彩字記#25(採取者・市原尚士)

ダラット記1

ベトナムのダラットに旅してきました。個性の異なるホテルを3つ転々と移動しながらの旅です。フランス植民地時代の面影を今に残す街であり、林芙美子(1903~1951年)の代表作「浮雲」の舞台となったことでも知られる小粋な街です。もちろん、「浮雲」の文庫本も持参して、現地で読みふけりはしましたが、やはり筆者の本領は街中のグラフィティやステッカーの採取にあります。

ということで、今回もたくさんのグラフィティを紹介していきましょう。1回では紹介しきれないほどの分量が集まったので、「彩字記」欄で何回かに分けてご紹介していきましょう。お楽しみに。

ダラットの街中を歩いていますと、矢印を効果的に用いた作品をしばしば目にします。緑の背景に白字で何かのメッセージを記した作品も波打つような矢印が効果を上げています。

結構、傾斜のきつい階段を歩いていると、階段の両脇に立つ壁に黒線で縁取った銀のグラフィティ大きくが描かれていました。

階段の上をコロコロ転がる犬のような銀色のもの

矢印が階段の下段から上段への動きを示唆すると、それに呼応するかのように、銀色のコロコロした物体が、押し合いへし合いでもするかのようにしながら、階段を上方へと移動させていきます。

この作品を見て、最初に想起するのは、未来派を代表する画家ジャコモ・バッラ(1871~1958年)の犬の足がちゃかちゃかちゃかと漫画のように動いている、あの作品でした。

未来派といえば、ファシズムとの親和性がいまだに問題視されるなど、毀誉褒貶はあります。しかし、筆者は、グラフィティの一つの重要な起源が、未来派の様々な仕事の中に潜んでいると考えています。「速度」「運動」を重視した未来派の芸術作品と、グラフィティには確かに深い共通点があると思うのです。

一方で、グラフィティの負の側面、つまり、「ヴァンダリズム」も未来派を経由して、ファシズムと強い関係性があるのではないかという不安を正直、拭えない自分がいます。故意に公共空間を破壊・毀損するヴァンダリズム、ファシズムによる破壊行為とそっくりではありませんか?

自分の愛するグラフィティと未来派とファシズムの関係をこれからも探っていかなければいけないと改めて決意する筆者でした。

「踊る人形」を想起したグラフティ

アーサー・コナン・ドイル(1859~1930年)の短編小説「踊る人形」(1903年)を思い出したのが、黄色い壁面に黒で描かれた謎の作品でした。ひし形のような形状が横にずらりと並びますが、よく見ると、それぞれに違う形状です。そして、踊りの分解図、あるいは群舞する人々を横方向から眺めた図のようにも思えます。

この奇妙な形状は、ゾウさんの頭部や胴体なのだろうか?

黄色いシャッターの上に、黒い縁取りと銀の面で攻める作品の場合は、左端のゾウさんの顔のような子が妙にかわいいです。右側にのびていくいくつもの不定形は、ゾウさんの胴体でしょうか? 太く深く皺寄った感じに胴を感じました。

黄色の壁は、創作者の心を大いに刺激するようで、様々な作風の方が描いていました。中には、ご自身の名前「WOOD」を絵の中に取り入れたと思われる似顔絵を描いている方も。これは、少し稚拙な「お絵描き歌」風です。

ダラット大教会のそばにあった分電盤()の上には力作が施されていた

ダラット大教会の尖塔が右手に見える場所に位置する分電盤(?)の上には、「MOIES」と書かれたタギングや「ECSTORY」と書かれた「タギング+グラフィティ(?)」のような作品も描かれています。

ダラットで、グラフィティを採取するのは、実は大変です。東南アジアでは当たり前ですが、大量のバイクがいつでも、どこでも押し寄せてきて、道の向こう岸に渡るというのが非常に困難だからです。基本、車やバイクに乗って移動する前提で街が作られているため、歩きで移動をしようとすると、たかだか直線距離で5分程度の場所でも、非常に困難さを覚えてしまう始末です。

バイクだらけのダラツトの街並み

バイクの乗り手は(もちろん車の乗り手も)10秒に1回くらいの頻度でバカでかいクラクションを鳴らしまくります。ミツバチの巣の中心に飛び込んだ際に味わわされるであろう、喧騒と振動に包まれるのが東南アジアなのです。ダラットは、実は他の都市と比べると、かなりおとなしくて上品な方です。それでも、やはりうるさいし、危ない!

面白そうなグラフィティを求めて、路のあっちとこっちを行ったり来たりする筆者に、どうか皆さん「努力賞」を与えてやってください。本当に大変ですよ、東南アジアでグラフィティ集めするのは。(2026年3月4日14時41分脱稿)

*「彩字記」は、街で出合う文字や色彩を市原尚士が採取し、描かれた形象、書かれた文字を記述しようとする試みです。不定期で掲載いたします。

著者: (ICHIHARA Shoji)

ジャーナリスト。1969年千葉市生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。月刊美術誌『ギャラリー』(ギャラリーステーション)に「美の散策」を連載中。