彩字記#19(採取者・市原尚士)

お咎めなしのビラ貼付

ヘルシンキの街中に、「PAKKASUKKO PUTINIA VASTAAN」と書かれたビラがあちこちに貼られています。PAKKASUKKOは、ロシアの象徴的なキャラクターである「霜のじいさん」。PUTINIAはプーチン大統領、VASTAANは抗議する、です。ということは、「霜じいはプーチンに抗議する」という意味合いのようです。プーチンの顔に何かがひっかけられています。

プーチンを批判するビジュアル

このビラは、本当にあちこちに貼ってありました。通常、行政側は違法な落書き、ステッカー、あるいはビラの貼付などに対しては、執拗にそれらの行為を禁止し、実際に貼られたり、落書きされたりすると、その清掃作業を行うのが常です。しかし、このビラは全く剥がされていないのです。これは、もしかしたら、行政側の偉い人々もプーチンが嫌いで、あえてお目こぼししているのではないでしょうか? ついつい、そんなことを考えてしまいました。

ブルーベリーマン&アンクル・サム?

ブルーベリーマン

落書きで面白いのを見つけました。頭部がブルーベリー、右手にセミ?ハチ?をジュエリーのようにとまらせている革ジャン姿の人間です。この像はいったい何を表現しているのでしょう。日本人にはその意味合いがよく分かりませんが、フィンランドの方がこの画像を見ると、意味がピンと来るのでしょうか?

意味こそ分かりませんが、ビジュアルとしては面白かったので、ご紹介しました。

アンクル・サム?

アメリカを擬人化したアンクル・サムのような人物が、「I am joining the war on drugs on the side of drugs」と言っているポスターも目立ちます。「薬物戦争に、薬物の側に立って私は参加する」と力強く宣言しているのですが、これはもちろんアメリカ政府を皮肉っているのでしょう。

ぼかし方がうまい!

真珠のネックレスの表現が柔らかい

ヘルシンキアートギャラリーの周辺で女性の描き手と思われる、スプレーで描いた絵を数点、発見しました。くっきり、はっきり描くのではなく、あえてぼやーっとぼかしながら、表現をするのが得意な作者ですね。真珠の首飾りと思われる、首周りのそれは、ぼかしをうまく取り入れながら、柔らかいタッチです。

髪の毛のふんわり感が目に心地よい

横顔の女性を描いた作品は、髪の毛を青系、赤系と二つに分けて、それぞれふんわりと表現しています。美容業界では空気を含んだようなふんわりとした質感を「エアリー」と称します。このエアリーな髪形は高度なテクニックが必要だそうです。この絵で描かれた女性の髪は、エアリーを通り越して、大胆に梳かれる結果、スカスカになっているようにも見えますが。とにかくおしゃれです。

異国で活躍する邦人

フィンランド最大の本屋さんとして知られる「アカデミア書店」を訪れた際、エスカレーターではなく、あえて階段を使って上階に行きました。世界中の大きな書店を回ってきた経験から、階段の途中のスペースである踊り場の周辺にアート作品が飾られていることを筆者は熟知しているからです。

本を素材にしたアート(?)作品

やはり、ありました。書籍を組み合わせた作品数点が壁面に設置されていたのです。正直、クオリティーはそれほどでもありません。回文の天才で書籍や衣類や刺繍など様々な素材を駆使して素敵な作品を続々と生み出す美術家・福田尚代(1967年生まれ)と比べるとかなり見劣りがします。福田がプロなら、アカデミア書店の作者はアマチュアですね。それくらい、レベルに違いがありました。日本人の手先の器用さや発想の豊かさは、世界でも誇れるのだなとうれしい気持ちになっていました。

そして、お目当ての美術書のコーナーに行ったとき、びっくりしました。スウェーデンに長年、住みながら、北欧を中心に世界で活躍する、埼玉県出身のアーティスト・中島由夫(1940年生まれ)の大きくて立派な新刊(?)書籍が目立つ場所に平積みになっていたのです。

筆者は昨年も北欧を訪問したのですが、スウェーデンの首都ストックホルムの大きな書店で、やはり中島の本が大きな扱いで置かれていました。ストックホルムは中島の本拠地ですから、まぁ、理解できたのですが、隣国フィンランド最大の書店でもこんなにリスペクトされているのか、と本の置かれ方から直観し、改めて彼の偉大さに感じ入った次第です。

中島には失礼な物言いかもしれませんが、筆者の本音を腹蔵なく書いてみましょう。海外で非常に尊敬されているのに、生まれ故郷である日本ではそれほど知名度が高くないアーティストという方が時折、いらっしゃいます。彼もその典型例だと思います。人生そのものが、まるで映画でも見ているかのような驚愕のエピソードであふれているのが、「YOSHIO NAKAJIMA」です。

血沸き肉躍る芸術家の軌跡、特に今、10代の学生さん、絵描きの方にぜひとも知っていただき、大きな刺激を受けてほしいです。

トイレが面白い

ホテル客室内に置かれたセルフガイドツアー用のパンフレット

今回のヘルシンキ滞在では、中央駅に隣接する「SCANDIC GRAND CENTRAL HELSINKI」に宿泊しました。このホテルは、1909年に建てられたアールヌーボー様式のビルがそのまま保全され、現在も使われており、建物そのものが貴重な文化財です。ホテルの部屋に置かれていた「SELF-GUIDED TOUR」なるパンフレットを片手に、館内をくまなく回ることにしました。

奇妙な形状の小便器

独りで2回も、この“ツアー”を催行したのですが、とても面白かったです。筆者が一番、興味を持ったのは、男性トイレの小便器でした。2人分の小便器が完全にくっ付いてしまっている!

つまり、本来は2つに分離されているはずの小便器が、ここではなぜか合体して1つの小便器のようになっているのです。お隣の方とほぼ肩と肩とをくっ付けるくらいの近距離で立ち並ぶことになります。なんで、このような構造をしているのでしょうか。パンフレットによると、この小便器も1909年に実際に使われていたものをそのまま現在まで使い続けているのだそう。

男性トイレの個室扉の取っ手は真鍮製

犬の縄張りではありませんが、筆者もヘルシンキに己の痕跡を少しでも残そうと思い、この奇妙な形状の小便器に己の“液状分身”をマーキングしておきました(尾籠な話でスミマセン)。奥には個室もあったのですが、扉は木製。鍵や取っ手は真鍮製です。とてもお洒落な意匠がこらされており、目を引きました。

ホテルそのものが「最終目的地」と言っても決して言いすぎでないくらい、見どころがいっぱいです。鉄道好きの方、建築好きの方、次にヘルシンキに宿泊される際は、ぜひ駅隣のSCANDICをご検討ください。決して、がっかりしないことを筆者が請け合います。(2026年1月20日11時43分脱稿)

*「彩字記」は、街で出合う文字や色彩を市原尚士が採取し、描かれた形象、書かれた文字を記述しようとする試みです。不定期で掲載いたします。

著者: (ICHIHARA Shoji)

ジャーナリスト。1969年千葉市生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。月刊美術誌『ギャラリー』(ギャラリーステーション)に「美の散策」を連載中。