時間を超えて伝承される身体の動きと芸術「春日若宮おん祭」三木学評

春日大社若宮

毎年、12月17日、奈良の春日大社で開催されている年中行事、「春日若宮おん祭」は、1136年に関白藤原忠通によって始められたとされ、昨年で890年目となった。「春日若宮おん祭」に合わせて例年、奈良国立博物館では「春日若宮おん祭の信仰と美術」展が開催されている。

奈良国立博物館

12月17日午前零時に、若宮本殿からお旅所までお連れする「遷幸の儀」から、12月18日の午前零時になる前に再び本殿に還す「還幸の儀」まで様々な芸能が奉納される。特に、御旅所祭では、神楽や田楽、舞楽など、中世以前から伝わる芸能が奉納される貴重な祭礼であり、「春日若宮おん祭の神事芸能」として重要無形民俗文化財に指定されている。

春日大社に祀られている神様は、武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、比売神(ひめがみ)の四柱である。若宮は、男神である天児屋根命と女神である比売神から生まれた新しい御子であり、天押雲根命(あめのおしくもねのみことと)という。長保5年(1003)旧暦3月3日、第四殿に出現したという。

その後、長承年間(1132〜1135)に、大雨洪水による飢饉や疫病が蔓延し、白河上皇、鳥羽上皇、関白藤原忠通らが若宮の加護を願って長承4年(1135)に本殿を造営し、長承5年(1136)の旧暦9月17日、若宮のご神霊をお迎えして、祭礼をしたことが始まりとされる。その加護もあって、大雨洪水が収まったことから今日まで続けられている。

御旅所

現在でも1日中、様々な祭礼が催されるが、特に注目すべきは、ちょうど奈良国立博物館の南側に位置し、一の鳥居と二の鳥居の間にある神域で開催される御旅所祭で、南都楽所による演奏に沿って、太古より継承される芸能が奉納される。神楽(かぐら)  、東遊(あずまあそび)、田楽(でんがく) 、細男(せいのお) 、神楽式(かぐらしき) 、和舞(やまとまい) 、舞楽(ぶがく)と続くが、中でもクライマックスとなるのは舞楽である。左舞の演目「蘭陵王(らんりょうおう)」は、『源氏物語』でも登場するので聞いたことがある人もいるだろう。

舞楽は、飛鳥・白鳳から奈良時代にかけて古代朝鮮や中国大陸から伝承され、日本で形となった。中国や印度支那方面から伝えられたものを左舞と言い、赤色系統の装束を着ける。朝鮮地方や渤海国等から伝えられたものを右舞と言い、緑色系統の装束で舞われる。演奏される音楽も、左舞は唐楽、右舞は高麗という。

厳かに繰り広げられる舞楽は、その衣装も豪華なものだが、あまりに寒く、なかなか見続けるのは難しい。私は過去2回見ているが、焚火にあたりながらだったので、舞楽についてはっきり覚えていなかった。

それで昨年、たまたまXを見ていたら、奈良放送がYouTubeで春日若宮おん祭の配信をしていることを知り、どのような舞が踊られていたか、はっきり理解することができた。その時、特に身体操作が強く印象に残った。

以前、奈良時代の仏像彫刻、いわゆる天平彫刻の明王部や天部の仏像は、中国大陸から渡来した武術家をモデルにしたものではないか予想する記事を書いた。もちろん、そのような学説は私の知る限り聞いたことがないし、おそらく証明しようがないのではないだろうか。しかし、天平彫刻や天平彫刻に影響を受けた鎌倉時代の写実的な彫刻の身振りは、現在の中国武術の身体操作ともかなり通じる。

例えば、著名な三月堂(法華堂)の背面にある執金剛神は、左手を内側に旋回し、右手に『金剛杵』を持って、仏敵に向かって威嚇している姿である。そして口と目は大きく開かれている。このような捩じる動作は、天平彫刻と鎌倉彫刻に特徴的にみられるもので、平安時代には一旦、全体的にフラットでふくよかな形状になる。

中国武術では呼吸をしたときに体を捩じり、吐くときにそれを開放することで、「発勁(はっけい)」と呼ばれる力を生む。この呼吸の力を最大限に活用しているのが、太極拳や八極拳といったいわゆる北派の拳法で、漫画『拳児』などでも詳しく解説されていた。天平彫刻や鎌倉時代の天部の彫刻は、力を出す呼吸法をよく表している。東大寺の南大門の両端にも展示されている金剛力士像は、まさに吐く動作を体現する、向かって左側の阿形像、吸う動作を体現する右側の吽形像が二対となっている。

阿形像

吽形像

慶派に属する運慶や快慶ら、日本最高峰の鎌倉仏師たちの手によるもので、双方、短期間のうちにつくられた巨大な木彫とは思えない緊張感とリアルさがある。しかし、呼吸や武術と言う観点から見れば、その違いがよく見えてくる。

吸う動作を体現する吽形像は、右肘を肩よりも上に引き上げ、突き出した手の小指、薬指、中指は開いて、曲げた人差し指を親指で押さえている。口は閉じられ、一気に呼吸を吸い込んだ時を表すように、口角がへの字になり、首がすくんでいる。また、横隔膜が開き、胸が膨らんでいるのがわかるだろう。まさに体の捩じりと、吸うことで力を貯めている状態である。

それ対して阿形像は、爆発的に力を出す瞬間を捉えたもので、左肩と左手が下がり、手のひらが開いてこちらを向いている。同時に、口と目が開き、横隔膜が下がり、力を出している状態であることがわかる。運慶や快慶は、身近であった天平彫刻を参考にしたと言われているが、おそらく、自分たちでもその動作の原理をよく理解していたのではないかと思われる。

しかし、このような大陸的な身体操作は、室町時代以降になるとあまり見られなくなる。仏像もまた、日本的ともいえる、平面的なものになっていく。極端な例を言えば、円空のような仏像は、背中がない場合も多い。それは背面の意識が薄れているという証拠でもあるだろう。能においても、能装束の問題もあるかもしれないが、腰を落として、体を捻らず、平面的にすり足で動いていく。どこでその伝承した動作が失われ、あるいは変容したのか。ぬかるんだ土地や、服装、住居、筋肉の構成などのさまざまな条件が重なっているだろう。

「春日若宮おん祭」の話に戻すと、舞楽の身体操作は、中国大陸や朝鮮半島をルーツに持つという由来どおり、今日の日本の武術とはかなり異なる。動作的に言えば、太極拳に近い。動作の起動において、足の踵を先に出し、踵から降りる。そして爪先よりも踵に重心を乗せている。そこで意識されるのは足の表の面ではなく、ふくらはぎや太ももの裏面である。能が爪先に重心乗せ、すり足で動くこととは対極的といってよいだろう。服装の制約もあってか、上半身を捻る動作はあまりないが、体全体を旋回させる動作はある。そして、太極拳や八極拳のようにに、時折、挙げた足を下ろして、地面に踏みしめる。震脚(しんきゃく)と言われる動作を行っている。

中国武術は、太極拳に関わらず、踵を重心にすることが多い。大きく北派と南派に分かれるが、原理的には共通しているものがある。基本的な立ち方、構えにおいて重視されるのは馬歩(まほ)といわれる馬の背にのったような中腰の姿勢である。馬を引くように両手を前に出し、腰を落として、踵に重心を乗せる。これは名前の通り、馬に乗る習慣から来ているのではないかと思える。

少林寺が最初に歴史に出てくるのは、唐の初期である。隋末期から初唐の時代、唐の第二皇帝、太宗(李世民)に、嵩山少林寺の13人の僧侶が援軍し、王世充の反政府軍を鎮圧したことが石碑に残っている。それを題材にしたのが映画『少林寺』で、歴代の皇帝に庇護された。隋や唐は、鮮卑と言われたモンゴル高原から中国東北部にかけて活動していた遊牧民族をルーツにしている。鮮卑が信仰していたのが仏教であり、中国にも仏教文化を普及させた。

だから少林寺も含めて、遊牧民族である鮮卑が身に着けていた格闘技が、中国武術の礎となっていったことは大いに考えられる。だからこそ、四天王や金剛力士像などの天部の仏像は、遊牧民族のような姿をしているのではないか。そういう格好をした鮮卑系の武術家が、実際に日本にも訪れたとしてもおかしくはない。

そういう意味では、天平彫刻も、舞楽も、その時代の身体操作を色濃く残したまま、現在まで伝えられているのではないだろうか。驚くべきことは、正倉院の宝物のように、1300年前の動きをそのまま伝承している日本の文化的性質であろう。そのようなことを考えると、「春日若宮おん祭」を通して、1300年前の護衛のために渡来してきた人々の動き、さらに遠くモンゴル高原の人たちの動きが眼前に現れることに一層、瞠目するのである。

著者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究、美術評論、ソフトウェアプランナー他。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行っている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹-色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。

https://etoki.art/

https://docs.google.com/spreadsheets/d/1FaByUa6V7uskVGH5-0hZTdOiuLWxVr4f/edit?gid=291136154#gid=291136154

https://etoki.art/

この著者を支援する