見出された「辺境」 市原尚士評

欧米が収奪してきた富を取り返すリナ・バネルジー

ネイティブ・アメリカンのホピ族がつくる精霊の人形「カチナ」なのか?
それとも、アフリカの木彫りの人形なのか?
インド・コルカタ生まれで米ニューヨーク在住のアーティスト、リナ・バネルジー(1963年生まれ)の個展が東京・表参道で開催中です。

彼女の作品の戦略性は、一目瞭然でしょう。欧米列強の作家たちが自らの制作上の行き詰まりを打開するために「found(発見し)」てきた“辺境の地”のアート作品は、これまで多く存在しました。ネイティブ・アメリカンの「カチナ」しかり、アフリカの木彫り人形しかり、わが日本の浮世絵しかり、多くの辺境の地の文物が利用されてきたわけです。インド出身のバネルジーは、列強が奪ってきたそれら辺境・未開の地の文物を素材にして、「Found Object(見出された対象)」を作り上げているのです。

廃材や日常品などを拾い上げ、とんでもない魅力を放つオブジェを作ることによって、西洋が奪い続けてきた豊かな富を自身の手で構築(取り返そうと)している。その営為には、辺境とか未開とか決めつけてきた欧米列強に対する抗議の念も垣間見えます。バネルジーの作品をパッと見たとき、黒っぽくて、どこかおどろおどろしい雰囲気が放たれているのも、欧米列強に対する皮肉であったり、怒りであったり、要するに「抗議」なのだと私は理解しています。

高校や大学で美術を学んでいたときの風景を思い出します。

  • ゴッホは浮世絵を参考にして強い影響を受けていたのです。
  • ピカソはアフリカの木彫から強い影響を受けていたのです。

といった事実が、教えられたときの屈辱感を今でもはっきりと覚えています。

学校の先生は、確か、こんなトーンで説明していました。
「偉大な(欧米列強の)芸術家の方々が、(二流国、三流国である)日本やアフリカの浮世絵や木彫人形から強いインスピレーションを受け取って、豊かな作品世界を作ってくださったんだねー。まことにありがたいことです。日本文化のすごさも彼らが参考にしてくれたおかげで証明できたわけですから」

ここに潜む転倒は私が縷々説明しなくとも賢明な読者の皆さんならお分かりかと思いますが、あえて書かせてくださいね。
日本の文化やアフリカの文化が、欧米の“一流芸術家”に盗まれ、彼らの作品世界を豊かにするために利用されてしまったのに、それに対して憤るどころか、当の日本人が「我が国の文化の素晴らしさの証だ」と極めて好意的に受け止めているのが、どうにもこうにも意味不明です。「盗んでくださってありがとうごぜいやす、列強の皆さま」といった感じの奴隷根性しか、そこには感じ取れません。

「盗む」という言葉はいささか穏やかではありません。そのことくらいは私にだって分かります。また、文化は様々な形で交流しており、西洋は東洋に刺激を受け、東洋も西洋に刺激を受けており、お互い様であるということも承知しています。とはいえ、ゴッホにしろピカソにしろ、異文化を露骨なまでに吸収し、自身の個性として欧米列強中心の美術史の中で高い評価を受け続けてきたわけです。

一方で、周縁に追いやられたアジアやアフリカの豊かな芸術世界は長い間、美術史の中で相手にされてきませんでした。あくまでも、添え物に過ぎませんでした。

美術史を3000席も座席がある大きなホールに例えるなら、欧米列強の作家の席が9割以上、つまり2700席以上を占めてしまい、残りの200~300席程度が、アジアやアフリカや世界各地の少数民族に充てられていたといっても間違いではないでしょう。「美術史」というのは、すなわち西洋の美術史を指しており、その中にほとんどアジアやアフリカが入る隙間はありませんでした。

あくまでも西洋の偉い作家さんが、foundしたときだけ、アジアやアフリカの文化に光が当たってきたわけです。これを言い換えるなら、アジアやアフリカの文化に主体性はなく、常に西洋のエリートが見出す「客体」としてしか評価されてこなかったということです。

また、西洋の作家を「男」、アジアやアフリカを「女」と見立てて、改めてバネルジー作品を見ても適切でしょう。つまり、威張りくさった男が、女の富を収奪する構図に対するフェミニズム的な視線も感じるわけです。

バネルジーは、上記のような欧米列強が支配してきた美術史に、男が支配し続けてきた歴史に、苛立ち、それに対する抗議として、いかにもエスニックな雰囲気を漂わせる素材を用いたファウンド・オブジェを制作し続けているのでしょう。

展示会場内には、オブジェだけでなく絵画作品の姿もあります。インド、中国、アステカといった異なる文化圏の影響をハイブリッドした魅力的な絵画です。絵画にはオブジェ以上にフェミニズム的な視点が色濃く表れているようにも思えました。虐げられてきた女性が流してきた涙で絵の具をとかして、描いているような雰囲気が濃厚でした。

バネルジーが制作する際の手つきは繊細そのものです。オブジェと絵画の両方ともなのですが、特にオブジェを鑑賞していて、私が思ったのは、一流シェフによるフレンチの盛り付けを見ているみたいな感覚でした。

料理の中の食材について、「高さ」「配色」「余白」を考えて、美しく配置するのがフレンチです。バネルジー作品は、目に見えない白い皿の上に、繊細に盛り付けられたフレンチのように思えたのです。

私が身長5~6メートルの巨人だとして、バネルジーの展示会場を訪れたら、その目に見えるオブジェは、まるで小粋なフレンチのように見えるでしょう。だからだと思うのですが、美術作品であるにもかかわらず、「おいしそう」と感じてしまう自分が確かにいて、びっくりさせられました。

「展示=盛り付け」というアナロジー、それほど見当違いなものとは私には思えないのですが、あとは読者の皆さんに実際に会場を訪れてもらって、それぞれの方の実感で判断していただければと思います。バネルジーさん、多分、「食」の豊かな世界にも実は造詣が深いのでは、と勝手に想像している私がいました。

NMWA40周年おめでとう

バネルジーの展示会場から道を挟んで向かい側にある表参道ヒルズの中で「A Book Arts Revolution」と題した展示が催行中です。

アメリカのワシントンD.C.にある女性作家の作品のみを収蔵する世界初の美術館「National Museum of Women in the Arts(NMWA/通称ニムワ)」が40年前に誕生しています。私も、ニムワは鑑賞しに行ったことがありますが、大変、充実した内容で驚かされました。

ニムワは3年に一度、国際グループ展「Women to Watch」を開催していますが、この展覧会にぜひとも日本から作家を送り出したいという強い思いを抱いた有志が5年前にNMWA日本委員会を結成しました。本展には5人の候補作家が選ばれましたが、この中から1人が2027年に開催されるグループ展に参加するということなのだとか。入江早耶、風間サチコ、宮永愛子、村上華子、米田知子といずれも昔から鑑賞し続けてきた実力派作家です。

5人とも、素晴らしい仕事を積み上げてきた方ばかりで、選考するのが実に難しそうです。知覚と思考を刺激する装置である「本」に想を得て生み出した作品に皆さん挑戦しているそうです。鑑賞しながら、自分が選考委員長なら、誰を米国展の参加作家に絞るのか必死で考えました。

松尾芭蕉は左、見仏上人は右。見事な対比です

どの作家さんも好きなので、悩みに悩んだ挙句、風間さんに決めました。ほかの4人の方々、あなたたちの作品が劣っているとか、つまらないとか、そういうことではありませんよ。アメリカで展示する際の見られ方、その他様々な要因を私なりに懸命に考えて、風間さんを選んだだけです。

風間作品の展示パネルに書いてある説明文を見ますと、「FLOW(雄島/誰まつしまぞ)」は松尾芭蕉の句碑をモチーフに、石窟に長年留まり経文を読誦したという見仏上人と芭蕉を左右に描いているそうです。

よく見ると、川面に和歌が流れている

もう一つの作品「FLOW(袖の渡り/涙川)」は、宮城県石巻市の旧北上川の河畔にある名勝「袖の渡し」を題材に、和歌が流れる川を石積み船が下っていく様子を捉えたそうです。

アメリカ人の魂に圧倒的な影響を今も与え続けている作家マーク・トウェイン(1835~1910年)と言えば、「ハックルベリー・フィンの冒険」(1885年)を始めとする不朽の名作で知られますが、私には、このマーク・トウェイン的なるものと風間サチコ的なるものとが非常に相性が良いように思えたのです。根拠なんて何もありません。ただの勘でしかないのですが。

風間的なるものが意外とアメリカ人の魂に染みる(=受ける)気がしたのです。宮永さんや米田さんの作品は、アメリカのアート好きの人にしてみると、やや「見慣れた手つき、仕草の作品」と受け止められかねない気がしたわけです。新鮮かつ親しみや驚きを持ってアメリカ人に受け入れられるのは、風間作品なのかなと考えてみた次第です。

ちなみに次点は、消しゴムという世界共通の“素材”を用いて、面白い作品を制作し続けている入江早耶さんにしてみました。とにかく普遍性のある消しゴムですから、アメリカ人も面白がって見てくれるのではないか、という、のんきな観測でした。入江さんの非常にキャラ立ちした感じもアメリカ人から好感を持たれそうな気がしたのです。まぁ、そんなこと言うと、風間さんだってキャラは物凄く立っていますが。

以上、勝手に“選考”してしまって、すみません。ニムワ日本委員会の皆さんには伏してお詫び申し上げます。誰が代表に選ばれたとしても私はうれしいのです。ということで、日本委員会の皆さんの選考結果を楽しみにしていますね。ぜひ、米国で展示した後、日本国内で凱旋帰国展も催行してほしいものです。アメリカで作家さんがどのように受け止められたのか、そのリポートもニムワ日本委員会の公式HPにアップしてもらえると、とてもうれしいです。

本日は東京・表参道、二連発の市原でした。あー、面白かった。(2026年3月22日18時42分脱稿)

著者: (ICHIHARA Shoji)

ジャーナリスト。1969年千葉市生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。月刊美術誌『ギャラリー』(ギャラリーステーション)に「美の散策」を連載中。