セクハラなんて知らないよ? 市原尚士評

最近、ギャラリーを回っていると、ドキッとするような掲示を目にする機会が増えてきました。いわゆる「ギャラリーストーカー」を何とかして撃退したいという願いに基づいたギャラリー側の自衛の文章です。

東京都内の某ギャラリーで見かけたストーカー行為への警告文

気持ち悪い男性のお客さん、確かにいます。狙われるのは、まだ非常に若い女性作家です。彼女のすぐそばにぺたーっと張り付いて、ねちねちと同じことを繰り返し話しています。

私の観察してきた結果では、彼が話すこと、やることはたいていは次の3つのどれかに入ります。①作家さんがまったく興味を持ちそうなもない単なる自分の自慢話②作家さんの携帯、自宅住所などの個人情報を根掘り葉掘り聞きだそうとする③安い作品を数点購入しただけでパトロンを気取り、食事や交際を一方的に迫る―――どれもこれも極めて気持ち悪いですよね。

正しいコミュニケーションの要諦とは何ぞや?
それは、心地よい会話(感情)のキャッチボールを続けること、です。そして、もっと重要なのは、相手がそのキャッチボールをやめたいと思ったら、すぐにそれを察してやめること、でしょう。要するに、「私はあなたのことを尊重していますよ」という姿勢を直接的に、間接的に、示せることが非常に大事です。

ところが、ストーカータイプの男性はまったく違います。自分の欲望を一方的に垂れ流すだけで、相手が今、どう思っているのかはまったくお構いなしです。独りよがりな態度をまったく崩さず、つまらない(つまらなさすぎる)自慢話を延々と続けます。相手の話を聞こうと言う姿勢がかけらもないのです。話が聞けないのだから、当然、相手の感情も正しく理解できていないわけです。だから、「彼女は自分のことを好きに違いない」といった妄想を抱くのです。

要するに、コミュニケーションのできない鼻つまみ者の気持ち悪い男が、1点8000円とか1万5000円程度の値段しかつけられない若手作家の作品を数点購入しただけで、「定額(≒低額)マウンティングし放題」と勘違いしている状態になっているのです。

筆者は、このような気持ち悪い男性客を撲滅するために、本稿を執筆しようと思い立ちました。日頃、親交のある画廊主2人からお話しを聞きましたので、そちらを今から紹介します。お二人とも匿名にします。一人は男性、一人は女性です。

ギャラリー側も悪いのでは?

まずは、男性の画廊主Aさんから。彼は「一部のギャラリーは、率先して若い女性アーティストを利用しているのでは?」と問題提起をしてくれました。

本来なら、気持ち悪いお客が来たら、作家を守ってあげるのが画廊主の務めだと思うのですが、一部ギャラリーでは、気持ち悪いお客に女性を差し出しているケースがあると彼は指摘します。

若い女性作家に寄ってきて作品を買ってくれるから、売れるならいいと、女性作家とお客の“親密すぎる交流”を推奨している画廊もあります。作家を常時在廊させていたり、パーティーの日をもうけたり。気持ち悪いですね。もはや、画廊ではなく『無料のキャバクラ』と化しています

そもそも、女性作家を利用するような画廊オーナーは、ご自身もかなり狂っているケースが多いです。筆者は画廊関係者の知り合いが多いので、はっきり言って地獄耳です。ヤバい情報が日々、耳に入ってきます。その情報ネットワークには信じられないような話が入ってきます。画廊オーナー自身が、若い女性作家に「食事に行こうよ!」「今度一緒に美術館に行こう。必ず、君のためになるから」などと迫っているのです! ご本人は周りにバレていないと思っているかもしれませんが、そういう話は全部、筒抜けです。私は、「客が客ならオーナーもオーナーだ」と、そのそれなりに有名なギャラリーの前を通ると、冷ややかな目で見ています。

女性作家の在廊を無理強いしない。いやいや、そもそも、一秒たりとも在廊させない。作品だけをきちんと見て、審美的な判断に基づいて購入を決めてくれるお客さんだけを相手にする。女性性を売りにしたような宣伝は一切しない。

このような処方箋を、Aさんが提示してくれました。

また、Aさんは、こうも述べてくれました。
いわゆるコマーシャルギャラリーが、作家は在廊させず、受付の方が無口なのは、変なお客に対する防御策をとっているのだと理解しています。ウチ程度のギャラリーでは、『お高くとまっている』と勘違いされかねない“塩対応”はできません。堂々と不愛想・無口な対応を貫ける彼らを実は羨望の目でいつも見ています。そもそもギャラリーは入場無料なことが多いのだから、必要以上のサービスはしなくていいのでしょうけど、どうしてもウチ程度だと、お客さんに媚びる部分はありますよね

いやいや、Aさん。一流コマーシャルギャラリーだって富裕層が来ると、めちゃくちゃ媚びていますよ。筆者は何度も目撃しています、そのような光景を。仮に筆者が超富裕層の著名なコレクターだとしましょう。こんな感じの風景が天王洲アイルや六本木で繰り広げられています。

内部が見えないようになっているシートか何かがウィンドウに貼ってある、やや大ぶりの車が例えば天王洲アイル・寺田倉庫の前に横づけします。すると、おつきの女性2人、男性1人を従えて、著名コレクター・市原さんが悠然と車から降り立ちます。手には何一つ持っていません。スマホや鞄などはすべておつきの者が持っているのです。市原さんは、大概、展示の初日に来廊されるのです。

さあ、市原さんがあの速度が異常に遅い寺田倉庫の大型エレベーターで昇って、とある画廊の中に入るとどうなるでしょうか?
塩対応どころではありませんよ。「こんなに、この画廊の奥には人がいたんだ!」とびっくりするくらい総出で市原さんをお出迎えです。「市原さん、いつも大変お世話になっております」「市原さん、今回の展示作品は~(以下略)」などなど、恵比寿顔で手をもみもみしながら丁寧に説明してくれます。

市原さんも余裕の表情です。300万円(税別)くらいの作品だったら、何のためらいもなく、「うん、じゃあ、これもらっておきましょうか」ってなもんです。市原さんの中では、「絵画は基本、1000万円以上はするもの」という認識なので、300万円の絵なんて、ごくごく安い買い物なんです。

さて、いよいよ市原さんがお帰りになります。またまた、スタッフ総出でお見送りです。エレベーターの扉が閉まっても、10秒くらいは頭を下げたままの姿勢を維持しています。筆者はこのような風景を見て、いつも心の中で爆笑しています。「一般の庶民相手とは全然違う対応じゃん」と思いながら。

一流のコマーシャルギャラリーは、貧乏人を相手にしていないだけです。どんな靴を履いていて、どんなパンツとジャケットを着ているのか? それを見ただけで、特殊な訓練を積んでいる方だと各アイテムの発売年、ブランド名、金額を瞬時で算出し、上から下まで全部足し上げると、「時計を除いて約620万円なり」と見分けてしまいます。そして、彼らが「顧客の名に値する」と決めれば、全力で媚び媚びの対応をしているんです。まぁ、ギャラリーだって慈善事業ではなく「商売」ですから当たり前ですけどね。

あれれ、ギャラリーストーカーの話がいつの間にか、富裕層への媚び媚び対応の話になってしまいました。脱線してスミマセン。ただ、超一流企業の社長とか会長とかの要職を務めている美術コレクターの中には、ご自身の権勢をフルに活用して、何だか妙なことを陰でこそこそしているのではないかという噂を聞くこともたまにあります。

1万円程度の作品を数点買って、パトロン気取りのストーカーも30億円の作品をポンと買える富裕層でも、気持ち悪い男はいくらでもいるということです。本当に女性作家の皆さん、男には気を付けましょうね。

ギャラリーの女性も被害に!

続いて、女性の画廊主Bさんにご登場いただきましょう。Bさんによると「ストーカーに遭いやすい作家は、外見がというよりは、気の弱そうな若い作家が多い」とのこと。展覧会経験の浅いうちは、すべてのお客様に丁寧に対応しますので、普段、人からやさしくされない方々は、そうされるのが気持ちいいのだろうと、分析してくれました。

Bさんがストーカーの典型的な行動とその奥底に隠された深層心理を解説してくれました。
▽作品について、「もっと、こうしたほうがいい、ああした方がいい」など偉そうに講釈する。←「それを素直に聞いてくれることが気持ちいいのでしょうね」。
▽1万円以下など、まだ安いうちに作品をいくつも買い、コレクターだと偉そうにして、食事に誘う、連絡先を聞く。←「そのような無理強いを断れない作家を選ぶのがストーカーの皆さんはとても上手。貸し画廊の場合、ギャラリーの人間が常駐しない画廊も多いので、そういう画廊を狙って歩いているとも思います」。

被害に遭うのは女性作家ばかりではありません!
なんとBさん自身も気持ち悪いお誘いを男性客から何度も受けているそうです。
食事に誘ってきたり、お菓子などをいつも贈ってきたり…『作品がわからないので教えてほしい』とか、うまいこと言ってきますが、作品をあまり見ていないので、興味がないようにしか見えません。だから、食事はきっぱり断ります。本当に時間の無駄! でもそういった方は、こちらが冷たいことを言ってもくじけなくて、反応があることそのものがうれしいようなので、最終的に無視するようになりました。目を合わせずの無視がいちばん効果を感じますね」。

Bさんによると、ストーカーとは言わないまでも、タチが悪いお客さんはほかにもいるそうです。「自分の話しかしない方が結構いらっしゃって、本当に嫌ですね。作家と名乗って資料を渡してきて、持論を繰り広げる。延々と毎回、同じ話をされる方が散見されます」。

知っていますよ、筆者も。昼からお酒の臭いを漂わせながら、有名画廊を回っている某彫刻家は、「オレの作品を画廊のこの場所に置けば、空間がビシッと引き締まる。どうだい、安くしておくから買わないかい」と熱心な売り込みを各画廊で試みています。この方は、買う気が一切ないのに、画廊の方に「この絵いくらだ?」と聞き、「なにぃー270万円、安い値段だなー」などと言って、露骨に嫌な顔をされています。

それでは、評論家やキュレーターは?

これまで、さんざん気持ち悪い客の話をしてきましたが、気持ち悪いのは有力学芸員や評論家や大学教授やキュレーターも同じです。残念ながら、筆者の情報ネットワークは主にギャラリーを巡るものだけで、教授らの情報はほとんど入ってきません。ですから中央公論新社から2023年に刊行された、猪谷千香著『ギャラリーストーカー─美術業界を蝕む女性差別と性被害』を読みました。

いや、この本を読むと、吐き気がしますよ。気持ちの悪い教授やキュレーターのオンパレードで。自身の持っている権威・権力を笠に着て、言いたい放題、やりたい放題、性欲垂れ流しの気色悪い男どもが続出しています。

あれ、今、筆者は「学芸員や教授の悪さはほとんど見たことないし、情報も入ってこない」と申し上げましたが、訂正してお詫びします。よくよく思い出せば、数件ですが目撃していました。

数年前、某著名ギャラリーで某女性作家の展示を見ているとき、国内でも五本の指に入るくらいの超有名美術館の著名な男性学芸員が来場していました。この男性学芸員の実に偉そうだったこと!

「ふーん、今回の作品、まぁまぁ、よく描けているんじゃない」
「今月末までに、オレに新作のファイルをまとめて送っといて」
「●●賞に推薦しておいてあげるよ」

と言うことの一つ一つが上から目線で、とにかく偉そうでした。作家が下で、学芸員が上という変な権力構造を自明の理としている感じがして、筆者は、その著名学芸員の方がいっぺんに嫌いになりました。もちろん、ほとんどの学芸員の方が謙虚な姿勢であることもよく存じ上げておりますが、中にはこのように偉そうな方もいるということです。

猪谷千香さんのご著書を読んでみてください。とにかくヤバい男が大量に登場しますので。

筆者の所属する美術評論家連盟だって、男性会長の性的スキャンダルが世間をにぎわせました。あの不祥事から、約4年が経過しましたが、連盟はセクシャルハラスメントに関して進歩・前進したのでしょうか。会員一覧を隅から隅まで閲覧し、男女比を確認しました。現時点で、会員数は約200人。そのうちの約7割が男性会員、女性会員は約3割しかいませんでした。

もちろん、見た目が男性でも性自認は女性の方がいるでしょうし、その逆もあると思うので、当方のカウントはかなり乱暴だし、不適切だということは認めます。ただ、一つの参考材料にはなると思いまして、あえて、見た目を元に数え上げてみました。(性自認が見た目の性と異なる会員の方には心よりお詫び申し上げます。そもそも「見た目」ってなんだそりゃという話ですよね)。

美術の現場でお目にかかるのは、圧倒的に女性が多いのに、大学の教授や常勤学芸員や美術評論家連盟会員は男性が多く占めているのはなぜなんでしょうか? なぜ、女性は美術館に勤めていても、非常勤の方が多いのでしょうか? なぜ、女性の教授が少ないのでしょうか? なぜ、女性の美術評論家連盟会員は少ないのでしょうか?

筆者を含め、美術に携わる人間が、ギャラリーストーカーの問題、美術界における男女の不均衡を巡る問題について、懸命に学習し、自身の内部に潜む、セクハラの芽や根を徹底的に見つめない限り、何も是正されない気がします。美術評論家連盟だって、少なくとも男性会員と女性会員の比率が半々にならないとまずいと思います。

ギャラリーストーカーの問題を考察していたら、いつの間にか、話が自分の方に刺さってきました。性的虐待を始めとする各種のハラスメントは、世の中に可視化されていないだけで、思ったよりも多く、いや、かなり多く存在しております。すべてのハラスメントを根絶するために、私たちは日々、学び、世の中をより自由にするための努力を続けなければいけないということでしょう。(2025年10月13日13時07分脱稿)

著者: (ICHIHARA Shoji)

ジャーナリスト。1969年千葉市生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。月刊美術誌『ギャラリー』(ギャラリーステーション)に「美の散策」を連載中。