質問1これまでの美術評論でもっとも印象的なものについてお答えください。
・Parker, Rozica and Pollock,Griselda, Old Mistress ―Women, Art, and Ideology, London, Routledge & Kegan Paul, 1981(ロジカ・パーカー、グリゼルダ・ポロック共著 萩原弘子訳『女・アート・イデオロギー フェミニストが読みなおす芸術表現の歴史』新水社、1992年)
・Pollock, Griselda, Vision and Difference : Femininity, Feminism and Histories of Art, London and New York, Routledge,1988(グリゼルダ・ポロック著、萩原弘子訳『視線と差異 フェミニズムで読む美術史』新水社、1998年)引用は邦訳の32頁。
わたしが現在、美術評論に関わる仕事を続けていくうえで最も影響を受けた評論として、上記のグリゼルダ・ポロックによる2つの著書を挙げたい。
わたしは長く地方公立美術館である、栃木県立美術館の学芸員として美術に関わる仕事をして来た。すなわちわたしにとって、美術の評論とは単に評論文を書くことではなく、展覧会を企画開催する一切の仕事を通して行なうものであったと言いたい。その中でわたしが出会ったポロックの論文は、わたしのその後の学芸員としての活動に大きな指針を与えるものとなった。萩原弘子氏による訳業が大きな助けになったことは言うまでもない。またこうした新しい美術史が日本に紹介される中で、『美術手帖』が組んだ以下の連載中の田中正之氏による紹介も極めて示唆的であった。
・田中正之「集中連載 美術史を読む 第六回 最終回 グリゼルダ・ポロック フェミニズムと美術史」、『美術手帖』1996年6月、142-166頁
ポロックの『視線と差異』の第1章から引用すれば、「文化の歴史を全面的に書きなおすことになるパラダイムの変革にわれわれは立ち会っている。こうした理由から、われわれがすべき仕事は「フェミニスト美術史」ではなく、芸術の歴史(複数)にフェミニストとして介入することである」(邦訳、33頁)
こうしたまさに「パラダイムの変革」を目指して、わたしは「揺れる女/揺らぐイメージ フェミニズムの誕生から現在まで」展(栃木県立美術館、1997年)を企画開催し、それ以後もジェンダーの視点に立った女性アーティストの展覧会を複数、企画して来た。ここで追記しておきたいのは、その際に力になったのは欧米の論文ばかりではなく、身近な周囲の美術史研究者や美術館学芸員の先達や同輩たちの、同じジェンダー意識を持った活動や論文であったことである。1990年代からの若桑みどり氏や千野香織氏、鈴木杜幾子氏らの先駆的な著作や論文、北原恵氏*、香川檀氏、池田忍氏、そして笠原美智子氏*ら、同世代の疲れを知らない活動や論文、展覧会企画であった。これらの人々と親しく交友する機会を与えてくれたイメージ&ジェンダー研究会の存在も大きなものであった。吉良智子氏*や中嶋泉氏ら、わたしの次世代の研究者たちも、イメージ&ジェンダー研究会に関わる中で大きく成長している。(*は美評連会員)
また実際に活動する女性アーティストたちとの出会いも何よりもたいせつであった。惜しくもALSで早逝したイトー・ターリ氏をはじめ、福岡アジア美術館ほかとの協働によって開催した「アジアをつなぐ―境界を生きる女たち」展(2012-13年)によって、多くのアジアの女性アーティストを知ることができた。韓国のユン・ソクナム氏や、シンガポールのアマンダ・ヘン氏、インドのナリニ・マラニ氏などの先駆者たちから現代の若手作家まで、実に豊かなジェンダー意識を持ったアーティストたちの存在こそ、美術評論を活気づけてくれるのである。
質問2これからの美術評論はどのようなものになりうるかをお答えください。
今後の美術評論もまた、ポロックの射程に既に入っていた。再び、『視線と差異』の第1章の結びから引用すれば、「フェミニズムの問題の立て方は、最終的には、社会的、経済的、イデオロギー的な支配力に対して、力を合わせて批判するなかで、つまり女の運動の中で決まる。」(邦訳、33頁)。「女たちが社会を変えるために積極的に行っている実にさまざまな活動、つまり現実的で具体的な女の運動こそがわれわれの出発点である。」(同)。わたしも1988年にポロックが書いたこの言葉に深く共感しつつ、わたしの美術評論を進めていきたいと考えている。その際に、人種、民族、宗教、階級、セクシュアリティなどのインターセクショナルな視点を、現在のフェミニズム美術批評は備えていることも大切である。