前回の原稿では、ペンを悪者に決めつける博物館施設のオカルト的な考え方を厳しく批判しました。
本稿では、仮に思考停止した学芸員らが言う通り、ペンは悪者だったといったん仮定してみます。それでもやっぱりおかしいと思う点がたくさんあるので、それを冷静な態度で指摘します。
美術館や博物館に訪れたことがある方ならどなたでもご存じだと思いますが、あらためて書いておこうと思います。
ペンのインクが飛ぶとかなんとか、言っていますが、そもそも展示手法の大分類をもう一度思い出してみてください。展示物を空間内に露出させて展示するオープン展示方式と、展示物を展示室の中にさらに設けた閉鎖空間である展示ケースに入れて展示するケース展示方式の2つに大別されます。
美術館によっては、すべての展示物がケース展示形式の場合もありますよね。さて、閉鎖されたケースをインクは通過しますか? 手元で筆記している圧力がケースを通過して作品を棄損しますか? ペンから揮発される化学物質がケースを通過して作品を棄損しますか?
答えはすべて「ノー」ですよね。いくらなんでもそんなことが起こるわけはない。ケース展示方式は、屏風や掛軸、絵画作品をいれる壁面ケース、陶磁器、ガラス工芸、漆器などをいれるハイケース、巻物、資料類をいれる覗きケースの3種が存在します。どのケースであったとしても、ペンのインクや筆記の圧力がケースを越えて作品を棄損する恐れはまったくないと断言できます。すべての作品がケース内に入っている。それなのに、監視員が血相を変えて「鉛筆を使え」と言ってくるのは、いくらなんでも滑稽です。
オープン展示の場合は、絵画、写真などを壁面に展示する場合と、彫刻を中心とした立体物を床面に展示する場合と2つに分けられます。こちらは、ケースがないので、インクの悪影響がある、とあなたは思いますか?
こちらも疑問点がわいてきます。絵画等は「ミュージアムガラス」、「低反射ガラス」もしくは「アクリル板」が保護用に作品上部にかぶせられていることが多いです。この保護ガラスをインクが通過するとはどうしても考えられないのです。

ガラスケースに入っていない場合、ほとんどの場合は結界が張られている
もちろん、保護ガラスがなく、作品がむき出しの状態で展示されている場合もあります。しかし、その場合は、床面に結界テープが貼られ、「このテープよりも内側に入ったらダメ!」と明確に訴えています。テープよりも大掛かりになるとポールとバーを組み合わせて間仕切りを作っているケースもありますよね。テープにしろ「ポール&バー」にしろ、作品と鑑賞者との距離は、最低でも1メートル以上は離されています。
作品がむき出しになっていたとしても、1メートル以上の距離が作品との間にあるわけです。さぁ、これだけ距離があれば、結界をわざわざ破って、侵入しない限りは、ペンのインクで作品を棄損できるわけもない。結界を破れば、監視員がすっ飛んできますから、それも難しいでしょうね。
わざわざ結界を破るーーつまり最初から作品を棄損しようと考えている来館者に対しては、実は美術館はその暴力行為を防ぐ措置がないといっていいです。鉛筆だって、腕を振り上げて作品に突き刺し、キャンバスをぐちゃぐちゃに切り裂くことは可能です。いえ、鉛筆なんかなくても、爪を作品上に突き刺し、手を使って切り裂くことも可能です。さらに言えば、カバンにしのばせたナイフやカッターでも切り裂けます。塩酸や硫酸を作品表面にかけることだって可能です。
海外の美術館等では、入館前にカバンの中をチェックし、ケチャップ等の食品や刃物類や硫酸等が入れられるペットボトルが入っていないかを調べます。いくら、へそ曲がりの筆者でも、このカバン内のチェックには妥当性があると思うのです。ところが、わが国の博物館施設でカバンの点検をしているところはほとんど見たことがありません。
ペンを使うな、使うなと神経質に叫ぶ前に、入館前のカバンチェックやエックス線検査を行うべきではないでしょうか?
さすがに、エックス線検査はお金がかかりすぎますが、簡単なカバン検査は現状のスタッフでも十分、行えると思います。そのような検査もせずに、ペン禁止だけを押し付けてくる美術館の方々の脳裏には「ペンは剣よりも強し」をもじれば、「ペンは酸よりも強し」という名言(迷言)が浮かんでいるんでしょうね、きっと。いえいえ、硫酸の方がペンよりも破壊力はあると思いますよ。
まぁ、エックス線検査をしようが何をしようが、本気で美術品を棄損してやろうと考えている人間から作品を守るのは極めて困難です。先ほども書いた通り、人間には拳という凶器があります。足という凶器もあります。パンチ、キック、頭突き、爪を突き刺しての引き裂きといった暴力は考えられないほどのパワーを秘めています。ペンのインクの暴力とは比べ物にならないのです。
つまり、貴重な美術作品などを展示する大前提として、来館者はみんな良い人ばかりだ、作品を棄損しようと思って来る人なんて一人もいないんだという「性善説」に立つ必要性があるということです。性善説に立たないのであれば、そもそも美術品は公開しなければいいのです。永久に厳重に保管だけして、誰にも見せなければいいのです。でも、それでは、人類の貴重な遺産を共有することができなくなります。だから、世界中の人々が、作品を公開しているわけです。公開する以上は、嘘でもいいから「我々は性善説に立って、作品を公開しています」という態度を来場者に示さなければならないのです。
アクシデントが起こる前に未然に防ごうとする「予防措置」の良くない点は、「性悪説」に従っているところです。「人は悪いことをするから、未然に防がなければならない」という考え方が透けて見えると、人はその美術館・博物館に対して、まったく親しみを持てなくなります。まして、たかだかペンでメモを取るのが、テロか暴動のような大それたことをしている、といった体で制止されると、まともに付き合うのがばかばかしくなってしまうのです。
ペンのインクが飛び散る恐れなんてありません。また、ペンを持った来館者が、ペンを“凶器”にして作品に襲い掛かることもありません。鉛筆を持っていたって、何も持っていない素手でも作品は簡単に棄損できる以上、非科学的なオカルトのような「ペン悪者説」にのっとって来館者に注意をするのは金輪際、やめてください。
カバンチェックやエックス線検査など、合理性・妥当性のある行為であれば、いくらでも受け入れますが、意味不明のペン禁止は、笑止千万です。ミュージアムの皆さん、思考停止をせず、もう少しまじめに「万人に開かれた展示法」の可能性や楽しみ方を考えてください。(2026年2月17日14時57分脱稿)

