拝啓 武者小路実篤様 市原尚士評

東京・新宿のSOMPO美術館で開催中の「モダンアートの街・新宿」を拝見してきました。洋画家・岸田劉生(1891~1929年)の「武者小路実篤像」(東京都現代美術館)と久しぶりに遭遇し、実篤先生に「しばらく、ご無沙汰しておりました。お元気ですか?」と声を掛けました。

岸田劉生「武者小路実篤像」(1914年、東京都現代美術館蔵)

先生は、筆者を見て、にやりと笑うだけで、何も話しかけてくれません。それでは、話しかけてくれるまでしばし待とうと、小ぶりな肖像画の前でじーっと立ち尽くしていました。

今、筆者は、「しばらく~」などと申し上げましたが、実は実篤先生にはちょいちょいお目にかかっています……。

「モダンアートの街・新宿」展チラシ

美術を見ることに執念を燃やす筆者にとって、東京東半分コースと名付ける美術鑑賞ルートがあります。このルートにはいくつかのバリエーションがあるのですが、一番、典型的な例を申し上げます。

府中市美術館→調布市文化会館たづくり→調布市武者小路実篤記念館→世田谷区立世田谷文学館→東京オペラシティ アートギャラリー→文化学園服飾博物館→SOMPO美術館→中村屋サロン美術館

とまあ、こんな感じ。つまり、京王線沿線を西から東へと移動するわけです。展示がやっていない。あるいは、あまり面白くなさそうな展示しかやっていない施設はパスします。朝一番、開館と同時に府中市美術館に行き、夜までずっとミュージアムを回るわけです。我ながら、こだわりが強すぎるとは思いますが、学生時代からのライフスタイルなので、もうこれは崩しようがありません。楽しいんだからしょうがないのです。

さて、読者の皆さん、この東半分コースの中に、燦然と輝く「調布市武者小路実篤記念館」にぜひとも注目してほしいのです(もちろん、ほかの施設も注目してほしいのですが…)。この施設は実に素晴らしいのですよ。何が良いのか、これから申し上げますね。

まずは展示物です。武者小路実篤(1885~1976年)先生の「穴の開いた硯」を見れば、度肝を抜かれます。墨をすり続けていたせいで硯に穴が開いてしまったという、噓みたいな逸話が本当だったんだということが分かり、びっくりします。作家として数々の文章を書いただけでなく、書画にも親しんだ実篤の情熱を目の当たりにすれば、こちらも大いに刺激を受けます。実篤先生の名言をご紹介しましょう。

勉強 勉強 勉強 勉強のみよく奇蹟を生む

先生が50歳くらいの時に作った言葉と言われています。硯に穴を開けるくらい、精進を重ねた方だけに、この「勉強~」という言葉には非常に説得力があります。

美術評論家の端くれとして、文章を書いている筆者が先生のことで注目しているのは、「美術批評」です。彼の批評文の大きな特徴は、分析が淡泊そのものな点にあります。「よい・素晴らしい」という旨をあっさり言い切るだけというスタイルが目立つような気がするのです。なぜ、先生がある対象をよい・素晴らしいと思ったのか。彼はその理由をあまり詳らかにしません。

今時の人間は情報過多で、知ったかぶりをするので、このような実篤スタイルの文章を読むと、「単なる印象批評」「なぜ、よいと思ったのか、その理由をきちんと分析して書くのが批評行為だろう」などと言いがちです。実は筆者も昔はそのように思っていました。「ただ、よいというだけで、もっときちんとその理由を書いてほしい」と考えていたわけです。

しかし、今は少し違う考えを持っています。そもそもですが、作品の素晴らしさを文章で表現するのはほぼ不可能に近いのではないでしょうか?

一番、大事なのは、その文章を読んでいるあなた、そこのあなたがご自分の目で鑑賞・判断することでしょう。実篤先生は多くの作品をご覧になった上で、特定の作品だけを取り上げて「よい」と言っているのです。ここには、大きな判断結果があるわけですから、私たちは、先生の言葉をある種のレコメンド(推薦)と受け止めて、興味を持てば、素直にその作品を鑑賞すればよいだけなのです。

自分がよいと思うかどうか。自分でよく噛みしめて、考えればよいのです。先生がごちゃごちゃと言葉を費やさずに、淡泊に、あっさりと「よい」くらいの言葉だけで批評を済ませるのは、とどのつまり、「美術作品の良し悪しは見る人の目の中にある」という真理を悟っていたからでしょう。

先生は、見る方、一人びとりの自主性、尊厳を重んじていたからこそ、(ご自分の)余計な言葉で(他者の)鑑賞行為を濁らせたくなかったのでしょう。今はそう理解しています。

実篤先生の書画、決してお上手とは言えないものも多いのが、また魅力ですね。硯に穴を開けるくらい熱心に制作に励んだ割りには……あまり、お上手ではない。しいて言えば、「味のある書画」というのが最大の誉め言葉になりますでしょうか。下手の横好き、とか言ったら、先生を侮辱したことになってしまう恐れがあるので、そんなことは口が裂けても申し上げませんが、正直に告白すると、実篤先生の書画はそこまでお上手ではないと思います(言っちゃった!実篤先生ごめんなさい)。

美点は、「下手であるが故の諧謔味」「懸命に、ひたむきに下手な作品を制作する情熱」「うまい下手をあまり気にしない自由さ」の3点になるでしょうか。まさに融通無碍の境地に立った仙人の作品のようなのです。実篤先生の作品を前にすれば、誰だって勇気をもらえます。「ようし、自分も今日から書画でも制作してみようか」と。そのように万人を自由な創造の世界へと誘うのが実篤先生の書画の魅力です。

収蔵作品以外にこの記念館が素晴らしいのは、実篤公園及び旧実篤邸(登録有形文化財)へのアプローチです。記念館を出て、トンネルのようになった地下通路をくぐると、そこには素敵なお庭と旧実篤邸があるのですが、まるでタイムスリップしたような感覚を味わえるのです。2026年から1950年以前の日本に一気に瞬間移動したかのようです。川端康成や谷崎潤一郎や小津安二郎の作品世界に移動したみたいなで、どこか懐かしい感じを覚えるのです。

幼いころの筆者はフランシス・ホジソン・バーネット(1849~1924年)の代表作「秘密の花園」を読みふけり、主人公メアリーが荒れ果てた庭園への入り口と鍵を見つけ、内部へと足を踏み入れる情景に無限のロマンを感じていたものです。記念館の地下通路は、まさに「秘密の庭園&邸宅」への入り口のようなのです。トンネルをくぐる前と後とでは、時空の質・雰囲気が本当にがらっと変わるので、「秘密の花園」同様の郷愁を覚えてしまう筆者なのでした。

ご自分の目で実篤邸を見ていただきたいので、本稿ではあえて写真は一枚も掲載いたしませんでした。一度でいいです。騙されたと思って、記念館と旧実篤邸に足を運んでみてください。多分ですが、筆者同様、皆さんもロマンを感じられると思いますよ。

最後に実篤先生に申し上げます。

本稿において、先生に対して言いたい放題、書きたい放題で申し訳なかったです。でも、私は実篤先生が多くの芸術家を権威的ではない仕草で束ね、指導し、成長させたオルガナイザーとしての側面に注目し、その手腕を尊敬しております。

また、開村から長い年月を経た自給自足の理想郷「新しき村」の崇高な理念にも賛意を示しております。「新しき村」に関しては、現代詩作家の荒川洋治(1949年生まれ)をはじめとする多くの有識者から現在も注目が集まっており、まだまだ研究しなければならないことが山ほど残されていると思います。

そんなわけで、今後も記念館に足を運び、旧実篤邸にも足を運び、その著作を読み、学び、味わい、「勉強 勉強 勉強」し続けてまいりたいと思います。不肖の弟子ではございますが、今後ともご指導よろしくお願いいたします。

敬具(実篤先生が没してほぼ半世紀もの時日が経過したことが嘘のように思える、2026年1月24日16時26分脱稿)

著者: (ICHIHARA Shoji)

ジャーナリスト。1969年千葉市生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。月刊美術誌『ギャラリー』(ギャラリーステーション)に「美の散策」を連載中。