1.はじめに
2024 年12 月1 日から2025 年5 月18 日まで,ポーラ美術館において「カラーズ ― 色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ」展が開催された.筆者は,展覧会図録への寄稿と2 つのトークイベントを担当した.色彩をテーマに近代から現代までの作品を概観する展覧会で,美術史と色彩史の深い結び付きを体感できた.アイザック・ニュートンの『光学』(1704 年)に倣って,プリズムをポラロイドカメラで撮影した杉本博司の「Opticks」シリーズをプロローグとし,第一部「光と色の実験」,第二部「色彩の現在」という構成であった.なかでも第二部は,日本の若いアーティストや美術工芸の作家,ファッションデザイナーなども含まれていた点に独自性があった.本稿では,「Color」という西洋近代の概念を前提とする色彩観を再考し,環境・質感認知・素材といったローカリティと結びついた新たな色彩観の展開として「カラーズ」展を位置づけたい.
2.美術館コレクションにおける光と色
もともとポーラ美術館は印象派をはじめとした西洋近代絵画や日本の近代絵画のコレクションを基礎としてきた.近年,それらの要素を発展させる形で,現代アートのコレクションも充実させている.ゲルハルト・リヒターやフェリックス・ゴンザレス=トレスなどの作品の購入が話題となったのは記憶に新しい.過去と現在の系譜,文脈をつなぐ意味で重要な鍵となるのが「色」である.この点については,近年日本にも巡回されたテート美術館のコレクション展のテーマが「光」であったことを想起させられるi.それは実質的に「光と色」の展覧会と言えるものだった.テート美術館のコレクション展においてはターナーや印象派を起点とし,西洋近代の「Color」の系譜を展開していた.
印象派は世界中で絶大な人気があり,動員が見込める.しかし,印象派以降となるとゴッホ,ピカソ,マティスといった著名なアーティストがいるが,戦後の前衛美術や今日の現代アートで日本の観客に人気のあるアーティストは限られている.その理由としては,戦後は絵画や彫刻といった古典的な形式とは異なる様々な媒体や形式が模索されたり,今日では社会的な問題をテーマに扱ったりすることが主流となり,難解な表現になっているということもあるだろう.
その中で,光と色は,今日でもモチーフにしているアーティストが多く,印象派からの系譜をつなぐことができるテーマでもあるのだ.しかし,「Color」というテーマを考えたとき,世界共通の概念として捉えていいのかという問題はある.「Color」は西洋の中で発展してきた感覚や概念であり,非西洋諸国や日本の色という感覚や概念と完全に重なるわけではない.非西洋諸国のアーティストの色彩表現の個性は,西洋的感覚や概念と逸脱しているところにあることが多いの
だ.そうなると,西洋中心のテート美術館コレクション展のように,「同一文化圏における色彩表現の多様さ」としては説明しきれない.
3.西洋のコスモロジーの解体と新たな色の概念形成
西洋の中で,今日の「Color」という概念は,ニュートンの光学研究がある種の「コペルニクス的転回」を促した.もちろんニュートンの光学研究も望遠鏡の色被りの改良の延長線上にあり,ガリレオやケプラーの望遠鏡の発展史を継承している.また,それらはカメラ・オブスクラ(レンズのついた暗箱)のようなデッサンの補助器具の開発とも並行しており,レンズの研磨技術の発展が世界の認識を大きく変えていった.その中に「Color」もある.
フランスの紋章学者・色彩学者のミシェル・パストゥローによると,西洋中世においては,異なる色の染料を混ぜることはタブーとされていたii.それは『旧約聖書』の種を混ぜてはならない,という教えに由来していると言われている.色はそれぞれに象徴性があり,混色して別の色をつくることはタブーであり,推奨されていなかった.また,ルネサンス以降,古代ギリシア・
ローマの思想が参照されるようになり,アリストテレスの色についての理論によると,「色は白と黒,光と闇の間にある」と考えられていた.
つまり,色もまた西洋中世のキリスト教社会のコスモロジーの中で象徴体系をもっており,それが17 世紀以降の科学革命によって解体されていくところから今日の「Color」の概念が生まれるのである.ここでいう「コスモロジー」とは,自然観・宗教観・科学的世界像・身体感覚・素材が一体となった世界認識の枠組みのことである.
ニュートンのプリズム分光の実験によって,白色光の中にすべての有彩色が含まれ,分光した色を再び混ぜると白色光に戻ることが証明された.それらは『旧約聖書』や古代ギリシア・ローマ以来のコスモロジーを解体していった.ゲーテはニュートンによって解体された色の象徴体系を,従来のキリスト教社会のコスモロジーではなく,今日の生理学的,心理学的な見地からつくり直そうとしたといえるだろう.科学革命や産業革命を経て,地球規模の新たなコスモロジーを模索する中で,近代の色彩科学も新たな象徴体系としてつくられたといえる.
4.色彩科学と日本美術,印象派以降の新たな地域性
芸術において色が重要なテーマになったのは,19世紀における化学の発達がある.様々な合成染料,合成顔料が誕生し,同時に光を定着するカメラが登場する.それによって,線遠近法が完璧な形で自動化されたため,人間的表現として色彩表現に目が向けられた.また,同時期に戸外制作が可能なチューブ入り絵具も発明され,それらが印象派につながっていく.
当初,ポーラ美術館からの依頼は,色彩における「画家のバイブル」はどのようなものだったか書いてほしいというものだった.もちろんフランスの化学者,ミシェル=ウジェーヌ・シュヴルールやアメリカの物理学者,オグデン・ニコラス・ルードの著作はその代表例である.シュヴルールやルードが追求した色彩現象のひとつは補色である.それはすでに陰性残像として,
ゲーテも発見していたものだが,シュヴルールらは,より精緻に色相環の反対側にある補色や,「同時対比」と称される,隣に並べることで知覚を変容させる配色の効果を明らかにしていった.さらにシュヴルールは「類似」と「対比」による色彩調和論を提唱した.それは今日においても色彩調和論の基礎となっている.
シュヴルールらに端を発する「対比」による色彩理論は,印象派から新印象派,ポスト印象派までの画家が大いに活用した.また,バウハウスのイッテン,アルバースらにも継承され,芸術だけではなく,今日まで色彩表現の根幹にあるといえる.しかし,それらは必ずしも普遍的なものではなく,非西洋諸国の感覚や概念とは異なることは留意が必要だろう.
もう一つの19 世紀の西洋の発見としてジャポニスムがある.特に「浮世絵」は,西洋中世のキリスト教的コスモロジーが科学革命・産業革命によって解体された後,宗教的モチーフではなく現実生活を肯定的に描く,新たな絵画の指針となった.中産階級の生活を描いた印象派は,描かれた地域の影響が色濃く反映されている.北フランスから南仏やアフリカ,南島に移動することで色は鮮やかになる.モネやルノワールといった印象派から,ゴッホ,ゴーギャン,シニャック
そして,フォーヴィスムと称されたマティスなどは南方への移動によって,鮮やかでコントラストの強い表現に変容するが,それらは日差しの強さと無関係ではない.コスモロジーが解体された後の,ローカリティの反映といえるだろう.
また,ドイツを拠点にしたカンディンスキーやクレーらによって外界からの印象ではなく,内面から表出することを重視する表現主義が生まれるが,それもまたアルプス山脈を背景にしたドイツ的な景観や気候と無関係ではないだろう.
戦後,アメリカにアートの中心地が移り,抽象表現主義やカラーフィールド・ペインティングといったカンヴァスを色彩で覆う表現が登場する.そこには戦時中に亡命したユダヤ系芸術家や批評家たちの存在があり, 偶像を排した非具象的な「崇高」の表現が追求されたこともあるだろう. しかし,カラーフィールド・ペインティングの起点となったヘレン・フランケンサーラーがステイニング(滲み込み)を使用して描いた絵画は,北米の海岸がモチーフになっており,風土
と無関係ではない.そのように,一見,風土と無関係と思われている抽象的な表現に対しても,近代化以降のローカリティとの融合という観点で解説した.
5.日本の環境が育む質感認知と表現
なかでも日本のアーティストには,ローカリティが顕著に現れる.初期に抽象表現主義やミニマル・アートに影響を受け,その後独自の路線を築いた前田信明は,アクリルを何十層にも塗り重ねた絵画を描いている(図1).一見,カラーフィールド・ペインティングやミニマル・アートのようにも見えるが,単色に見える色は数色塗り重ねられており,微妙な揺らぎを見せている.また,色を塗る前に,カンヴァスを雨風にさらすことで,自然の傷みが隠れていることが複雑な
印象をもたせる要因となっているが,何よりも熊本を拠点にしており,地下水の豊かな土地や雨量が多く湿度の高い気候といった環境が反映されているように思える.微妙に輝くマチエール,吸い込まれるような画面には,韓国の単色画や水墨的な精神性にも通じる静謐さや空間的広がりが感じられる.
戦前においても,後にフランスに帰化したレオナール・フジタ(藤田嗣治)は,薄い麻布に膠,墨と筆などの日本画材と,鉛白などの西洋画材を混ぜて使用していた.白人女性の肌を再現したそのマチエールは,「乳白色の肌」,「乳白色の下地」として絶賛されたが,筆者らの研究では赤,青,緑の3種類の蛍光発光する白い顔料を使用していたことがわかった.それらは紫外線が当てられることで,浮かび上がり,人間の肌の光学特性,すなわち表面反射と内部散乱を描き分けている可能性が高いiii.それは実際には,紫外線を含んだ自然光によって得られる効果である.当時の美術館やギャラリーでは自然光が入り,その効果は得られていたかもしれないが,紫外線がカットされた現在の美術館ではその効果が得られることはない.
しかし,明るい光のない日本の室内空間において,自然光を反射させることで,光の弱さを補うことはよく行われてきた.例えば,銀箔や金箔といった箔や雲母の使用は,その代表例であろう.また,藤田の青く蛍光発光する肌部分の白は胡粉を使用していたと思われる.そのような自然光によって蛍光発光する顔料も多用されていた.
気候,特に照明環境が人間の視覚構造に影響を与え,描かれる絵の様式が変わることを本吉勇が指摘しているiv.それが地中海性気候で発展した立体的な西洋絵画と,モンスーン気候で発展した平面的な東洋絵画の差となっている.それは絵画内の特性だけではなく,環境との相互作用で成り立つ鑑賞形式にもつながっている.
そもそも色覚は質感認知のための一部の機能であることを視覚生理学者の小松英彦は指摘しているv.色彩は物体の表面の状態や素材感を推定するための手がかりの一部といってよい.湿度が高いため,散乱が多く,光が回り込む日本の照明環境では,物体が鮮明に見えないため統合的な質感認知が重視される可能性が高い.また,古代の日本では色は,嗅覚のような別の感覚ともつながっていたし,それらは自然とのつながりとも無関係ではなく,それらが日本のコスモロジーと色の象徴体系の基盤になっている.それは近代化,グローバリズム以降に西洋と同じように解体されたとはいえ,新たにローカリティとして結び付いている.

図1 前田信明
6. 環境との相互作用と,新たな地域性,歴史性の獲得
第一部「光と色の実験」では,19 世紀の芸術の本場であるヨーロッパ,20 世紀半ば以降の芸術の本場であるアメリカで活躍したアーティストが主であったが,第二部「色彩の現在」では,多くの若い日本人作家が取り上げられていた.名前を挙げると,坂本夏子,流麻二果,門田光雅,川人綾,山本太郎,山田航平,伊藤秀人,中田真裕,小泉智貴,山口歴らである.1970 年代以降に生まれた作家たちであり,ほとんどが日本を拠点に活動している.
特に伊藤は陶磁器の作家,中田は漆芸作家,小泉はファッションデザイナーであり,必ずしも現代アートのアーティストというわけではない.そして色彩の枠に収まらない独特の質感のセンスがあるといってよいだろう.質感は,視覚だけではなく,触覚や味覚,聴覚といった様々な知覚が融合した感覚といってよい.視覚だけとっても,段階的に処理される視覚野の全域にわたって処理された知覚が統合されて生み出されており,その過程において別の感覚と融合している.
特に陶芸や漆芸,ファッションに質感的要素が大きいのは,実際触ったり,着用したりすることができるため触覚と強く結びついているということもあるだろう.また,伊藤は青磁が貫入する際の美しい音を会場で聞けるようにしたり,中田は雷鳴の音をテーマに作品にしたりするなど,音が質感にもたらす要素も大きい.かつて「にほい」が色を表す言葉であったことから,嗅覚と色も深い結び付きがあるだろう(図2).
西洋のように混色がタブーであった歴史もなく,「対比」よりも「襲の色目」のように,微妙なグラデーションや素材感の配色を好んでいたことからも,日本の色は西洋とは異なるコスモロジーのもとに築かれたものといってよい.シュヴルールは,ゴブラン織の研究から色彩調和理論を築いたが,川人綾は,大島紬の泥染めや綴織にインスピレーションを受けた光沢感と複雑な配色の絵画を制作している(図3).また,ポリエステルオーガンジーを使用した小泉智貴のドレスも,フリルによって複雑な配色になっている.それは対比ではなく,グラデーションを効果的に使ったものであり,それもまた地域性や感覚の反映といえるだろう.
グローバル化した世界の中で,確かにスマートフォンの画面のように,世界中の人々の感覚も均質化している.しかし,芸術家は均質化ではなく,それぞれの環境との相互作用の中で,新たに歴史性,地域性,地域文化と結合した上で,人々とも共有可能な色彩表現を探求しているのではないだろうか.それはグローバリズム以降の「グローカルなコスモロジー」といってよいだろう.
7.まとめ
本稿で見てきたように,色彩論と美術館制度は,いずれも西洋近代の「Color」概念を土台として成立してきた.「Color」概念の拡大は,西洋だけではなく,各地域のコスモロジーを解体し,グローバリズムとデジタル環境の拡大を促進させ,人々の感覚を均質化させている.
一方で,「カラーズ」展が示したのは,色が環境・素材・質感認知・地域文化と再び結びつき,世界の人々と共有可能な「グローカルなコスモロジー」として組み替えようとするアーティストの表現である.それは従来の美術館でも,西洋由来の色彩論でも収まらない部分があるため新たな体系を必要とする.このような動きをどう捉え,どのように支えていくのかが,これからの色彩論と美術館の大きな課題となるのではないか.

図2 中田真裕

図3 川人綾
i「 テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ」2021 年より中国,韓国,オーストラリア,ニュージーランドを巡回し,日本では国立新美術館および大阪中之島美
術館で開催.
ii ミシェル・パストゥロー『青の歴史』松村恵理・松村剛訳,筑摩書房,2005 年,p. 72.
iii 「フジタは紫外線によって赤、緑、青に蛍光発光する3種類の白を使い分けていた!」
『国立情報学研究所ニュースリリース』国立情報学研究所,2023 年11 月27 日.
iv 本吉勇「芸術における質感」小松英彦編『質感の科学:質感・認知メカニズムと分析・表現の技術』朝倉書店,2016 年,p. 192.
v 小松英彦「色と質感を認識する脳と心の働き」近藤寿人編『芸術と脳:絵画と文学、時間と空間の脳科学』大阪大学出版会,2013 年,p. 212.
写真すべて「カラーズ―色の秘密にせまる」ポーラ美術館 展示風景より
撮影:Ken Kato
初出:三木学「ポーラ美術館「カラーズ」展にみる新しい色彩観の展開」『色彩学』(特集「美術館・博物館の色と光、第5巻 第1 号)、日本色彩学会、2026年、pp. 14-17.

