「禅の精神を伝える芸術の力」六百五十年遠諱記念特別展「妙心寺 禅の継承」大阪市立美術館 三木学評

大阪市立美術館

六百五十年遠諱記念特別展「妙心寺 禅の継承」
会期:2026年2月6日(土)~4月5日(日)
会場:大阪市立美術館 

禅とは何か?と聞かれて、答えられる日本人はそうそういないだろう?これほど禅=ZENが世界に普及して、普通に使用されていても、私たちは雰囲気でしか理解していない。

妙心寺は、禅の中でも日本でもっとも花開いた臨済宗の最大宗派である。禅は、達磨大師が始めたと言われている。達磨は南インドの人と言われているが、謎が多い。嵩山少林寺の洞窟の壁面に9年間座禅(面壁九年)をしたという逸話が残る。達磨に弟子を懇願し、断られるも、腕を切り落として法灯を継いだのが二祖慧可である。これは雪舟の有名な絵に残っているから知っている人は多いかもしれない。

五祖弘忍から、神秀の系統(北宗禅)と慧能の系統(南宗禅)に分かれる。法灯を受け継いだ六祖慧能の南宗禅が日本にも伝わる。北宗禅の特徴は一般的に漸悟、南宗禅は頓悟と言われる。漸悟は段階的な悟り、頓悟は跳躍的な悟りと言われ、慧能は頓悟の達人であったとされる。それは無学文盲であったことから、直観的な理解を得意としたという逸話があるが、さすがに無学文盲ということはないと思うが、ある種の天才だったのかもしれない。日本における頓悟の達人として知られるのは一休宗純である。一休の逸話は、江戸時代に『一休咄(いっきゅうばなし)』として脚色されて伝わり、「頓悟」は明治時代に「頓智」と直され、捻ったアイディアや解答として現在まで伝わっている。

南宗禅は、五家七宗に分かれ、日本には臨済宗の楊岐派と黄龍派が伝わり、現在の曹洞宗は楊岐派の流れを汲んでいる。また五家の中から曹洞宗が伝わり、江戸時代に隠元がもたらした黄檗宗が別の流れとして伝わった。

平安時代末期から鎌倉時代にかけて、禅を学ぶために多くの日本僧が宋に渡った。北宋・南宋の170年間に109人が渡っているという。彼らのことを入宋僧という。日本の臨済宗の祖となる栄西や、曹洞宗の祖となる道元もその一人である。妙心寺の場合、南浦紹明(大応国師)が入宋して、虚堂智愚に師事し、宗峰妙超(大燈国師・大徳寺開山)に伝承、さらに開山慧玄(無相大師)に伝承され、妙心寺を開山した。今回は開山慧玄から伝承され、天授院を開祖した授翁宗弼(微妙大師)の六百五十年遠諱を記念した特別展になる。妙心寺は、もともと花園法皇の離宮御所であったが、関山慧玄の開山として禅寺に改められた。授翁宗弼は、関山の唯一の弟子として妙心寺の第二世として法灯を受け継ぎ、初期の妙心寺を整備した。

 妙心寺は、官立である京都五山、天龍寺、相国寺、建仁寺、東福寺、万寿寺、さらに五山の上位にある南禅寺とは異なり、林下(独立)の禅寺として知られている。京都五山が室町幕府の庇護を受けたのに対して、足利義満の不興を買い、寺領を没収された経緯があるからだ。その後、応仁の乱によって災禍に見舞われたりしたが、安土桃山時代には、戦国武将たちの寄進を受けて多くの塔頭が造営された。そして安土桃山時代から江戸初期の日本を代表する絵師が描いた豪華絢爛な襖絵などが残っている。現在では、 日本全国に約3,400の末寺を持ち、日本の臨済宗全寺院の約半分以上が妙心寺派という最大の宗派である。

本展は開山から現在までの歴史や系譜をたどりつつ、妙心寺に受け継がれている「禅」の伝承を一望しようという企画である。

 第一章「開山忌の荘厳」、二章「妙心寺史」、三章「妙心寺珠玉の寺宝」、四章「大阪の妙心寺派」という構成に加えて、「妙心寺と大阪市立美術館」、特別展示Ⅱ「微妙大師ゆかりの妙感寺」、特別展示Ⅰ「天球院の襖絵」からなる。

狩野山楽 《龍子図屏風》 桃山時代(17世紀) 妙心寺

なぜ妙心寺展を大阪市立美術館で開催するのか?という問いの答えでもあるのだが、大阪市立美術館は1935年に開館されたが、「古美術常設陳列室」という方針が掲げられ、近隣の社寺に出陳や寄託を依頼したという。なかでも妙心寺からの出陳は多く、いくつかは返却しているが、現在でも継続して寄託されている作品がある。さらに、本展を機会に大阪の妙心寺派の寺院からも出品を依頼し、さまざまな仏像や仏画が展示されており、妙心寺派の広がりと大阪との縁を感じさせる。

特に注目すべきは。安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍した画家による、屏風絵が多数展示されていることだろう。狩野元信、狩野山楽、狩野山雪、海北友松、長谷川等伯、相阿弥 と錚々たる顔ぶれがそろう。

狩野山楽・山雪《朝顔図襖》 江戸時代 寛永8年(1631) 京都・天球院

狩野山楽・山雪《朝顔図襖》 (部分) 江戸時代 寛永8年(1631) 京都・天球院

特に、妙心寺においても、通常は未公開である、狩野山楽・山雪親子が描いた天球院の襖絵が空間構成も再現されて展示されているのは圧巻である。金屏風の最高傑作と称されるくらいだが、実際見るとよくわかる。引いてみたときの構図の完璧さ、近づいて見たときの卓越した描写力。大胆さと繊細さを兼ねており、京都で育まれた「やまと絵」的なやわらかさを感じさせる。「朝顔図襖」などは、江戸琳派の鈴木其一を思わせる朝顔の曲線的な構図であるが、近くで見るとその細密な描写力に驚かされる。ここにおいて、日本美術が一つの到達点に達したのではないかと思わされる。

しかしながら、それらの芸術がなぜ「禅の継承」なのだろうか? 私の場合、禅が何かと聞かれると、仏教における原点回帰だと答えている。釈迦が入滅してから、400年間くらいは釈迦の説法は口伝として伝承され、「仏典結集」と称され、定期的にそれが本当に釈迦が言った言葉なのか「答え合わせ」がなされてきた。その後、経典としてまとめられるようになり、膨大な経典がつくれるようになる。また大乗仏教と言う革命が起り、より庶民に対して開かれた内容になっていく。

 当初は、インドから次々登場する新しい経典に対して、中国では翻訳をし、教相判釈といってそれらの真贋や、釈迦の教えに合わせて体系化を行ってきた。しかし、どこかで、祖その矛盾や限界を感じ、もう一度、釈迦が行った禅定、瞑想に戻ろう、ということになったのではないか。その実践をしない限り、釈迦の教えはわからないと言ったところだろう。その実践の体系は、中国化が進むなかで、修行生活のすべてを包みこんでいく。例えば、掃除や料理といったものもそうだ。すべてが禅の修行だというわけである。

 そのようなこともあって禅では、言外の伝承を重視するところがある。その教えは「不立文字」「直指人心」「教外別伝」「見性成仏」という「四聖句」にまとめられている。興味深いのは、経典のような文章で伝承を重視しないのに、芸術が豊かなことである。逆に言えば、経典がない分、芸術が豊かになったともいえるかもしれない。

左::白隠慧鶴《地獄極楽変相図》 江戸時代(18世紀) 静岡・清梵寺 右:白隠慧鶴《半身達磨像》 江戸時代 明和四年(1767)静岡県・清見寺

そのような禅の精神、日本的な禅を体現しているのが、白隠慧鶴である。白隠は、江戸時代中期に静岡の沼津にある松蔭寺の住職として活動していたが、妙心寺開山の関山慧玄から続く「応灯関(おうとうかん)の一流」に属し、臨済宗妙心寺派に位置づけられている。白隠は廃れかけていた臨済宗を立て直し、中興の祖と称されている。なぜなら現在に残る臨済宗の法灯を辿ればすべて白隠につながるからだ。

 特に民衆教化に力を入れ、1万点を超えるという禅画や書籍を残した。その偉業は「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山と原の白隠」、「500年に一人の天才」と称された。白隠の禅画は、写実的でも技巧的でもない、むしろその反対に位置するものだが、禅の精神がこもったもので、後に奇想派と称される画家たちにも影響を与えた。

本展でも多数の白隠の禅画が展示されている。興味深いのは、「大阪の妙心寺派」でも多くの白隠の絵が残されていることである。完成したものは惜しみなく多くの弟子たちに配られたのだろう。また、弟子たちがそれを大事にし、現在まで残っていることがわかり、白隠の偉大さを改めて実感する。そのような安土桃山時代から江戸初期の名品と、禅の精神を体現する白隠の禅画が両方見られることに、禅の伝承の面白さと奥深さがある。そして文字では伝承できないがゆえに、その精神を伝える芸術の可能性を改めて感じることができるだろう。

著者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究、美術評論、ソフトウェアプランナー他。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行っている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹-色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。

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