序論:なぜ今、創造原理を語るのか
グローバリズムが進み、デジタル・ネットワークで世界が覆われ、人々がコミュニティを越えて移動する時代になった。かつてない規模の人口移動は地域文化に大きな影響をもたらし、デジタル通信は地理を超えて日々膨大な情報を交わしている。その中で、「日本的なもの」とは何か、という問いは、かつてより切実な意味を帯びている。
この問いに答えようとするとき、私たちはある奇妙な困難に直面する。漫画・アニメ・ゲームといったジャパン・カルチャーは、世界で広く評価されている。しかしその評価は、しばしば表層的な消費にとどまり、創造の深部にある原理には届かない。それは語られてこなかったからではないか。日本には「言挙げ」することをよしとしない文化的背景がある。しかし語らなければ、深い意味は伝わらない。語ることで、はじめて理解の回路が開かれる。
もちろん先人たちは語ってきたこともある。磯崎新は「間(ま)」を通じて日本文化の時空間の原理を示し、菊竹清訓は「か・かた・かたち」という認識の三段階論によってその創造プロセスを記述した。村上隆は「スーパーフラット」という概念で、文化の高低・新旧を超えた日本的表現の地平を切り開いた。これらは重要な達成である。しかし、まだ語り尽くせたとは言い難い。
本稿が試みるのは、「もの」という日本語の語彙を軸に、日本美術の創造原理を再定義することである。「もの」は単なる物質ではない。それは世界に遍在する「き」を引き寄せ、内側に集積し、飽和した「き」を「け」として外側に溢れ出させる存在の母体であり、そこから様々な様相が生まれる。その様相の構造を明らかにすることが、本稿の目的である。また、それによって、「伝統」という枠外にあり、言葉による支えが脆弱な戦後の現代美術を語ることを試みたい。
ここで本稿が用いる中心概念について、最初に明示しておく必要がある。「気」という漢字には二つの読み方がある。「き」と「け」である。この二つは同じ文字を持ちながら、指し示すものの次元が異なる。
「き(気)」は、天地・大気・宇宙に遍在する根源的なエネルギーである。それは特定の場所に固定されず、季節の移ろい、風の流れ、生命の消長を貫きながら、世界全体を循環し続ける力である。気候、気象、気運——これらの語が示すように、「き」は人間の意志をはるかに超えた、宇宙的な遍在の力を指している。同時に、気力・気合・気配りといった語においては、その遍在する「き」を人間が自らの内側に引き寄せ、意識的に扱う側面も持つ。いずれにせよ「き」は、世界に満ちている根源的なエネルギーである。
いっぽう「け(気)」は、遍在する「き」を「もの」が引き寄せ、内側に集積し、それが飽和に達したとき、外側に溢れ出ている状態である。「気配(けはい)」——気が外へと溢れ出ている様。「もののけ(物の怪)」——ものから気が飽和して噴き出ている状態。「化ける(ばける)」——溢れ出た気によって形が変わっている様。「気色(けしき)」——気が飽和して色として風景に滲み出ている状態。これらの語はいずれも、「き」が「もの」の内側に満ちてついに外側へ溢れ出ている、その状態を示している。
つまり「き」と「け」の関係は、次のように記述できる。世界に遍在する「き」を「もの」は引き寄せ、内側に集積する。集積が飽和に達したとき、「き」は「もの」の外側へと溢れ出る。この溢れ出ている状態が「け」である。「け」は、「もの」が「き」を集積し飽和させることで初めて生じる、外への溢出の状態である。
本稿では、世界に遍在する根源的なエネルギーを「き」、それが「もの」によって集積・飽和し外側に溢れ出ている状態を「け」として区別する。日本の創造原理を論じる上でとりわけ重要な視点は点「け」である。創造とは、主体としての人間が「き」を発揮して無から有を生み出すことではなく、「もの」が「き」を集積し飽和させることで「け」が溢れ出るその様相をいかに受け取り、媒介するかというプロセスだからである。それを人為的に行うのが「ものづくり」である。この区別を念頭に置きながら、以降を読み進めていただきたい。
この試みは、日本美術の特殊論を述べることが目的ではない。母語・身体・気候という三つの認識論的条件が重なることで、ある地域に固有の創造原理が生まれる。日本における「もの」の原理は、その一例である。しかしそれを精確に記述することは、近代西洋的な認識論が抑圧してきた、より広い創造の可能性を照らし出すことでもある。その意味で本稿は、日本美術論であると同時に、脱近代的な創造論への問いかけでもある。
第一部:認識論的基盤
第1章:母語・身体・気候・現世肯定――「もの」が生まれる四つの条件
「もの」という概念は、なぜ日本という土地から生まれたのか。この問いを考えるとき、四つの条件が重要である。母語、身体、気候、そして現世肯定の思想的土壌である。
最初の三つはいわばソフトウェア(言語)、ハードウェア(身体)、情報環境(気候による光の特性)に相当する認識論的条件である。これらが、その地域の認識システムを形成する。しかしこれらに加えて、現世をどのような価値として位置づけるかという存在論的・倫理的条件が、日本の創造原理の形成に決定的な役割を果たしてきた。
母語の問題
母語が世界認識のシステムそのものであるという考え方は、言語学においてサピア=ウォーフ仮説として知られている。エドワード・サピアとベンジャミン・リー・ウォーフが提唱したこの仮説は、私たちが使う言語の構造が、世界の認知と経験の様式を規定するという言語相対説の立場をとる。強い形では「言語が思考を決定する」という主張になり、弱い形では「言語が思考に影響を与える」という主張になる。今日の認知言語学では、強い決定論的な立場は退けられているが、言語が認知の傾向を形成するという弱い形での影響については、多くの実証的な支持が得られている。
本稿がこの仮説から引き出したいのは、次の点である。翻訳によって概念の大半は移送可能だが、システムの周縁部には翻訳が届かない領域がある。それが音なのか、文法構造なのか、あるいはそのシステムを駆動している脳の回路なのかは場合によって異なるが、ある言語でしか十全に開示されない認識の様式があることは間違いない。
日本語における「もの」という語彙が内包する多義性は、まさにこの問題の核心にある。「もの」は英語の “thing”、ドイツ語の “Ding”、フランス語の “chose” に相当するように見えて、実際にはそれらとは異なる存在論的射程を持っている。サピア=ウォーフ仮説の観点から言えば、「もの」という語を日常的に使う話者は、物質と気配と精霊性が未分化に共存する世界の認識様式を、言語システムの中に刷り込まれているともいえる。この差異は翻訳によって自動的に解消されるものではない。「もの」という概念は、日本語という母語のシステムの中で初めて、その全体的な意味を開示するのである。
身体の問題
均質化が進む世界の都市においても、身体の変化は比較的緩慢である。骨格、筋肉の組成、それらを通じた知覚は根本的には変化しにくく、外部環境を捉えるセンサーとして、また情報を処理するシステムとして機能している。
身体の構造的な特徴は、文化的な所作や道具の発達と深く連動している。日本人の骨格的な特徴として、骨盤が後傾しやすい傾向が指摘されている。この骨盤の傾きは、体の前面に位置する屈筋群の発達と関係しており、伸筋より屈筋が優位になりやすい身体構造をもたらす。この身体は、椅子に座るよりも床に座る姿勢に適合しており、長く畳の文化と結びついてきた床座の生活様式は、この身体的条件と相互に形成し合ってきたと考えられる。
さらに注目すべきは、この屈筋優位の身体が「引く」動作の精度と力強さをもたらしているという点である。日本の代表的な道具——包丁、のこぎり、鉋(かんな)——はいずれも「引く」ことで切断・加工する構造を持つ。西洋の包丁やのこぎりが「押す」動作を基本とするのに対し、日本の道具は「引く」動作に最適化されている。これは単なる道具の設計上の差異ではなく、身体の筋肉構造から生まれた必然的な帰結である。
この「引く」身体の論理は、美術的な表現様式にも及んでいる。筆を引いて線を描く書の所作、版木を引き彫りする木版画の技法、あるいは弓を引いて放つ弓道の美学——これらに共通するのは、力を外に向けて押し出すのではなく、内側に向けて引き寄せることで生まれる緊張と解放の感覚である。「引く」という動作は、対象を制御・支配するのではなく、対象との関係の中に身を置く所作でもある。「もの」が「き」を引き寄せて集積するその様と、身体が「引く」ことで世界に参与するその様は、深いところで呼応している。
身体は文化の受動的な器ではなく、能動的な認識装置である。具体美術協会(GUTAI)の作家たち、例えば白髪一雄が絵具を足で掻き回し、村上三郎が紙を身体で突き破ったとき、そこには身体そのものが物質(もの)と同化し、未知の形態を生成する原理があった。あるいは「ものいみ(物忌み)」における身体の構えは、「け」が溢れ出ている状態と向き合うための物理的な準備である。日本美術における創造は、この身体的な「構え」の問題と不可分である。
気候の問題
気候は、世界を認知するための光の条件を決定するだけでなく、世界のエネルギーをどのように感受するかという根本的な認識様式をも形成する。
まず光の問題から論じよう。認知科学者の本吉勇は、東洋と西洋の絵画の比較を通じて重要な知見を示している(1)。水蒸気が多く光が散乱するモンスーン気候では、世界を平面的に捉える傾向があり、乾燥していて日差しが強い地中海性気候では、世界を立体的に捉える傾向がある。この光の特性は、後天的に「視覚脳」を形成する。すなわち、母語と同じように、環境要因が脳を最適化させるのである。遠近法による三次元空間の構築より、平面的な広がりの中に「け」の溢れ出ている様を配置する日本美術の表現様式は、この気候という認識条件と深く結びついている。
しかし気候の問題は、光の認識にとどまらない。ここで本稿が提起したいのは、「き」という概念そのものの発生が、モンスーン気候という条件と不可分であるという仮説である。
湿潤なモンスーン気候においては、大気中の湿度が常に高く、霧や霞が頻繁に発生する。山は霞の中に半ば溶け込み、川面には朝靄が立ち込め、夏の空気は熱と湿気をはらんで重く揺らめく。この環境に生きる人々は、大気そのものが動き、循環し、エネルギーを帯びた存在であることを、日常的な感覚として直接経験してきた。霧が立ち上り、風が吹き、気温が変化するとき、そこには目には見えないが確かに感じられる、大気を循環するエネルギーの存在がある。
「き」という概念は、このような気候環境の中で生きる人々が、大気のエネルギーを直感的に捉えたものとして理解できる。それは抽象的な哲学的概念として発明されたのではなく、霧と霞と湿気に満ちた環境の中で、身体が毎日感受し続けた、具体的な経験の言語化であった。気候が「き」を生んだのである。
対照的に、乾燥した地中海性気候や砂漠性気候においては、大気は透明で輪郭が鮮明であり、エネルギーは目に見える物体の明確な形として現れやすい。大気が「き」として感受されるより、物体が「形」として認識される。これが西洋的な「Object」概念の発展と無関係ではないとすれば、「き」と「Object」の差異は単なる哲学的選択ではなく、気候という身体的条件から生まれた必然的な帰結ともいえる。
和辻哲郎が「風土」と呼んだものの中には、この気候と概念形成の深い連動が含まれている(2)。「もの」が「き」を集積して「け」として溢れ出させるという原理は、モンスーン気候という風土の中で、人々の身体と大気の長い交感から生まれた認識の結晶なのである。
現世肯定の問題
しかし認識論的な三条件だけでは、日本の創造原理の成立を十分に説明できない。そこに加えるべき第四の条件が、現世を肯定する思想的土壌である。
キリスト教的世界観において、人間の生は前後から挟み撃ちにされている。一方には原罪がある。人間は生まれる以前から罪を背負い、その罰として労働を課せられた存在である。もう一方には審判がある。現世での行いは死後に神によって裁かれ、天国か地獄かが決定される。この構造の中では、現世の生は本来の目的——原罪からの救済と死後の審判への備え——のための仮の通過点にすぎない。現世の「もの」が「け」を溢れ出させている状態に価値を認めることは、この世界観においては神の秩序への背反にさえなりかねない。
イスラム教や仏教もまた、それぞれの様式において、現世を超越した価値——神への遵従と来世、あるいは輪廻からの解脱——に倫理の重心を置く。世界宗教が普遍化する過程で、現世の「もの」はしばしば超克すべき存在として位置づけられてきた。
しかしこの挟み撃ちの構造は、科学革命によって内側から解体されていく。コペルニクス、ガリレオ、ニュートンが切り開いた新しい宇宙像は、神が設計した秩序としての世界観を根底から揺るがした。神の存在が自明ではなくなるとき、原罪も最後の審判も、その根拠を失い始める。「神なき世界でどう生きるか」——この問いへの応答として生まれたのが、近代西洋哲学の系譜である。
デカルトが「考える私」を哲学の出発点に置いたのも、カントが認識の条件を人間の側に求めたのも、ニーチェが「神は死んだ」と宣言したのも、すべてキリスト教的世界観の解体という文脈の中にある。そしてこの文脈において、物質は神の秩序から切り離された後に「Object(客体)」として再定義された。神が去った世界で、物質は人間の認識によって発見・分析・利用される受動的な存在となったのである。「Object」という概念は、キリスト教的世界観の崩壊の産物でもある。
日本はこの問いとは異なる経緯をたどった。仏教は六世紀に伝来し日本文化の重要な一部となったが、日本古来の神道的・アニミズム的な感性と習合する形で受容された。神道は死後の審判よりも現世における「けがれ」と「きよめ」を重視し、自然物が「き」を集積し「け」として溢れ出させている状態を神聖視する。この習合の結果として、日本の宗教的感性は、来世への超越よりも現世における「もの」との関わりを中心に据えたまま推移してきた。生は原罪によって前から拘束されず、審判によって後ろから拘束されない。現世の生はそれ自体として、「け」が溢れ出る場として肯定される。
ここで特に注目すべきは、神道における「はたらき」の概念である。キリスト教では『旧約聖書』にあるように労働は罰として登場するのに対し、『古事記』では、天照大御神が機織り「はたおり」をしているように、神自身が働いている。つまり、神道においては「はたらき」は本質的に喜びの要素を持つ。この差異は根本的である。
神道の世界観において、あらゆる「はたらき」には「き」が宿る。山の神、海の神、火の神、風の神——自然の力だけでなく、かまどの神、井戸の神、厠の神に至るまで、あらゆる場所とあらゆる営みに神が宿るとされてきた。「八百万の神」という概念は、この世界観の究極の表現である。神は固定した存在ではなく、様々な「はたらき」が展開されるたびに新たな神として顕現していく。「はたらき」が増えるほど神が増える——これは、行為そのものが「き」を集積させ「け」を溢れ出させるという、動的な存在論の表明に他ならない。
この「はたらき」の神学は、「ものづくり」という概念の根拠でもある。「もの」を作る行為は、罰としての労働ではなく、「き」を現世に引き寄せ、新たな「もの」に集積させ、「け」として溢れ出させる神聖な行為である。職人が道具を磨き、作家が物質と向き合うとき、そこには「はたらき」を通じて「き」が集積し「け」が溢れ出るという、神道的な創造の論理が流れている。「ものづくり」という日本語が、単なる製造を超えた文化的な重みを持つのは、この思想的土壌があるからである。
この現世肯定の思想的土壌が、日本の創造原理にとっていかに決定的であるかは、西洋近代美術との比較において鮮明になる。19世紀後半、印象派の画家たちは従来の西洋絵画を支配してきた歴史画・宗教画・神話画という「大きな物語」から離れ、光の中の日常、中産階級の幸福な一瞬を描き始めた。これは西洋絵画史上、キリスト教的世界観の解体を経て、初めて現世の日常が肯定的な美の対象として自立した瞬間であった。
この転換に決定的な影響を与えたのが浮世絵である。従来の議論は、浮世絵の構図・色彩・平面性といった形式的な影響——ジャポニスム——に焦点を当ててきた。しかし本稿が強調したいのは、形式の移植にとどまらない、より根本的な世界観の移植である。「浮世」とは、もともと仏教的な無常観を示す言葉「憂世」であったが、江戸期においてそれは逆転し、はかなく移ろうからこそ愛しい現世を肯定する世界観へと転化した。浮世絵はその「浮世」に溢れ出ている「け」を紙の上に定着させた美術であった。
モネが光の中の水面を描き、ルノワールが人々の幸福な午後を描いたとき、そこには原罪も死後の審判もない、今ここにある現世を肯定する眼差しがあった。挟み撃ちの構造から解放された西洋の画家たちが、現世を肯定するための眼差しを必要としたとき、すでにその眼差しを持っていた文化の表現が浮世絵であった。日本が世界宗教の来世志向に染まりきらなかったことが、「もの」の「け」が溢れ出ている様を肯定する創造原理を温存し、それがやがて近代西洋において「現世の美」を解放する触媒となったのである。この事実は、いまだに近代以降の美術において、印象派が圧倒的な人気を誇ることを考えれば、強調しすぎることはない。モダンアートの起源に日本美術があるからだ。
もちろん、今日においては、かつて以上に外国語の影響を受け、マルチリンガルが増加し、多民族が交流や交配、移動をし、気候変動によって、かつてとは異なる天候になっている。そこに根付いた思想や、「~的」「らしさ」といったものも変容し続けるが、その根幹をなしていたシステムを理解するのは変化を把握する上でも重要である。
これら四つの条件——母語・身体・気候・現世肯定——は独立した変数ではなく、相互に絡み合いながら、日本固有の創造原理の土壌を形成してきた。次章では、この土壌から生まれた「もの」という概念が、西洋的な「Object」とどのように異なるかを検討する。
第2章:「もの」とは何か――西洋的Objectとの存在論的差異
「もの」という日本語は、辞書的には「物」「者」と書き分けられる。しかしこの語源を辿るとき、そこには西洋的な「Object(客体)」や「Material(素材)」を超えた、はるかに広い存在論的射程が見えてくる。
西洋近代における「物」の概念
デカルト以降の近代哲学において、世界は明確な二元論によって構造化された。「考える私(レス・コギタンス)」と、それによって観察・分析される「広がりを持つ物(レス・エクステンサ)」という分割である。この枠組みにおいて、「物」は人間の主観によって発見され、定義され、利用される受動的な「Object(客体)」にすぎない。
カントはこの構造をさらに精緻化し、客体を人間の認識形式によって捉えられた「現象」と、決して到達し得ない「物自体」に分断した。物は、人間の認識の外側に静止した、不活性な存在として位置づけられる。
この二元論に対して、ハイデガーは近代的な「対象(Gegenstand)」に抗して、本来の「物(Ding)」が持つ「集める(Gathering)」機能を再発見しようとした。天・地・神・人という「四方世界(Geviert)」を集めるものとして壺を論じた彼の試みは、近代的な物の概念への批判として重要である。注目すべきは、ハイデガーがそこで再発見しようとした「集める」という機能を、日本の「もの」概念はすでに美術の実践として内包してきたという点である。「もの」が「き」を引き寄せ集積するという原理は、ハイデガーが哲学的に遡行しようとした地点に、最初から立っていたのである。
日本語の「もの」の射程
古来、日本語の「もの」は単なる物質を指さなかった。「ものものしい(物々しい)」「もののけ(物の怪)」「ものいう(物言う)」「もののあはれ(物の哀れ)」といった語群が示すように、「もの」はそれ自体として意思を持ち、「け」を溢れ出させ、時に人間の世界に侵食し攪乱する「現象そのもの」であった。
この「もの」の特質を理解する鍵は、「き」の集積と「け」の溢出という構造にある。序論で述べたように、「き」は世界に遍在するエネルギーであり、「け」はその「き」を「もの」が集積し飽和させることで外側に溢れ出ている状態である。「もの」とは、「き」を引き寄せ集積し、やがて「け」として溢れ出させる存在の母体である。「もの」が単なる物質ではないのは、それが「き」を集積し「け」を溢れ出させる場だからである。
西洋近代の「Object」が、主観の外側に固定された死んだ物質——すなわち「き」を集積する力を持たない不活性な存在——であるとすれば、日本の「もの」は「き」を引き寄せ集積し、飽和したとき「け」として溢れ出させる、動的な場である。主客二元論を根底から無効化するこの概念は、単なる日本語の特殊性ではなく、近代西洋的認識論が抑圧してきた、物質と宇宙的エネルギーの連続性という、別様の存在論の可能性を示している。
「もの」の語群が示す様相の構造
本稿が中心的な論証として展開するのは、「もの」から派生する語群が、単なる関連語の列挙ではなく、「き」の集積と「け」の溢出という構造の異なる様相を記述しているという仮説である。
「もの」には、「き」を集積した現実の次元から、少なくとも二つの方向への「け」の溢出がある。一つは「け」が過剰になり外部へと激しく噴き出している方向であり、もう一つは「け」が静かに失われていく方向である。前者の様相が「もののけ」を経て「ものがたり」へと展開し、後者の様相が「もののあはれ」として現れる。また「ものいみ」は、噴き出そうとする「け」の溢出を意図的に封印・管理する拮抗力として機能する。いずれも「き」の集積と「け」の溢出という一つの根源的な構造の、異なる様相である。
以下の各章では、この様相の各相を、具体的な作品と作家の分析を通じて論じていく。
第二部:気の様相論――五つの相
第3章:もの――気の母体(現実の次元)
「もの」の根源的な状態は、気を集積しつつある現実の次元にある。それは「け」として溢れ出る以前の、潜在的な存在の場である。主体と客体が分かたれる前の、「き」が集積されつつある混沌とした気配の母体といってもよい。
この「もの」の根源的状態を、最も純粋な形で美術的実践として示したのが、1960年代後半に登場した「もの派」である。関根伸夫、李禹煥、菅木志雄らに代表される彼らは、物質を徹底的に「そのまま」提示した。未加工の石、鉄板、木材、綿。それらは作家の主観的な造形に奉仕する「素材」であることを拒絶し、物質としての純粋な「もの」として空間に居座る。
しかしもの派の内部には、一見共通して見えるこの実践を支える、二つの異なる思想的背景が共存していたことを見逃してはならない。
関根伸夫とアニミズムの系譜
関根伸夫らの実践の底流には、日本の古代信仰に根ざしたアニミズム的な感覚がある。磐座(いわくら)——岩や巨石をご神体として祀る古来の信仰——が示すように、日本の宗教的感性は古くから「もの」の内側に「き」が集積されている様を見出してきた。石は人間が意味を付与する以前から、それ自体として「き」を集積し「け」を溢れ出させる力を持った存在であった。
関根が1968年に発表した「位相―大地」を嚆矢とする「もの派」、この感覚の現代的な顕現として理解できる。大地から切り取られた「もの」は、ほとんど加工されることなくそのまま提示される。そこには、手を加えることなく「もの」の「け」が溢れ出ている状態を損なわずに示そうとする、アニミズム的な畏敬の態度がある。「もの」はすでにそれ自体として「き」を集積しており、作家の役割はそこから溢れ出している「け」を壊さずに顕現させることにある。
李禹煥と現象学的還元
一方、李禹煥の立場は異なる思想的背景を持つ。西田幾多郎の哲学やメルロ=ポンティの現象学に深く親しんだ李は、物質を「き」の集積器として見るのではなく、物質・空間・観者・作家の間に生まれる「関係」そのものに着目した。彼にとって重要なのは、物質が何かを内在させているということではなく、物質と空間と身体が出会う場において何が立ち現れるか、という現象学的な問いである。
メルロ=ポンティが説いた「肉(Chair)」の哲学——身体と世界は相互に浸透し合い、知覚は両者の交差する場に生まれる——は、李の「出会いを求めて」という制作姿勢と深く共鳴する。李の作品における石と鉄板の「間」は、単なる空白ではなく、物質と物質、物質と空間、そして観者の身体が相互に関与し合うことで「き」が集積し「け」が溢れ出ている場として機能する。これはアニミズム的な「け」の個別的内在論ではなく、関係性の中にのみ生まれる現象学的な「間」の論理である。
二つの立場が示すもの
この二つの立場——関根らのアニミズム的「け」の内在論と、李の現象学的「関係」論——は対立するのではなく、「もの」の創造原理の二つの側面を照らし出している。前者は「もの」の内側に「き」が集積し「け」が溢れ出ている状態を示し、後者は「もの」が他の「もの」や身体や空間と出会う場において「き」が集積され「け」が溢れ出る状態が生成されることを示す。「け」は「もの」に集積されるとともに、関係の中にも生まれる。「もの派」という運動は、この二つの次元を同時に問うた、日本美術史上稀有な実践であった。
第4章:もののけ――気の噴出(霊的次元)
「もの」の状態から気が飽和し溢れ出るとき、それは「もののけ(物の怪)」となる。「き」の集積が臨界点を超えて噴き出し、特定のキャラクターとして実体化した状態である。「もの」が「き」を集積しつつある現実の次元にあるとすれば、「もののけ」はその「け」が溢れ出ることで霊的次元へと移行した様相を示す。
重要なのは、「もののけ」がキャラクターと言い換えられるという点である。それは単なる幽霊や妖怪の話ではない。「き」が集積し飽和した「もの」から、固有の輪郭と性質を持ったキャラクターとして「け」が溢れ出ている、存在論的な様相のことである。このキャラクター化の原理は、現代の日本文化においても生き続けている。『となりのトトロ』、『ポケットモンスター』、『妖怪ウォッチ』あるいは無数のアニメキャラクターたちは、この「もののけ=キャラクター」の現代的な顕現である。
岡本太郎と対極主義
現代日本美術において、この「もののけ」の次元を最も激しく体現した存在が岡本太郎である。太郎は西洋的な「調和(ハーモニー)」の美学を真っ向から否定した。彼が提唱した「対極主義」とは、相反する要素を調和や止揚によって解消せず、激しく衝突させることで「き」の集積を極限まで高め、「け」が爆発的に溢れ出る状態を重視する思想である。
太郎が縄文土器に見出したものは、学術的な歴史的価値ではなかった。それは理屈を超えた「き」の集積が飽和点を突き破った「もののけ」の状態であった。縄文の造形が持つ過剰な生命力、制御を拒む異形の美は、合理的な秩序への反逆として太郎の創造エンジンに火をつけた。
太郎の生み出した異形の神体は、見る者の魂を「もの」という根源的な生命の場へと引き戻す。それは、制御された美の享受ではなく、「もののけ」として「け」が溢れ出ている状態との直接的な遭遇である。
具体美術協会(GUTAI)
「もの派」の静謐に先立ち、より荒々しく物質の生命力を爆発させたのが「具体美術協会(GUTAI)」である。吉原治良の「人の真似をするな」というテーゼの下、彼らが求めたのは物質と身体の激しい衝突であった。
白髪一雄が足で絵具を掻き回し、村上三郎が紙を突き破るとき、そこにはデカルト的な「精神による身体の支配」は存在しない。身体そのものが物質(もの)と同化し、そこから「き」が集積し飽和して「け」として溢れ出ている状態が生成される。GUTAIにとっての「もの」とは、静止した物体ではなく、「き」が物質を介して集積し飽和し溢れ出ている動的な状態であった。メルロ=ポンティが「肉(Chair)」の哲学において示した、身体と世界の根源的な交感が、GUTAIの実践には先取りされていたといえる。
草間彌生と自己消滅
「もののけ」という、「き」が集積して飽和し制御不能に溢れ出ている状態を、最も純粋かつ壮絶な形で体現しているのが草間彌生である。草間にとって、幼少期から彼女を襲った幻覚——視界を覆い尽くす水玉や、話しかけてくる花々——は、外部から侵入し自己を侵食する「もののけ」そのものであった。
草間はその恐怖に対抗するために、自らもその「け」を取り込み、反復・増殖させることで世界を埋め尽くす「自己消滅(Self-Obliteration)」という方法を選んだ。彼女の描く無限の網目や水玉は、単なる装飾的なパターンではない。それは主客の境界を無効化し、個としての自我を「もの」が溢れ出させている圧倒的な「け」の奔流の中に溶け込ませる儀式である。
西洋的な文脈では彼女の表現がしばしば「アウトサイダー・アート」として分類されるが、本稿の枠組みから見れば、それは自身の内面から「け」が溢れ出ている状態と対峙し、現実次元の「質感」へと定着させることで世界との共生を図る、極めて日本的な創造原理の発現である。
村上隆とスーパーフラット――「もののけ」としてのキャラクター
村上隆の本質もまた、「ものがたり」を語る装置である以前に、「もののけ=キャラクター」の問題にある。村上が一貫して問うてきたのは、キャラクターという存在様式そのものだからである。
DOBくん、フラワー、五百羅漢——これらは「ものがたり」の登場人物ではなく、「もの」から「き」が集積し飽和して「け」として溢れ出ることで実体化した「もののけ」そのものである。日本のキャラクター文化の核心は、アニメや漫画の「物語」ではなく、キャラクターが溢れ出させている「け」そのものにある。キャラクターは物語に奉仕する記号ではなく、それ自体として「き」を集積し「け」を溢れ出させている「もののけ」として自律している。
村上の「スーパーフラット」理論は、この「もののけ」の次元を理論的に定式化した試みとして読むことができる。西洋的な遠近法は、一つの視点から世界を支配する絶対的な主体を前提とする。スーパーフラットはその遠近法を無効化し、すべての情報が等価な「け」を溢れ出させながら並列される平面を提示する。縄文の造形も現代のアニメキャラクターも、高低・新旧の序列を失い、同じ「もの」の次元に並列される。
これは現象学的に見れば、世界を「客観」として再構築するのではなく、「もののけ」たちが「け」を溢れ出させながら棲む純粋な「現れ」の層として記述する試みである。スーパーフラットという平面は、「もののけ」たちが等価に「け」を溢れ出させながら共存する霊的次元の可視化に他ならない。
第5章:ものがたり――気の侵入と展開(霊的現実の次元)
本章では「ものがたり」を、「もの→もののけ→ものがたり」という一つの連続した運動の展開形態として再定義する。「け」の溢出は「ものがたり」において現実から離れるのではなく、「かた(形)」を獲得することで現実世界への侵入力を増していく。「ものがたり」の次元は、現実の外にあるのではなく、現実の霊的な層そのものの展開である。
この理解に立てば、「もの→もののけ→ものがたり」は、段階が上がるごとに現実から離れていく運動ではなく、「け」の溢出が形を獲得しながら現実世界への侵入力を増していく、一つの連続した運動として把握できる。
「もの」の段階では、「き」は集積しつつあるが、まだ「け」として溢れ出していない。現実の次元に静かに存在する、「け」の母体としての状態である。「もののけ」の段階では、「き」の集積が飽和点に達し、「け」が溢れ出してキャラクターとして実体化する。霊的な次元が現実に侵入し始める状態である。「ものがたり」の段階では、「もののけ」として実体化した「け」が「かた(形)」を獲得し、語りという媒体を通じて現実世界に広く・深く侵入していく。語られるたびに「け」は再び召喚され、聞く者・読む者の「もの」としての内側に侵入し、その「き」を揺り動かす。
「ものがたり」は「もののけ」が語りを得た状態である。語りを得ることで、「もののけ」は特定の場所・時間に縛られた一回的な「け」の溢出から、語り継がれることで反復召喚される「け」の溢出装置へと転化する。「源氏物語」が千年を経てなお読まれるとき、光源氏という「もののけ」は繰り返し現実に召喚され、読む者の現実を組み替え続けている。それは「虚構」ではなく、千年にわたって現実に侵入し続ける「け」の持続的な運動である。
この連続した運動の中で、各段階の区別は性質の断絶ではなく、「け」の溢出の深化・展開の度合いの違いとして理解される。「もの」が「き」を引き寄せ、「もののけ」として溢れ出し、「ものがたり」として現実に満ちていく——これは一つの「け」の運動の、異なる位相である。
ヤノベケンジ――「ものがたり」装置としての彫刻
ヤノベケンジの巨大彫刻は、この「ものがたり」の論理を最も直接的に体現した現代美術の実践である。
ヤノベの作品を「装置としての物語」と呼ぶとき、その「装置」とは何か。それは「もの(重厚な金属や廃材など」に「き」が集積し飽和することで「け」として溢れ出した「もののけ」が、「かた(形・物語)」を獲得して現実空間に侵入するための物理的な媒体である。その彫刻自体が動き、語る「ものがたり」となっているのである。
「トらやん」を例に取ろう。「トらやん」が巨大化した「ジャイアント・トらやん」の「もの」としての質感——重さ金属の肌——は、「き」の集積の痕跡である。しかし「ジャイアント・トらやん」は単なる「もの」や「もののけ」にとどまらない。そこには「生存(サバイバル)」と「再生(リバイバル)」というナラティブがある。このナラティブが「かた(形)」として機能することで、《ジャイアント・トらやん》に集積した「き」は「け」となり、見る者の現実に直接侵入する力を持つ。「ものがたり」が「虚構」でなく霊的現実の展開であるとは、このことである。「トらやん」が立つ空間は、その「ものがたり」によって変容した現実空間であり、見る者はその変容した現実を、身体で直接感受する。
「ラッキードラゴン」「SHIP’S CAT」も同様の構造を持つ。これらの「もののけ」たちは、それぞれの「ものがたり」を纏うことで、核の記憶、海の記憶、港の記憶といった集合的な「き」を引き寄せ、現実の都市空間に「け」として溢れ出させる装置となっている。ヤノベの彫刻が置かれた場所は、その「ものがたり」によって霊的な意味を帯びた現実空間へと変容する。「ものがたり」は現実の外にある「虚構」ではなく、現実そのものを組み替える霊的な力として機能している。
束芋――絵巻物としての「ものがたり」の侵入
束芋のアニメーション・インスタレーションは、「ものがたり」が現実空間に侵入するその様相を、より身体的・空間的な形で体現している。
束芋が用いる絵巻物の様式は、「ものがたり」の本質と深く結びついている。絵巻物は西洋的な遠近法——一点から世界を支配する固定した主体を前提とする視覚構造——とは根本的に異なる。見る者が巻物を手で展開しながら移動するとき、時間と空間と「ものがたり」は重層的に現れる。過去と現在が同一の画面に共存し、視点は移動し続け、「もの」の「け」は一度に溢れ出すのではなく、展開の過程において段階的に侵入してくる。
束芋のインスタレーションにおいて、この絵巻物的な時間は現実空間そのものに投影される。日常の風景が異形のものへと変容し、歴史的な時間が現在に侵入してくる。観客は自らの身体をその「間」に置くことで、「ものがたり」の運動の中に取り込まれる。見る者は「ものがたり」の外にいる観客ではなく、「ものがたり」という「け」の運動に自らの「もの(身体)」を差し出す存在となる。
これは現行稿で述べた「観客は自らの身体をその間に置くことで、物語の一部(もの)となる」という記述の、より深い意味である。観客が「ものがたり」の一部となるとき、それは「ものがたり」が虚構の世界に観客を引き込むのではなく、「ものがたり」の「け」が観客という「もの」に侵入し、その「き」を揺り動かすことである。束芋の空間から出た後も、その「け」は見る者の内側に残り、日常現実の感受を変容させ続ける。それが「ものがたり」の霊的な持続力である。
束芋の作品に頻出する、日常の中の暴力・抑圧・変容というモチーフも、この枠組みで理解できる。それらは「日常という現実の下に潜在していた「け」が、「ものがたり」という形を得て溢れ出している」状態の可視化である。「ものがたり」は現実の外側に異世界を作るのではなく、現実の霊的な層——普段は見えないが確かに存在する「け」の集積——を表面化させる。
第6章:ものいみ――気の封印(もののけとの拮抗)
「もののけ」が「け」の溢出を示すとすれば、「ものいみ(物忌み)」はその対極にある。「ものいみ」とは、溢れ出そうとする「け」を封じ込め、聖域を確保する行為である。もののけとものいみは拮抗する力として、日本の創造原理における緊張の核を形成する。
この拮抗関係は重要である。創造とは「け」を野放しに溢れ出させることではない。溢れ出そうとする「もののけ」の力を認識しながら、それを意図的に管理・封印することで、凝縮した表現が生まれる。「ものいみ」は抑圧ではなく、創造の準備としての浄化・聖化の行為である。
日本の空間概念における「間(Ma)」は、この「ものいみ」の論理と深く結びついている。「間」は単なる空白ではなく、「き」が集積しつつある緊張の空間である。意図的に余白を設けることで、かえって「き」の集積密度が高まり、溢れ出す「け」の圧力が増す。これは西洋的な「Space(容積)」概念とは根本的に異なる空間の論理である。
杉本博司と永遠の間
現代においてこの「ものいみ」を最も洗練された形で実践しているのが、杉本博司である。杉本の作品、とりわけ「海景」シリーズや江之浦測候所は、情報を徹底的に削ぎ落とすことで、「き」が純粋に集積するための「間」を生成する装置である。
「海景」において、杉本は長時間露光によって海と空の境界だけを写し取る。そこには波も光の揺らぎも消え去り、時間を超えた「もの」としての海が現れる。これは写真による記録ではなく、「ものいみ」による聖域の構築である。現実の細部を封印することで、かえって「もの」が「き」を純粋に集積している状態が顕現し、その「け」がより深く溢れ出す。
江之浦測候所は、この思想をさらに建築的・総合的な規模で実現した装置である。石、光、時間の三つの要素を精密に配置し、夏至・冬至の太陽光が特定の構造物と一致するよう設計されたその空間は、日常(ケ)から聖なる領域(ハレ)を切り出す「ものいみ」の空間的実現である。
岡本太郎の爆発が「動」の極みとしての祝祭であるならば、杉本の静寂は「静」の極みとしての浄化である。この両極が揃うことで、日本の創造原理は一つの緊張を持つ。前者は「もののけ」として「け」が溢れ出ている状態に対応し、後者は「ものいみ」として「け」の溢出を管理する状態に対応する。
第7章:もののあはれ――気の喪失(現実への眼差し)
「もののあはれ」は、「もの」から「き」の集積が失われ、「け」が溢れ出なくなっていく様相である。「もののけ」が「き」の集積が飽和して「け」が溢れ出ている状態であるとすれば、「もののあはれ」はその逆方向の様相だ。それは「ものがたり」の後に来るものではなく、「もの」から直接生まれる別の経路である。
「あはれ」とは、「き」の集積が失われ「け」が溢れ出なくなっていくものに対する愛しい思いである。「け」が溢れ出ていた「もの」から、その溢出が薄れていくとき、そこに「もののあはれ」が生まれる。「け」がそこにあったことへの、そしてそれが失われつつあることへの、感受の様式である。
この感覚は、西洋的な「悲劇」とは異なる。西洋の悲劇は、死や喪失を克服すべき問題として位置づけ、その葛藤の劇的解決に美を見出す。「もののあはれ」はそうではない。散るからこそ美しい桜のように、「け」の溢出が失われていくそのプロセス自体に価値を見出す。喪失は克服されるべきものでなく、愛しまれるべきものとして肯定される。
宮島達男と消えゆく数字、そして再生
宮島達男の作品は、「もののあはれ」を最も構造的に体現している現代美術の実践の一つである。彼のデジタルカウンターは、1から9まで数え続け、しかし決して0を表示しない。9まで到達した数字は、一度暗転する。そして再び1から数え始める。この暗転の瞬間こそが、宮島の装置の核心である。
暗転は消滅ではない。0という「死」を経由せずに、闇の中から再び1が立ち現れる。この構造は「もののあはれ」の論理に、単なる喪失を超えた再生の次元を加える。「け」の溢出が失われるとき、それは終わりではなく、次の「き」の集積が始まるための準備である。「き」の集積が失われる様相と、次の集積へと向かう様相は別々の出来事ではなく、暗転という一つの閾を挟んで連続している。
この構造は、「もの」から「け」の溢出が失われていく様相そのものの可視化であると同時に、その喪失が次の「き」の集積と「け」の溢出へと反転する循環の可視化でもある。数字が点滅するたびに「き」が集積し「け」が溢れ出し、そして失われ、また集積が始まる。宮島の装置は、その永遠の循環を愛しむように設計されている。
宮島は自身の制作理念として「It keeps changing, it connects with everything, it continues forever(変わり続ける、すべてとつながる、永遠に続く)」という三原則を掲げている。変わり続けることは「け」の溢出と喪失の反復であり、すべてとつながることは「もの」が「き」を循環させながら相互に連関することであり、永遠に続くことは「き」の集積と「け」の溢出と喪失が終わりなく反復されることである。0を表示しないという選択は、消滅を否定しているのではなく、溢出の喪失と次の集積の間にある暗転の閾そのものに「け」を見出すという、「もののあはれ」を超えた、再生の倫理的な宣言である。
この「溢出→喪失→暗転→再集積→溢出」という循環構造は、「もののあはれ」が単なる無常観にとどまらないことを示している。「け」の溢出は失われるが、失われた「き」は大気に還り、やがて別の「もの」に引き寄せられて再び集積し、「け」として溢れ出す。宮島の数字はその宇宙的な循環を、1から9という最小限の記号で可視化した装置なのである。
川内倫子の光と儚さ
川内倫子の写真は、この「もののあはれ」を「質感」へと変換する現代的な実践である。彼女が捉えるのは、光の粒子、薄い皮膚、食事の後の静寂、眠る人の呼吸。それらはすべて、今この瞬間にしか「け」を溢れ出させておらず、次の瞬間にはその溢出が失われる「もの」である。
アンリ・カルティエ=ブレッソンが提唱した「決定的瞬間」の概念は、現実の特権的な一瞬を不変の記録として保存しようとする意志を前提とする。川内の写真はそれとは根本的に異なる。彼女の作品は、「け」の溢出が失われていく瞬間の余韻(あはれ)を肯定するためにシャッターを切る。保存の意志ではなく、共感の意志によって撮影される写真である。
川内の作品において、「け」は対象の中に固定されているのではなく、対象から「け」の溢出が失われつつある過程そのものの中にある。「もの」から「き」の集積が薄れ「け」が溢れ出なくなっていくその瞬間に、最も深い「もののあはれ」が生まれる。
無常の倫理
「もののあはれ」は、単なる美的感覚にとどまらない。そこには創造における倫理性が含まれている。作品を不変のモニュメントとして残すのではなく、移ろいゆく世界の一部として差し出す謙虚さ。人間が自然の主人であるという傲慢さを捨て、「け」の溢出が失われていく「もの」の一部として自らを位置づける姿勢。
環境破壊や人間中心主義の限界に直面した現代において、この「もののあはれ」の倫理は新たな意味を帯びる。「け」の溢出が失われていくものへの愛しい眼差しは、世界を支配し意味を付与し尽くそうとする近代的な衝動への、静かな対抗軸となりうる。
第8章:現代世界における「もの」原理の意義
「もの」の創造原理は、現代世界においてどのような意義を持つか。
二十世紀の近代化は、人間を万物の霊長として自然を支配し、意味を付与し尽くそうとする主体として位置づけた。その結果として私たちが直面しているのは、環境危機、生物多様性の喪失、そして人間中心主義の限界という問題群である。これらは、デカルト的な主客二元論を基盤とする認識論が生み出した帰結でもある。
「もの」の原理は、この認識論に対する根本的な問い直しを提示する。「もの」が「き」を引き寄せ集積し、飽和したとき「け」として溢れ出させるというその様を受け取ること。物質を支配すべき「Object」としてではなく、「き」を集積し「け」を溢れ出させる場として扱うこと。創造を、孤立した主体が無から有を生み出す行為としてではなく、「もの」が「き」を集積し「け」を溢れ出させる様相とともに響き合うプロセスとして理解すること。
西洋哲学が「ロゴス(言葉・理)」によって世界を切り分けてきたとすれば、日本の「もの」原理は「パトス(情動・気)」と手触りのある「質感」によって世界を再び繋ぎ合わせる。それは合理的な知性による世界支配への対抗ではなく、知性と感覚、理性と「け」の溢れ出る様が共存する、別様の認識様式の提示である。
現代美術において、岡本太郎の爆発から具体美術協会の物質との格闘、もの派の沈黙、村上隆の虚構の氾濫、草間彌生の自己消滅、杉本博司の永遠への眼差し、川内倫子の儚さへの共感に至るまで、「もの」の原理は一貫して流れている。それは様式でも流派でもなく、日本美術の深部に流れる創造の論理である。
結論:「もの」の様相論と創造原理の継承
ものづくりとは何か
以上の様相論を踏まえて、「ものづくり」という概念を改めて定義しておきたい。
「ものづくり」とは、主体が無から有を造形することではない。「もの」が「き」を引き寄せ集積し、飽和したとき「け」として外側に溢れ出す——その様相を受け取り、それに参与し、新たな「もの」としての形に定着させることである。作り手は創造の主体ではなく、「け」が溢れ出している様の媒介者である。
この定義において、「ものづくり」という語が持つ独特の重みが明確になる。「もの」を「作る(つくる)」のではなく、「もの」と「づくり(作り)」が不可分に結びついた複合語として、「ものづくり」は存在する。作り手は「もの」の外側に立つ創造主ではなく、「もの」が「き」を集積し「け」を溢れ出させるその過程に、自らも「もの」として参与する者である。職人が道具を磨き込むうちに道具と一体化するとき、作家が物質と長く向き合ううちにその「け」の溢れ出す様を感受するとき、そこには「ものづくり」の本質がある。それは支配ではなく、参与である。制御ではなく、共鳴である。
本稿を通じて明らかにしてきたことを整理しよう。
「もの」は「き」を集積しつつある現実の次元にある。そこから「き」の集積が飽和し溢れ出るとき、それは霊的次元の「もののけ」となり、キャラクターとして実体化した「け」の溢出状態として現れる。その「もののけ」が動き出すとき、虚構の次元である「ものがたり」が生まれる。一方、「もの」から「き」の集積が失われ「け」が溢れ出なくなっていく別の様相は「もののあはれ」として現れ、失われゆくものへの愛しい眼差しを生む。そして「ものいみ」は、溢れ出そうとする「け」としての「もののけ」を封印・管理する拮抗する力として機能し、聖域を生成する。
この様相の構造が示すのは、日本の創造原理が「強固な自我(主体)が世界を支配し、無から有を造形する」という近代西洋的な物語とは根本的に異なることである。むしろそれは、「もの」が「き」を集積し「け」として溢れ出させる様相をいかに受け取り、その様相にいかに参与するかという、受容と媒介のプロセスである。
「もの」の原理は、単なる日本美術史の整理ではない。人間が物質と関わる際の根源的な様式の一つとして、そして近代西洋的認識論への批判的な対抗軸として、この原理は今日的な意義を持つ。
私たちが「もの」の「け」の溢れ出している様を受け取り、それを新たな手触りのある「質感」を持って表現し続けるとき、そこには主客二元論を超えた、未知の世界の貌(かたち)が現れる。美術は単なる美の探求ではなく、私たちが「もの」として世界とどう共生するかという、最も切実な問いへの回答なのである。
本稿は草稿である。作家論の各節における個別作品の分析、参照文献の詳細な記載、および比較文化論の章の拡充については、今後の改稿において加筆する予定である。
(1)本吉勇「芸術における質感」 小松英彦編『質感の科学:知覚・認知メカニズムと分析・表現の技術―』朝倉書店、2016年、p.183-193.
(2)和辻哲郎『風土:人間学的考察』岩波文庫、1979年.

