人類よ、撮影本能を滅却せよ! 市原尚士評

東京・白金台にある港区立郷土歴史館を訪問した際、「モデル撮影の禁止について」と書かれた掲示を目にしました。「ははーん、あれのことね」と筆者はすぐに頭に映像が浮かびました。いかに郷土歴史館の皆さんが、そして普通の来場者が迷惑だったか手に取るように分かりました。これは、オーバーツーリズムの問題にも共通する非常に重要な問題なので、ご紹介しましょう。

まずは、少し長いですが、郷土歴史館の掲示から。

港区立郷土歴史館では、港区指定文化財である旧公衆衛生院の建物そのものを「建物展示」として公開し、建物の持つ歴史的魅力を楽しんでいただくという趣旨のもと、来館者には建物を自由にご見学いただき、一部の展示室をのぞいて撮影可能としてきました。
しかし最近、料金報酬の発生する営利目的のモデル撮影会の無許可実施や、長時間のモデル撮影により他の来館者の見学・通行の妨げとなった事例等、迷惑行為が複数確認されております。
今後、モデル撮影(人物を中心とした撮影/ポートレート撮影)は禁止とさせていただきますので、ご理解とご協力をお願いいたします。
※家族・グループ等での記念撮影、建物の撮影については、これまで通りに可能です。なお、当館の認知度を高め、来館促進に繋がると判断される撮影については別途ご相談ください。

モデル撮影の禁止を伝える掲示

モデル撮影の場合、モデルさんは当然、肖像権やパブリシティ権について、すべて了解の上、撮影に応じているはずです。ですから、お金を払っている撮影者とモデルさんとの間では、特に法的な観点で問題が生じていないわけです。

ここで撮影が禁止にされている法的根拠は、あくまでも「施設管理権」に由来するものと考えられます。つまり、モデル撮影会を郷土歴史館側が「施設内での迷惑行為」として捉えているということです。公共性を持つ公共施設ですから、本来は国民が自由に利用するのが原則ではあります。

しかし、モデル撮影会の様子を一度でもあなたはご覧になったことがありますか?
いや、すごいんですよ、彼らのたたずまいが。傍若無人と書いて、傍らに人無きが若(ごと)し、と書き下すのですが、まさにその通りの振る舞いを見せてくれます。映える写真を撮るためだけに建物内のとりわけキャッチ―で面白い意匠や色彩や構造の前に陣取って、延々と撮影をしているのです。

建物の持つ歴史や建築学的な意義などを学ぼうと訪れている一般の来館者への気遣い等はほとんどありません。良い目線が、ポーズが欲しいから撮影者は色々とモデルさんに声がけもします。そのようにして、延々と撮影を続けている彼らのせいで、素敵な空間の雰囲気はぶち壊しになるのです。

もちろん、一般の来場者目線で見ても不愉快なのですが、もっと良くない理由を筆者は「建造物(及び、建造物に関係する人々&歴史)へ敬意を払わない点」にあると思います。撮影会に来る人々は、表層的な映えのことしか考えておりません。だから、建物の意義・歴史・沿革を謙虚に学ぼうという姿勢が微塵も感じられない。

さらに言えば、モデルさんが性的な雰囲気を強調するような衣装、雰囲気、身のこなしを演出しているケースが多いことも不快な点です。モデルさんが悪い訳ではなく、依頼をする側が暗に要求しているのでしょう、そのような性的雰囲気を。だから、建造物の中が下品な空気に染まってしまうのです。

ここまでの文章で、あえて書いてこなかった超重要な情報を開示します。モデルさんはほぼ100%、女性です。撮影する側は男性なのです。そして、撮影者は明らかにセクシーな雰囲気を放ったSNS映えする写真を懸命になって撮ろうとしているのです。つまり、男性の極めて偏った性的欲望が、歴史的意義を持つ荘重な建造物の中で垂れ流しにされている、そのミスマッチな感じが一般客にとっては腹が立つし、目のやり場に困る原因となっているわけです。

港区立郷土歴史館の歴史は非常に興味深いのですが、ことさらにお勉強なんかしなくても、建物の中を経巡っているだけでも、「ああ、この建物は非常に重要なものだ。千年先まで残しておかなければならないぞ」と直感的に理解できる建造物です。そのような素晴らしい歴史的意義を有するのに、モデル撮影会の人々は何も歴史を学ぼうとしないし、空間の神聖な雰囲気にまったくそぐわない欲望を露出させている。だから、イライラするのでしょう。

筆者は、全国各地を経巡っているので、港区立郷土歴史館だけでなく、色々な場所で同様の事例を目撃します。やっぱり、ちょっとやり過ぎなんですよね。撮影する際の声がけや撮影時間の長さが。本来であれば、誰もが自由に撮影を楽しんでいいと思いたいのですが、実際に彼らを目の前にすると、さすがに「もう撮影は勘弁してください」と言いたくなってしまうのです。

筆者は東京・銀座一丁目の奥野ビルに週1~2回は訪問します。このビル内にはギャラリーがたくさん入居しているからです。このビル内で、モデル撮影会をしている風景は一度も見たことがありませんが、その代わりに、インバウンドによる強引な撮影はちょいちょい目撃します。ものすごく傍若無人なんです、彼らって。

奥野ビルはご自分の目で見て欲しいので、写真は掲載しません。代わりに奥野ビルのすぐ近くで見つけたステッカーをご覧ください

たとえば、奥野ビルに入居する、あるギャラリー内で筆者が画廊オーナーの方、もう一人のお客さんと計3人で雑談していた時のことでした。「ハロー」も「ニーハオ」も何の挨拶もなく、アイコンタクトも取らず、若い2人組の外国人がギャラリー内に入ってきました。彼らは、絵になりそうな場所を見つけると、そこを背景にバシャバシャ写真を撮り続けます。

1人は撮る専門。もう1人は撮られる専門。男が撮影係で女がモデル役でした。室内の様々な場所で写真をたくさん撮ると、ようやく満足したのか、2人やはり何の挨拶もなく出ていきました。まさに「傍若無人」とはこのことです。私たち3人はまるで透明人間扱いです。誰も人がいない空き部屋で思う存分撮影する時のように彼らは振る舞っていました。

さすがに、これはないだろうと考えた筆者が画廊主の方に「いやー、今の2人何なんですかね、ひどすぎませんか?」と問いかけると、その方は「ああいう傍若無人なインバウンドが結構いるので、もう本当に困っています。最近は注意するのも面倒であきらめています」と苦々しい表情で語っていました。

筆者はその後、マナーの悪いインバウンドの撮影風景を何回かこの目で目撃しました。ただ、筆者も排外主義者と思われると困りますし、インバウンドの名誉(?)のために補足しますと、インバウンドの全てが非常識なわけではありませんし、日本人でも撮影マナーの悪い人は何回も見ています。

確かに奥野ビルは非常に美しい建築なので、写真を撮りたくなるのは理解できます。ただ、それにしても傍若無人すぎる態度で己の欲望を垂れ流しにして去って行かれると本当に腹が立つんですよね。しかも、モデル撮影会におけるモデルさんのセクシーさ多め問題とは別の立腹ポイントがインバウンドの方々にはあります。彼らは、その手の写真を撮り慣れているせいか、凝ったポーズ、表情、構図を巧みに駆使して、結構、上手な写真を撮っているのです。すでに先客として空間内にいた我々を透明人間化した上で、凝りに凝った写真を撮っているのです。これに腹が立たないわけはないのです。

とりわけ、表情の作り方には頭がきますね。ファッション写真の中のモデルを真似しているのでしょうか、どことなく、すました顔にクールなアクセントをつけている、つまり、格好つけているんですよ、思い切り。透明人間にさせられた上に、こんな表情で写真撮られたら、血圧が一気に上がります。

やはり、観光客として外国に訪れてきたら、最低限のマナーを守り、居合わせた日本人にきちんと挨拶した上で、「(自分たちは)写真をこの空間内で撮りたいのですがよろしいでしょうか?」と尋ね、さらにそれをSNSなり何なりに発表したいのであれば、「この写真をSNSにあげてもよろしいですか?あげる場合の注意点を教えてください」と仁義を切るのは当然の行動でしょう。

まぁ、ここまで筆者が書いてきた内容は、日本人が海外観光地を訪れた時にもすべて適用されるのは言うまでもないことですが…。崇高な雰囲気の教会内で、いくらSNS映えするからといって、きゃーきゃー騒ぎながら写真撮影をしたら顰蹙を買うのは当たり前です。インバウンドの振り見て我が振り直せ、です。もって他山の石、です。

とにかく、美しい建物と出合ったときに、すぐスマホを取り出して撮影をするのが、もはや“生物としての本能”のようになってしまった人間が多すぎることが問題なのでしょう。撮影本能をいかに滅して、自身の目でしっかり見ることが可能なのか。私たちは、いや、大袈裟に言えば人類全体は、この問題を真剣に考えないと、とんでもないことになってしまうのでは?(2025年10月26日20時15分脱稿)

著者: (ICHIHARA Shoji)

ジャーナリスト。1969年千葉市生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。月刊美術誌『ギャラリー』(ギャラリーステーション)に「美の散策」を連載中。