「日の丸」に映り込んだ「星条旗」は何を表しているのか?〜アルフレド・ジャーが表した日米の「残像」

東京オペラシティ アートギャラリーで開催されているアルフレド・ジャーの個展「あなたと私、そして世界のすべての⼈たち」(2026年3月29日まで)は、単なる回顧展ではない。それは、今まさに変動の極みにある国際情勢、とりわけ日米関係の「深層」を探り出そうとする。「内視鏡」が映し出した映像のようなものと考えてもいいかもしれない。

折しも日本の高市早苗首相が訪米し、ドナルド・トランプ大統領との会談に臨んでいる。日米同盟の強化や経済的利害の調整が根底にあるように見える一方で、ジャーの作品は、日本人が無意識に内面化している「ある種の不均衡」をあまりにも鮮やかに可視化してみせた。

《明日は明日の陽が昇る》(2025年)展示風景(筆者撮影)

《明日は明日の陽が昇る》がもたらす視覚体験

本展の象徴ともいえる新作《明日は明日の陽が昇る》(2025年)の前に立つと、鑑賞者は不可思議な視覚体験に翻弄される。展示室に入り、まず目に飛び込んでくるのは鮮やかな「日の丸」だ。しかし、その中を覗き込んだ瞬間、不穏な像が重なった。中に照明を仕込んだライトボックスを使った「日の丸」の表面に、展示室の真上に設置されたライトボックスの「星条旗」が鏡像として映り込んでいたのだ。

《明日は明日の陽が昇る》(2025年)展示風景(筆者撮影)

この「映り込み」を捉えた写真は、単なる偶然の産物ではない。ジャーは以前から、「日本はなぜこんなに米国に弱く、常に依存しているのか。強いアイデンティティを持てないのか」と衝撃を受けてきたという。ジャーはこの作品で、そのことを物理的に表現した。日本人が「国家の象徴」として見ている日の丸を間近で覗き込むと、常に星条旗が存在しているという事実が見えてくる。ジャーは、自身の異邦人としての眼差しを通して、日本人があまりに慣れすぎていて気づくことのできない「米国への過度な依存と、それゆえの脆弱性」を、光学的現象として表現したのである。あからさまに揶揄しているわけではない。はたして本当に「明日は明日の陽が昇る」のだろうか? 昨今の情勢を考えると、そんな思いまでが湧いてきてしまう。

「アメリカ」を独占する言葉への違和感

アルフレド・ジャーという作家の根底には、「言葉と概念の不一致」に対する鋭い懐疑があるようだ。1980年代、チリからニューヨークへ移住した若き日のジャーは、米国の人々が口にしていた「Welcome to America」という言葉に衝撃を受けたという。「アメリカ」というのは大陸を指す言葉であり、ジャーの出身国チリも、アメリカにあるからだ。

《アメリカのためのロゴ》(1987年)展示風景(筆者撮影)

しかし、米国の市民は、「アメリカ」という広大な地域を指す言葉を、自国のみを指す固有名詞として使っていた。周辺国からやってきた者には、自らの存在を地図から消し去られるような暴力性を持って響いたようだ。「強者の無意識」があるのではないかという疑念が湧いたのかもしれない。

この違和感から生まれたのが、ニューヨークのタイムズスクエアの巨大スクリーンに映し出された《アメリカのためのロゴ》(1987年)である。彼は「This is not America(これはアメリカではない)」という文字を合衆国の地図に重ね、南北の大陸全体を指す言葉としての「アメリカ」を取り戻そうとした。この作品の意義は、一国の常識がいかに偏狭なものであるかをあらわにした点にある。

外国人の目という「レンズ」の貴重さ

今回の展示が今この瞬間に響くのは、高市首相とトランプ大統領という二人のリーダーが向き合っているさなかにあって、日米関係の見直しや再定義を人々に考えさせるからだ。

トランプ氏が掲げる「アメリカ・ファースト」という排他的なナショナリズムは、かつてジャーが1980年代に感じた「アメリカという概念の独占」に通じる。それに対し、日本側が抱く「同盟」への期待や不安は、まさに《明日は明日の陽が昇る》で日の丸の中に揺らめく星条旗の影そのものだ。

《アメリカのためのロゴ》(1987年)の前で弁舌を振るうアルフレド・ジャー(筆者撮影)

ジャーのような「外部」からの視点を持つアーティストは、当事者が「仕方がない」と受け入れている従属関係を、異常な風景として切り取ってみせた。もし、中に星条旗が映り込んでいない純粋な日の丸の写真であったなら、ここまでの批評性は生まれなかったかもしれない。アートができることは何か、ということをも考えさせてくれる。

鏡に映る「真実」を凝視する

高市首相の訪米によって、今後軍事・経済的な連携が進むのか、あるいは自立への道が模索されるのか。その行方は不透明だが、アルフレド・ジャーは作品を通じて人々にこう問いかける。

「あなたが信じている自国の姿は、本当に単独で存在しているのか。それとも、誰かの影を自分の一部だと思い込んでいるだけではないか」

※掲載した写真は、筆者がプレス内覧会で許可を得て撮影したものです。

【展覧会情報
展覧会名:
アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち
会期:2026年1月21日〜3月29日
会場:東京オペラシティ アートギャラリー
公式ウェブサイト:https://www.operacity.jp/ag/exh294/

著者: (OGAWA Atsuo)

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩美術大学芸術学科教授。「芸術と経済」「音楽と美術」などの授業を担当。一般社団法人Music Dialogueアドバイザリー・メンバー。
日本経済新聞本紙、NIKKEI Financial、ONTOMO-mag、東洋経済、Tokyo Art Beatなど多くの媒体に記事を執筆。多摩美術大学で発行しているアート誌「Whooops!」の編集長を務めている。これまでの主な執筆記事は「パウル・クレー 色彩と線の交響楽」(日本経済新聞)、「絵になった音楽」(同)、「ヴァイオリンの神秘」(同)、「神坂雪佳の風流」(同)「画鬼、河鍋暁斎」(同)、「雪を愛す」(同)、「雨を楽しむ」(同)、「龍安寺に思う」(同)、「藤田嗣治の技法解明 乳白色の美生んだタルク」(同)、「名画に隠されたミステリー!尾形光琳の描いた風神雷神、屏風の裏でも飛んでいた!」(和楽web)など。著書に『美術の経済』(インプレス)