スケボー2題 市原尚士評

スケボー天国

グラフィティと密接な関係を持つのがスケートボードです。スケボーのデッキ(板)には、しばしばグラフィティの作家が作品を施します。また、スケボーを楽しむ場所は往々にしてグラフィティが描かれる場所でもあり、互いの相性は抜群なのです。

ヘルシンキのスケートカルチャーにおける最大の拠点「Suvilahti DIY (スヴィラハティDIY)」といえば、廃棄された工業地帯を利用してスケーターたちが手作りした空間で、国際的な知名度も高いことで知られています。

スケボーを愛する人がグラフィティを愛する場合もありますし、その逆のパターンもあります。北欧では、スケボーもグラフィティもカルチャーとして一定程度の市民権をきちんと得ているのです。

 

ヘルシンキ市立博物館を訪ねた筆者が驚いたのは、このスヴィラハティDIYを紹介する大きなコーナー「OUR CITY」が存在することでした。

博物館といえば、お勉強っぽい内容で、どちらかといえば保守的な感じの展示物が目立つと思うのですが、この博物館では、スケボーの聖地の魅力をたっぷりと紹介していたのです。

ヘルシンキの街の音が聴こえる

細かいグラフィティでびっしり覆われた壁面のような展示空間では、ヘルシンキの街中の音が聴けます。また、ボードに乗ったままアクロバティックな技を決める、いわゆる「トリック」と呼ばれる瞬間をとらえた写真が多く展示されています。

電話ボックスを真正面から

さらに、昔懐かしいダイヤル式の公衆電話のボックスも設置されています。ボックスの内部、外部にはびっしりと落書きが施されています。

電話ボックスを斜めから

電話ボックスの内部をアップで

公立の博物館が、スケボーやグラフィティをイリーガルなものとして排除するのではなく、むしろ、ヘルシンキの立派な文化として紹介している点は、わが国も大いに見習うべきかと思いました。展示パネルによると、ヘルシンキにスケートボーダーが初めて登場したのは1970年代半ばだそうです。1987年以降にスケートボード文化が隆盛を極めたのだとか。

やがて消えてなくなってしまうグラフィティにおいても、映像や写真を撮影することは重要になります。スケートボードも記録することの重要性は同じです。ビデオや雑誌で盛んに記録されるわけですが、ここで重要なのは、都市環境の変遷も記録されるという点になるでしょう。

グラフィティやスケボーを記録するための映像などは、そっくりそのまま都市環境の貴重なドキュメントになるわけです。

言ってみれば、グラフィティやスケボーは、健全な街づくりの敵ではなく、むしろ共に手を携えて、街並みの魅力をアップしていけるのではないでしょうか?
ヘルシンキの博物館展示が筆者に、そう教えてくれたような気がしました。

選挙へ行こう、スケボーで

ある地方都市の市民ギャラリーで「明るい選挙啓発ポスターコンクール展」が催行されていました。どんな展示でも真剣勝負、一期一会の気持ちで鑑賞する筆者が大量の応募作品と真面目に接してみました。

その結果、ダントツで一位に輝き、最高賞である「市原賞」を獲得したのが、小学校1年生の女児が描いたこの作品でした。猫でしょうか?狸でしょうか?それとも犬なのでしょうか?

動物の親子がスケボーで投票所へ

目がぱっちりした親子の動物が飛び跳ねるようにして投票所に向かっているようです。胸元には親も子もピンクの蝶ネクタイをしています。「選挙に行けるのが楽しいなぁ」と親子ともに呟いています。1秒でも早く投票してみたい、という思いが絵にあふれていて、こんな作品を見たら、誰だって投票したくなると思いました。

親御さんの足元に注目してください。緑色の長細いものが見えますよね。これは公式的な見解ですと植物ということになるのでしょうが、筆者はそうは思いません。これは、多分、DIYの精神で緑色に塗ったスケボーなのではないでしょうか?

ガラガラー、ダーッと画面奥からこちらに向かってスケボーで走ってきた親御さんが、今、スケボーから両足を離して、瞬間、空中に浮遊するトリックを決めた瞬間と推測しました。お子さんの方は、ずっと親御さんの背中にしがみついていたのですが、トリックが大胆に決まりすぎて、親御さんの背中から剥がれ落ちてしまったのでしょう。今が親御さんの左手がお子さんの右手をつかんでいるだけ。つまりお子さんもまた空中に浮遊している状態です。

1秒以内に、この状態は正常化するはずです。つまり、親御さんの両足はスケボーにちゃんと接地し、お子さんは親御さんの背中にぺたっと張り付くわけです。いやー、何とも多幸感あふれる絵です。この親御さんは、街角を曲がると、次の大技を決めることでしょう。お子さんは「キャッキャッ」と歓声を上げながら、また、飛翔するのでしょう。

こんな素敵な絵を見ると、美術館とかギャラリーとかアートフェアとか、すべてが馬鹿らしくなります。また、芸術理論とか美学とか美大とか芸大とか、そんなものもどうでもよくなります。描いていて楽しくて仕方ないという純粋な気持ちだけの絵というのが、見ていて一番楽しいです。こんなにかわいい絵、どんな芸大の優秀な学生さんでも描けませんよね。残念ながら、人は年をとると、何か大切なことを忘れてしまうようです。

スケボーをかっ飛ばして、あなたもお子さんと一緒に選挙に行こうじゃないですか。あなたの1票が日本の未来を決めるんですから、お祭りに参加するつもりで投票してみましょう。日本も少しは変わるかもしれませんよ。

以上、本稿はスケボー2題でガラガラ、ガ~っと攻めてみました。(2026年1月27日22時14分脱稿)

著者: (ICHIHARA Shoji)

ジャーナリスト。1969年千葉市生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。月刊美術誌『ギャラリー』(ギャラリーステーション)に「美の散策」を連載中。