銭ゲバ国家ニッポン(おまけ) 市原尚士評

「銭ゲバ国家ニッポン」シリーズで筆者は文化庁の次期中期目標を徹底的に批判したわけですが、この中期目標の淵源となっていた可能性がある、あるいは、中期目標が正当性を僭称するためのアリバイ作りに利用されてしまった恐れのある、某報告書も批判しなければいけないことをすっかり忘れていました。本稿では、その報告書の内容を紹介しつつ、批判していこうと思います。

タイトルが異常に長いのですが、初出ということですべて書きます。

文化審議会 第4期文化経済部会 アート振興ワーキンググループ報告書『我が国における理想の美術館像について』」という長い、長い名前です。2025年3月5日付で発表された報告書です。文化審議会とは、すなわち文部科学省(文化庁)が文化振興等に関する重要事項を専門的に調査・審議することを目的にした機関のことです。森美術館長の片岡真実(1965年生まれ)が座長、滋賀県立美術館ディレクター(館長)の保坂健二朗(1976年生まれ)が座長代理を務めたワーキンググループ(以下、WG)が、2024年7月から2025年3月5日まで6回の会議を重ね、まとめられた「理想の美術館像」のようです。

片岡、保坂の両氏のお仕事に関して、私は敬意を持っていますが、この報告書に関してはいただけない部分が多くあるので、批判したいと思います。以下、報告書の原文とそれに対する私の考えを並列させる形式で文章を展開いたします。

財務管理と収益モデルの設計(再設計) 報告書3ページ

原文

運営費交付金や設置主体からの内部支出に過度に依存せず、入場料収入の増収に加え、寄付やスポンサーシップ(中略)など、複数の収益源を確保する方策を戦略的に検討する必要がある。

 

批判

政府や県や市町村等の自治体による交付金、内部支出を今まで以上に上げる方向性は最初から捨てて、つまり「過度に依存」することなしに入場料収入を増収させたり、収益源を確保せよと訴えています。これを読んで、私は思いました。一部の恵まれた館を除いて、日本の9割以上の美術館、特に地方の美術館の現状をWGの皆さんはご存じないのでしょうか?

  • いつ鑑賞に行っても、お客さんはほとんどいません。館内はがらんとしていて、全く活気がありません。
  • お客さんの顔ぶれもいつも同じです。同じ方が多くの展示を訪れているだけで、全体として美術愛好者のすそ野が広がっているとは到底言えません。
  • 懸命に集客しようという気持ちが根底にあるのは理解できるが、その地方と何も縁のない、漫画、アニメ、絵本などの展示が横行している。その結果、地元にゆかりがあり立派な仕事をしている物故作家、現役作家の顕彰がおざなりになっている。
  • 地方だと、館が全体的に老朽化しているケースも多く、ぼろぼろの状態になっている。
  • 1年間で展示にかけられる費用が極端に抑制されているため、発想も豊かな、ぜいたくな展示が不可能になっている。
  • 「財政難」であることを理由に、美術作家に対して、暗に「寄贈」をおねだりする(示唆する)ケースが割とよく見受けられる。←本来は、きちんとした値段で公金を使って購入することが作家へのリスペクトを示すことになるはずなのだが…。また、作家は霞を食べて生きているわけではないので、本来は、お金をもらうのは当然。しかし、名前のある美術館に収蔵されたという名誉と引き換えに、暗に「寄贈」を迫られ、それを受け入れてしまっている。私は、多くの作家さんから、この無償での寄贈を巡る葛藤や不満を聞いています。

まだまだ、美術館の現状はいくらでも問題点は列挙できますが、この程度にしておきましょう。上記のような、質・量ともにじり貧の美術館が交付金、内部支出に依存せず、収益源を確保できると本当に思いますか?

私は断言できます。こんなに魅力のない美術館にお金を出そうとする企業・個人がいるわけはない、と。公金をきちんと使って、魅力のある美術館に成長できれば、その後に、外部からの収益を求めるという道も理解できるのですが、現状は、そのはるか手前です。日本の地方美術館には、まだそこまでの魅力もなければ、経済的自立を目指すだけの体力もありません。WGの皆さんだって、私が今、列挙した問題点は十分知っているだろうに、あえて知らないふりをしているのです。この収益モデルは空理空論の極みです。

今までも、ろくな運営費交付金、内部支出を与えてこなかったのが、日本の政府や各地方自治体なのです。きちんとした公金支出を求めるのが第一に行うべきことであって、そのやるべきことをやらず、一足飛びのように「複数の収益源を確保」しようと求めるなんて、絵空事もいいところです。

雇用形態 報告書24ページ

原文

高い能力の人材確保のために、これまでの雇用形態や終身雇用の慣習にとらわれず、柔軟に待遇や働き方を調整することが可能な体制を検討すべきである。

批判

WGの皆さん、正気ですか? 現状でさえ、超多忙にもかかわらず、美術館の学芸員の皆さんが決して高給ではないことは業界の公然の事実ですよね? 身分が不安定で、給与も決して厚遇とはいえないーー一部のスター学芸員を除けば、ほとんどの方がそんな状況です。にもかかわらず、「終身雇用の慣習」にとらわれない柔軟な働き方を提案するとはいったい何を血迷っているのでしょうか?

私は正反対のことを提言します。魅力ある美術館を本気で作りたいのであれば、美術館スタッフの雇用を安定させ、給与面でも厚遇し、多くの人数を雇うことで、一人当たりの業務量を減らすことが必須の作業だとおもいます。要するに、学芸員の皆さんがじっくり、ゆったりと良い企画を考えるための時間的、精神的なゆとりを与えなければ良い展示なんて不可能です。現状、「雑芸員」と自虐するほどの繁忙感を常に抱きながら、学芸員の皆さんは苦悩の日々を送っています。こんな状況で魅力ある美術館が実現するわけはありません。

終身雇用は当たり前。たくさんの業務を押し付けず、ゆっくり考える時間を学芸員には与えたい。このような考えが理想論であることは私だって分かってはいます。しかし、「柔軟な働き方」を押し付けられたら、今まで以上に学芸員の方々の身分が不安定になってしまうことが予想されるため、私も必死になって、理想論をぶちあげているわけです。

交付金、内部支出をきちんと支払ってもらい、安易に「儲かる美術館」みたいな、くだらないビジョンを押し付けさせないーーそのような運用を権力を持った皆さんに求めたいのです。美術館をあたかもビジネスの場のようにして捉え、資本主義の原理原則の中に叩き込むような真似はしないでほしいのです。

WGの皆さんも、多分ですが、私と同じような考えは持っているのでしょう。報告書には、次のような記述もあるにはあります。24ページから。

一方で、現在の有期雇用に多くを依存した組織では、知識や経験、さらには外部との人的ネットワークが組織に蓄積せず、美術館全体としてそれらを活用して価値を生み出すナレッジディベロプメントが困難な状況が持続してしまっているという課題もある。

このような問題点が分かっていながら、美術館のスタッフに「柔軟な働き方」を求めるのは、あまりにも冷酷無比です。現在でも、彼らは柔軟すぎるくらい、多種多様な業務をこなしているわけですから、これ以上、「柔軟に働け」と言われたら、心身のバランスを崩して、完全に働けなくなること必定です。どうか、現場の最前線で働く方々を、もう少しお慈悲の目で見てあげてくださいな。

美術館の経済活動の見直し 報告書26ページ

原文

特に国立美術館における特別展の多くでは、必要経費のほとんどがメディア企業を中心とする共催者によって負担され、収入もその過半を共催者が得ていた。(中略)共催者が存在しない場合でも従来の活動規模を維持するためには、共催者が財政的に負担してきた展覧会組織費用を自力で調達する必要性がある。

批判

WGの皆さん、美術館がメディア企業に過度に依存してきた理由は、もちろんご存じですよね。本来、必要経費を支払うべき、政府や地方自治体がお金を出してこなかったから、メディア企業に依存していたのは自明の理です。

新聞社やテレビ局といったメディア企業は、戦後長く続いてきた“展示ビジネス”にうま味を見出せなくなってきています。長期の円安傾向、保険料高騰、運送費高騰、諸経費の高騰などが相まって、「印象派の名品を海外の著名美術館から借りて、ぼろ儲けしよう」という夢は見られなくなってしまいました。うま味が見いだせなくなれば、彼らが展示ビジネスから撤退・後退していくのは当たり前です。

メディア企業そのものが、新聞なら大幅な部数低下、テレビなら視聴率低下の影響で社会的な地位は沈没する一方の“泥船”と化しています。今にも沈没しそうな泥船には、美術館の展示に貴重なお金を充てる余裕などありません。国民の関心は、もはやユーチューブや各種のSNSへと完全に移行しており、今さら新聞・テレビに注目が集まるとも思えません。もはや、メディア企業主導の展示など成立する余裕はないのです。

今こそ、メディア企業の支配を脱却し、館としての自律性を生み出さなければいけません。そのためには、やはり政府や自治体による豊富な交付金、内部支出に期待したいのです。そこをきちんとやっていただき、各美術館が十分、独り立ちできる段階になってから、はじめて、この報告書が提案する「収益源の確保」を目指すべきなのだと確信しています。報告書が目標として掲げている内容は、すべて「次の段階」の内容です。「現時点での段階」は、きちんと政府や自治体がお金を出して、美術館が独り立ちできるようにすることだと思うのです。

戦後、一度たりとも、経済的に満足な状態で自立してこなかった美術館が一足飛びで「収益源の確保」を求められても対処のしようがないのです。メディア企業も自社の経営がじり貧の中で、美術館に支出する余裕がなくなってしまった現在、政府や自治体がお金の面での支援を行わず、各館の自助努力だけで、「収益源を確保せよ」と言われても、そんなの不可能であるのは火を見るよりも明らかでしょう。

私は何度でも言います。政府や自治体はきちんとお金を出せと。日本国憲法や博物館法の高い理念に基づき、きちんと美術館にお金を出す責務が彼らにはあります。やって当たり前の行動を戦後80年間以上にわたって行ってこなかった政府の罪責には非常に重いものがあります。

WGがまとめた報告書の一番の欠点は、政府批判の影が薄いことなのです。文化芸術を80年以上、軽視してきた政府の姿勢を徹底的に批判することなく、安易に各美術館に「収益源を確保せよ」と訴えても説得力はゼロです。WGの皆さんだって、私が言っていることは百も承知なのだとは思います。彼らは“大人”だから、政府と喧嘩しても仕方ないと考えているのでしょう。私は“クソガキ”なので、政府を徹底批判しますが……。

まだまだ批判したい点はたくさんありますが、本稿はここまでで終わりにしましょう。読者の皆様におかれましても、この報告書をぜひ熟読してください。そして、「この文章は賛成できるぞ」とか「この記述は納得いかないな」とか様々なことを考えてほしいのです。その考えを、活かして、美術館がこれまで以上に活性化し、国民全体で愛するためにどのような方策が必要なのか、熟考してほしいのです。

その考えを、あなたの住む地元の美術館に提言してほしいのです。あなたの住む地方自治体の長に提案してほしいのです。どうしたら、国民全体が現状よりも文化芸術の豊かさを享受できる社会になるのか、ご自分で徹底的に考えた上で、それを社会に発信してほしいのです。WGの報告書に対して、何の批判も、提案もしないからこそ、文化庁による、2026年4月から始まる、あのくだらない次期中期目標がしれっと提出されてしまったのでしょう。

WGの「理想の美術館像について」と文化庁の次期中期目標とを比較すると、内容的にはかなり異なっています。WGの報告書の方が、まだ文化庁の目標よりもはるかに良心的なのです。私は本稿でWGの報告書の諸点を批判しましたが、それでも文化庁の次期中期目標と比べれば、美術館の現場の実態に即した内容だとは思うのです。たとえ、そうだとしても政府の長年にわたる「文化芸術の振興に本気で取り組んでこなかった」という大きな罪責に対して「三猿」の姿勢で逃げているのが納得いきません。

「見ざる・聞かざる・言わざる」で済むようなお立場ではないでしょう? 片岡真実さんも保坂健二朗さんも。文化芸術に対して何もしてこなかった政府の批判もせず、政府にきちんとお金を出せと当たり前のことも言わず、ただ単に「各館の皆さん、自前で収益源を確保してください」と訴えるのは、あまりにも無責任すぎると思いませんか?

そんなの絶対、不可能ですよ。全国、津々浦々の美術館を見てきた私は断言できます。空理空論の綺麗ごとを押し付ける前に、現在、日本の美術館が追い込まれている苦境をもう少し丁寧にフォローしていただけませんでしょうか?

国民ももっと怒らなければいけないと思います。もっと怒るためには、WGの報告書も次期中期目標も熟読の上、皆さんの素朴な疑問や具体的な要望をどんどん地元の自治体や美術館にぶつけましょう!

国家がこれ以上、銭ゲバ化しないための最大の拠点として、美術館や博物館を活用しなければいけません。私が「銭ゲバ国家ニッポン」シリーズで何度も何度も力説した通り、ミュージアムの赤字は、ただの赤字ではありません。人々の心の豊かさにつながる“黒字”を提供してくれている赤字なのです。この赤字は、実は赤字ではないのです。まして、憲法や博物館法が保証してくれている「許される赤字」であることは明白なわけです。

文化庁の次期中期目標なんて、蹴っ飛ばしましょう。(2026年3月20日17時49分脱稿)

著者: (ICHIHARA Shoji)

ジャーナリスト。1969年千葉市生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。月刊美術誌『ギャラリー』(ギャラリーステーション)に「美の散策」を連載中。