銭ゲバ国家ニッポン#3 市原尚士評

拙稿「銭ゲバ国家ニッポン#2」では、ミュージアムに対する「儲けろ」化の真の狙いは言論弾圧にあるのではないかという推論を披露しました。

まぁ、妥当な推論ではないでしょうか?
だって、「儲けろ」化を迫る文化庁の方々、本当に自分たちがミュージアムに押し付けようとしている各種施策が成功すると思っているのでしょうか?
もし、成功すると思っているのであればただの阿呆ですよね。そんな訳はないでしょう。

すでに、現状のミュージアムの入場料金の高さは目に余ります。たとえ、国立の美術館でも特別展示の場合は2000円を超すものが目立ってきました。かれこれ30年、所得が右肩上がりに思えた実感はなく、どんどん経済的にも窮乏してきているわが同胞、日本人の平均的な民草が、美術という「よく分からないもの」「何の役にも立たなさそうなもの」に2000円以上を支出するとは到底思えません。

そして、文化庁の言う方向性を推し進めると、入場料金はもっともっと高くなっていきこそすれ、安くなる気配はまったく漂ってきません。海外の有料の美術館に行くと、日本円で5000円以上の入場料金を取られて、「高いなー」と思うことがしばしばですが、これは円安による錯覚も含まれています。

普通の日本人の感覚で、欧米に行って様々な支出をしていますと、大体ですが、日本で同等の行為をした時の1・8倍から2・5倍ほどの料金が発生していることが多いです。とりわけ異常なまでの円安が続いているため、体感ではもはや2・5倍が標準化してきているような感覚さえ覚えます。

ということは、5000円の海外ミュージアム入館料は、日本で言えば、2000円です。なので、2200円や2500円という最近、よく見られる入館料は、すでに欧米のミュージアム並みか、もしくはそれ以上の料金に根上がっているということになります。まぁ、私立のミュージアムは、正直、いくらに設定してもよろしいかと思います。入場者が増えるも減るも、自己責任の側面が高いからです。

しかし、公共のミュージアムは、日本国憲法や博物館法の理念を無視するわけにはいかないはずです。にもかかわらず、欧米並みかそれ以上の入場料を設定しているのは憲法違反とさえいえるでしょう。健康で文化的な最低限度の生活を送るためには、ミュージアムは原則無料で入館できて当たり前だと思います。まして、欧米の一流ミュージアムと比較すると質・量ともに明らかに見劣りがするのにほぼ同一水準の料金を取るというのはあまりにも厚顔無恥です。

入館料が3000円以上になったら、一部の富裕層を除いた一般の庶民には、ミュージアムに行くことが夢のまた夢になってしまいます。そんな状態になってしまうことを文化庁の方々が望んでいるとは思えないのですが、あの愚かな中期目標を熟読すると、どうも入館料高騰化もやむなしと言いたげな役人の皆さんの本音が見えてくるようです。

温故知新ではありませんが、ここで1949年4月、つまり今から77年も前の大変、重要な請願をご紹介しましょう。愚かな中期目標がスタートするのも4月。この請願も4月、です。日本が77年前から何も変わっていない。いやかえって後退していることがよく分かるので、あえてご紹介することにいたしました。

衆議院議長・幣原喜重郎(1872~1951年)に提出された「芸術奨励の為入場税免除の請願」がそれです。大要をかいつまんでご紹介します。

文化国家平和日本を再建するためには、諸般の芸術を振興することが肝要である。(中略)現今の社会情勢は進んで芸術の奨励普及をする必要があるから、教育関係その他一般公共団体の経営する展覧会、映画、演劇等については、入場税を免除せられたい

書家・豊道慶中(1878~1970年)が請願者。その他、連名人として洋画家・木村荘八(1893~1958年)や画家・森田元子(1903~1969年)、画家・宮田重雄(1900~1971年)らが名を連ねています。

実は中略した部分には、「日本芸術院主催の日展に対する国庫補助が停止されたため、日展が民間と共催するのやむなきに至ったのは極めて遺憾」というくだりが入っていました。請願の直接の理由は「日展」に由来するものでしたが、豊道や木村は、日展だけでなく芸術にかかわる展示全般を射程に入れた議論を展開しています。重要な部分について原文を引用しましょう。

教育関係其他一般公共団体の経営にかかる展覧会映画演劇等の文化運動に対し、有効適切と認めらるるものは奨励の意味を以て入場税の如きは之を免除し普ねく社会民衆の為に効果あらしむべきものであろうと考えられます然るに営利を主とするものと何等選ぶところなく多大の課税を徴するは単なる経済の一面に拘泥して穏健中正な国民の至情を誤解せしめ惹ては国情を無視して道義違背の感情を誘発するの虞れがあり現に萌芽の傾向あるは洵に寒心に堪えません

いかがでしょうか? 豊道さんなかなか良いことを言っていますよね。政府の人間が「単なる経済の一面に拘泥」するのは昔も今も同じということなのでしょうか。しかし約80年も前から日本は何も変わっていないのには呆れてものも言えません。いえ、変わっていないどころか、むしろ後退している気さえします。

国民が本気で怒らないから、政府の言いたい放題、やりたい放題を許してしまっているのです。「高い税金を払っているのだから、すべての公立ミュージアムは無償化せよ」と本気で迫らないから、どんどん事態は悪化しているのです。文化芸術を享受するという当たり前の権利が、2026年の現在でも実現していない日本の貧しさを私たちは噛みしめなくてはならないと思います。

文化庁の役人の、ただの「絵に描いた餅」的作文を唯々諾々と受け入れてしまう前に、やるべきことはたくさんあると思います。(2026年3月14日22時10分脱稿)

著者: (ICHIHARA Shoji)

ジャーナリスト。1969年千葉市生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。月刊美術誌『ギャラリー』(ギャラリーステーション)に「美の散策」を連載中。