトンが言うように、理性に抑えられていた夢や無意識のイメージを解放し、体制を転覆させる革命的な志向を内包しながら、視覚芸術、広告、ファッション、インテリアまで広く日常のあらゆるところに影響を与えた。本展はそのイメージの拡がりを国内のコレクションから再構築して、辿ろうとしているというわけだ。展覧会は、プロローグに加え、第1章オブジェ-「客観」と「超現実」の関係、第2章絵画-「視覚芸術の新たな扉」、第3章写真―変容するイメージ、第4章広告-「機能」する構成、第5章ファッション-欲望の喚起、第6章インテリア-室内の変容からなる。
第1章に「オブジェ」をもってきているのは、シュルレアリスムの中心概念だからであろう。対象や客体と訳されるオブジェは、主体(サブジェクト)に認識されてはじめて浮かび上がる。それが現実であるが、超現実においては、主体や理性とオブジェとの関係は、認識や意味から切り離され、その枠外において存在する。主体なき客体といってもよいかもしれない。
だからこそマルセル・デュシャンは、すでにつくられた帽子掛け、瓶乾燥器や雪掻きショベル、コート掛けといったものを、レディメイドとして、想定されている機能をそぎ落として設置した。その極めつけは、男性用小便器を横にした《泉》(1917)であるが、その背景がわからなければ、彼らの意図はわかりにくいだろう。ここでは、デュシャンに加え、マン・レイ、フランシス・ピカビア、サルバドール・ダリ、ハンス・アルプ、アンドレ・ブルトンといった、シュルレアリスムを牽引したアーティストの作品が登場する。
いっぽうで主体と切り離された客体としてのオブジェは、夢を描いた作品にも登場する。夢は極めて主観的であるが、現実の意味世界から解放された、通常では抑圧されている無意識の世界であると思われているからだ。
そのような無意識を描くのは自己矛盾であるが、シュルレアリストは目覚めながらにして無意識に到達する様々な方法を編み出す。それが自動書記(オートマティズム)であり、脈絡のないものをつなぎあわせるコラージュ、半分に折った紙の片面を塗って貼り合わせるデカルコマニー、物の表面に紙を置いて上からクロッキーなどで擦りつけるフロッタージュなどが開発され、絵画技法として洗練されていく。ここに来てデカルト的な一点透視図法に反発する形で発達してきた、印象派、フォーヴィスム、キュビスム、抽象画といったパラダイムは、完全に解体され、別のゲームに突入したといってもいいかもしれない。筆者が関心のある気候と絵画様式の関係も、ここにおいては深い結び付きはないといえる。ただ、マグリットやダリのような具象的なシュルレアリスムは、そのプロセスにおいて自動書記をつくっているわけではないし、夢と現実が混ざるような新たな世界観を写実的に描いている。

第3章「写真」 展示風景
興味深いのは、第3章で紹介される「写真」のように、本来、現実しか写せない、遠近法の理念を完全に自動化したメディアが、現実の痕跡でありながら、現像のプロセスを操作することで、シュルレアリスム的な世界観を表出していることであろう。マン・レイはその代表格であるが、注目すべきは写真が発明されてわずか100年足らずの間に、レイヨグラフやソラリゼーションといった遠近法を解体する方法が、写真において開拓されたことであろう。そこには経済合理的な原理はないので、まさにシュルレアリスム的な表現の拡張という動機だけで生まれた手法である。
第4章の「広告」は、まさに商品そのものではなく、イメージの差異化を自己動機としているもので、副題に「「機能」する構成」と記載されているように、矛盾したようであるが、シュルレアリスム的な非合理的な表現が、もっとも合理的に機能するメディアである。エルンストやジョアン・ミロ、サルバドール・ダリといったシュルレアリストが、直接、ポスターを手掛けるだけではなく、時代精神を表す手法として、急速に認知されていった様子がよくわかる。通常、現実的な空間では並置されることのない物体が横に置かれ、見るものに強い関心を抱かせる。それは、転地、転置を表す「デペイズマン」と称され、新たなイメージ操作の方法として多用された。それは、ブルトンらに発見され、「シュルレアリスムの聖書」と称されたロートレアモンの詩『マルドロールの歌』(1869年)の一節「解剖台の上でのミシンとコウモリ傘の偶然の出会い」を具現化したものといってよい。あるいは、ドイツの劇作家、演出家ブレヒトの「異化(異化効果 / Verfremdungseffekt)」に相当するものである。
デペイズマン、異化といった手法は、シュルレアリスムにおいて初めて行われたもののように思えるが、印象派のバイブルとなったミシェル・ウジェーヌ・シュブルールの対立的な色彩を並置させる「同時対比」は、色彩的、知覚的な異化ともいえ、それが形的、意味的な異化へと継承されたともいえる。さらに、エイゼンシュタインは、異なるショットを組み合せて異化効果を出すモンタージュや、映像と音響のイメージをあえて不一致にさせる、「音と映像のモンタージュ(対位法)」を開発しており、反対のものを同一平面で衝突させる表現は西洋の根幹となる表現といってもよいかもしれない。それは、総じて弁証法的といってよいだろう。岡本太郎は、自身の思想を「対極主義」と述べ、「正(テーゼ)」と「反(アンチテーゼ)」がぶつかり合い、より高い次元の「合(ジンテーゼ)」へと昇華するのではなく、対立したまま引き裂かれる、「爆発する」と述べたが、西洋思想との違いを明確に提示したともいえる。その意味では、シュルレアリスムも、デカルト的世界観を転覆させるもの、としながらも、広義の西洋思想の中にある。
「ファッション」でも、広告と同じようにイメージの差異化が重要となる。すでに1920年代においては、ファッションが単に着るだけのものではなくなったことを表している。それは最後の章「インテリア」においてもそうだろう。本来の配列はかき混ぜられ、異なる組み合わせが日常の中にあふれる、シュルレアリスム的世界で覆われるようになった。
今日、シュルレアリスム的な表現は、デジタル化によって加速的に普及し、AIの登場によって、もはや全体がシュルレアリスム的な世界観に覆われているといってもよいかもしれない。夢や狂気の世界が、ソーシャルメディアに氾濫し、もはや何が現実で何が真実かわからない。大きな嘘(フェイク)もあれば、小さな嘘もあり、真実と虚構の境界も極めてあいまいである。写真が、デジタル情報になり、光と物質的な痕跡を証明するものではなくなり、データの配列のみとなったときから、このような事態は予想できたのかもしれない。シュルレアリスムは、それを100年前に予言していたのである。
しかし、今日の特徴は対立する要素を並置することでショックを与えることではないかもしれない。もっとも自然に見えることこそが、実は大きな嘘であるという、新たな超現実の世界を生きているのだ。

