「美術評論のこれまでとこれから」武居利史

質問1これまでの美術評論でもっとも印象的なものについてお答えください。

土方定一『日本の近代美術』(岩波新書、1966年)
日本の近代美術を初めて歴史として叙述した記念碑的な著作。一般的には美術史の本と見なされているが、一世紀に及ぶ一国の美術の展開を大局的にとらえることに成功したのは、作品の価値について鑑賞体験を通して自らの美学的思想にもとづいて判断していく批評的な態度が、土方の根底にあったからにほかならない。「ぼくの経験としての絵画、彫刻ということに忠実でありたいと思っていた」とあとがきで述べているように、自らの人生に重ねあわせることで書くことのできた美術評論家による「経験としての美術史」なのである。

 

質問2これからの美術評論はどのようなものになりうるかをお答えください。

美術評論は、たんに美術についての読み物であるだけでなく、読み手の生き方に示唆を与えるようなものであってほしいと思う。美術は人の心に影響を与えることができるが、それは作品に触れる機会があり、美術を感受する心があって初めて成り立つことでもある。美術評論には人に語りかけ、人に行動を促し、人と美術をつなげる役割がある。美術館やギャラリーは空間を提供することで、美術と人をつなぐことができるが、美術評論はメディアを通して人と美術をつなげることができる。書籍、雑誌、新聞、テレビといった古典的メディアにとどまらず、インターネットやSNSのような新しいメディアが台頭し、生活の中に浸透している。メディアがある限り、美術評論はなくならない。多様なメディアを通して発信され、多様な読み手に支持されるような美術評論が求められようになるだろう。

 

 

著者: (TAKEI Toshifumi)

府中市美術館学芸員・教育普及担当主査。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。2000年の府中市美術館の開設準備に携わり、現代美術の企画展、公開制作やワークショップなどの教育普及プログラムを手がける。担当した展覧会に、「第2回府中ビエンナーレ―来るべき世界に」(2005)、「民衆の鼓動-韓国美術のリアリズム1945-2005」(2008)、「アートサイト府中2010 いきるちから」(2010)、「燃える東京・多摩―画家・新海覚雄の軌跡」(2016)がある。主に美術と社会の関係を研究し、最近の共著に、『九条俳句訴訟と公民館の自由』(エイデル研究所、2018)がある。月刊『前衛』に「文化の話題・美術」を連載し、「しんぶん赤旗」、『美術運動』などに評論を寄稿している。