つむぎの連鎖、アーカイブの連鎖、想像の連鎖、そして創造の連鎖へ – 山本竜也『地方史のつむぎ方 北海道を中心に』(尚学社、2024)レビュー

つむぎの連鎖、アーカイブの連鎖、想像の連鎖、そして創造の連鎖へ – 山本竜也『地方史のつむぎ方 北海道を中心に』(尚学社、2024)レビュー

*[カバー写真]撮影:掛川源一郎 掛川源一郎写真委員会 蔵(上:伊達駅前朝市(1951)、下:天売島の漁家(1970)

*本原稿は、写真の交差通信 [PHOTON+] 第10号(発行:写真の交差・写真研究編集室 [Thinkroll Room](編集・AD:小室治夫)のために2024年2月に執筆した2本の1本です。 本誌の刊行に先立ち、『美術評論+』で公開することになりました。ご了承をいただきました小室氏に、心よりお礼を申し上げます。(2024/7/23 四方幸子)

本書は、筆者の山本竜也が、北海道の寿都(すっつ)測候所に勤務していた時に現地の歴史を掘り下げ始め、自費出版を重ねてきたことに発し、その経験やノウハウを人々に広く伝えようとした時に、初の商業出版として実現したものである。カバー写真は1950年代から70年代の北海道、撮影は掛川源一郎。手に取ると、ずっしりした感触がある。実際この本は(モノとしてのみならず)重い、つまり貴重で重要な内容が詰まっているという意味で、重い。山本、そして本人がインタビューした人々が、膨大な時間とエネルギーと資金を費やし―それぞれの人生をかけて―粘り強く調べ執筆や出版を重ねてきたこと、掘り起こされたさまざまな地域の歴史や名もない人々の喜怒哀楽…それらが重みとして、読む側に向かってくる。

「第1部 地方調査と私」では、寿都測候所に勤務していた山本が、地方史を調べるに至った経緯と現在に至る活動が描かれている。「第2部 地方史を調べる人たち」では、山本が調査で出会った中から24人もの人々へのインタビューが掲載されている。「第3部 資料を調べる」では、山本がこれまで培った調査方法が披露されている。つまり第1部は山本が当事者として、第2部は地方史を調べる当事者の声の山本による紹介、第3部は山本から読者へ向けた解説となっている。とりわけ本書の4分の3を占める第2部は、圧巻である。それぞれの(ほとんどが)在野の研究者が丹念に掬い上げる、北海道という地で生きた人々(移民、開拓、産業の趨勢、戦争など)の暮らしや思い。その活動に至った経緯が自身の言葉で語られるが、いずれも自然体で、静謐な熱意に溢れている。つつましくもすさまじいその生き様からは、自身が過去や周囲のさまざまな人や要素との関係によって生かされている自覚や感謝のようなものさえ感じられる。その1人として、『PHOTON』主宰者の小室治夫が「掛川源一郎の写真作品をアーカイブ」する人としてインタビューされている。

本書は、地方史をめぐって重層的な構造を成している。一つめに、その分野の専門家でない山本が地方史を調べ始め、試行錯誤を経る中から得た貴重な情報を語っていること。二つめに、いわゆる大文字の歴史では取り上げられない地域の歴史やそこに生きた人々に関わる広義の意味での「地方史」をつむぐ人々に光を当てたこと。三つめに、「地方史」の興味を広く社会に知らせ、それがもつまなざしの意義とともに、読者に日々の中から地方史を調べ発信していく契機を開いたことである。

山本が地方史を調べ始めたのは、勤務していた測候所が閉鎖されることになり、記念誌の作成にかかった時だという。その中で寿都がかつて米海軍艦載機による空襲を受けたことを知り、調べるほどに新たな事実が浮上していく。残された事実の断片が星座のように結びつき、「生きた歴史」としてよみがえるような体験を何度もしたことだろう。山本は、2008年にウェブサイト『南後志(しりべし)をたずねて』を立ち上げ、以後さまざまな人々との出会いとともに調査が進み、自費で8冊を出版する。

私の憶測にすぎないが、気象に関わってきた山本は、見える現象から見えないものを感知することや、世界が常に変動し続け、時に大きな現象としてあらわれることを、科学的そして直観的に熟知しているのではないか。同様に社会をも、見えるものの背後の流れを読み、時間や空間スケールで連鎖・延長する現象から把握しているのではないか。現在は、過去のさまざまな要素の絡まり合いから生起し、現在そして未来へと連なっている。そしてまた、自然現象と社会現象(歴史も含め)も緊密に関係している(たとえば第1章で言及された、天気により空襲される地域が決定される事実など)。

世界は、さまざまな要素や断片が絡まり合い続けている。その中で、語られ残されてきた歴史の背後にある数えきれない小さな歴史を感知し、観測すること。それは世界を自身と切り離し対象化するプロセス(外部観測)とともに、自らがその世界の一部として、只中に入り観測するプロセス(内部観測)を往還することで可能になる。過去に耳を傾け、未来へと何らかの影響を及ぼしていく…ブルーノ・ラトゥールの言葉で言うならば、一種の「アクター」として。山本の活動はそのような実践であり、本書もその実践の一つとして、広く人々に向けた投げかけと言える。

最後に山本の小室治夫との出会いについて記しておく。寿都の写真集を編む中で、現地を撮影した掛川の写真に出会い、2012年に小室が編集者の1人として刊行した掛川源一郎写真集『gen』を見てコンタクト、2021年刊行の『続寿都歴史写真集』に掛川の写真が掲載された。考えてみれば、掛川自体も写真を通して「地方史」をつむいでいた。その掛川を小室がつむぎ、掛川と小室を山本がつむいでいる…。

「地方史」をつむぐことをつむぐこと(つむぎの連鎖へ)、アーカイブすることをアーカイブすること(アーカイブの連鎖へ)、断片から残されていない歴史や記憶を想像すること(想像の連鎖へ)、そして経験やノウハウを共有すること(創造の連鎖へ)。『地方史のつむぎ方』のマインドと実践は、あらゆる創造において私が重視する「共同創造」と静かに共振している。

 

著者: (SHIKATA Yukiko)

キュレーター/批評家。「対話と創造の森」アーティスティックディレクター。多摩美術大学・東京造形大学客員教授、武蔵野美術大学・情報科学芸術大学院大学(IAMAS)・國學院大学大学院非常勤講師。「情報フロー」というアプローチから諸領域を横断する活動を展開。1990年代よりキヤノン・アートラボ(1990-2001)、森美術館(2002-04)、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC](2004-10)と並行し、インディペンデントで先進的な展覧会やプロジェクトを多く実現。近年の仕事に札幌国際芸術祭2014(アソシエイトキュレーター)、茨城県北芸術祭2016(キュレーター)など。2020年の仕事に美術評論家連盟2020シンポジウム(実行委員長)、MMFS2020(ディレクター)、「ForkingPiraGene」(共同キュレーター、C-Lab台北)、2021年にフォーラム「想像力としての<資本>」(企画&モデレーション、京都府)、「EIR(エナジー・イン・ルーラル)」(共同キュレーター、国際芸術センター青森+Liminaria、継続中)、フォーラム「精神としてのエネルギー|石・水・森・人」(企画&モデレーション、一社ダイアローグプレイス)など。国内外の審査員を歴任。共著多数。2021年よりHILLS LIFE(Web)に「Ecosophic Future」を連載中。yukikoshikata.com