展評「ミロコマチコ 個展 “moya-kudu モヤクドゥ”」ギャラリー天地人 秋丸知貴評

会場風景

 

ミロコマチコ 個展 “moya-kudu モヤクドゥ”

会期:2025年3月8日(土)-2025年5月6日(火)
会場:ギャラリー天地人
(鹿児島県霧島市霧島大窪418-3)

 

時々、生野菜を田舎の物産館で買って台所で洗っていると、土の付いた根元から大きな虫が現われてギョッとすることがある。「何で、ニンゲン様の食べ物に虫が潜んでいるんだ!」そう怒りかけて、ハッとする。これが、自然ではないか。むしろ、スーパーマーケットで売られている薬品洗浄された虫のいない野菜の方が不自然ではないのか。

どうやら、私達は自然から切り離されている。そう気づいたとき、急に自分の足元がおぼつかなく感じる人は多いだろう。ミロコマチコも、そうした一人である。彼女は、もしスーパーマーケットから全ての食品がなくなったらどうしようと考えて自分の無力さを感じたことがあるらしい。その背景には、実際に彼女が阪神淡路大震災や東日本大震災を経験したことがあった。

 

ミロコマチコ《ドラゴンフルーツの花の子》

 

ミロコマチコ《冬の光》

 

当初、ミロコは主に動物を画題にしていた。おそらく、彼女は、動物に触れることでその野性を取り込み、それを絵画に描くことで自らの野性を回復させようとしていたのだろう。

ここで思い出すのは、人類最古の絵画の一つであるラスコー洞窟の彩色壁画では、クロマニョン人達は捕獲しやすかったはずの身近な小動物を全く描かず、バイソンやオーロックス等の狩猟に命懸けの大型動物だけを描いていることである。そのことから、そうした壁画には、大型動物を描き出すことでその強靭な野性の力を獲得し、それにより自らの野性を大いに賦活する役割があったのではないかと指摘されている。正に、ミロコはそれを現代的に実践していたのだと考えられる。

 

ミロコマチコ《北風》

 

ミロコマチコ《花から生まれたこども》

 

その延長で、ミロコは2019年に奄美大島に移住している。そして、当地で素朴な共同体を営む住民達が日常的に天候の変化を予言でき、目に見えない精霊や龍神の存在を普通に信じていることに共感を覚えるようになる。

次第に、ミロコも、そうした精霊や龍神が周囲の環境や自分の身体の中にいて私達の生命を見守っていると感じるようになり、それを描き出すようになっていく。本展のタイトル「モヤクドゥ」とは、そうしたミロコなりの生命の根源と不可視の聖性に関わる神秘的な精霊観の一つの指標である。

 

ミロコマチコ《蘇鉄の子》

 

ミロコマチコ《霧の中の小さな木》

 

特筆すべきは、本展の会場であるギャラリー天地人が、ニニギノミコトの「天孫降臨伝説」で有名な高千穂峰の麓にあり、霧島神宮駅に隣接していることである。特に、精霊が舞い飛ぶ中に龍神が飛翔するように見える《霧の中の小さな木》は、そうした神話的な風土である霧島に触発されたミロコの新作である。

また、本展では、作家としてのミロコの新しい展開として立体作品が大きくフィーチャーされている。この「DOKULUJIN creatures(ドクルジン・クリーチャーズ)」と題された一群の彩色彫刻は、背景に展示された《骨の中の海》と《血液の中の海》によって象徴される骨や肉の中で、日々私達を守護してくれている精霊達を幻視したものだという。

本展を見て、私は先日見学した熊本県山鹿市のチブサン古墳の彩色壁画を連想した。その赤色と黒色と白色による妖異で大胆な装飾模様は、玄室の埋葬者を守護するように描かれていた。日本人の祖先達も、心の平安を得るために目に見えない世界と交流し、その際には大規模な土木工事による前方後円墳だけではなく、どうしてもその内部を荘厳する絵画が必要だったのだろうと感じられた。それこそが、私が現代日本のシャーマニック・アーティストの一人としてミロコマチコに注目する所以である。

 

ミロコマチコ《骨の中の海》

 

ミロコマチコ《血液の中の海》

 

ミロコマチコ《DOKULUJIN creatures (A1-Q1)》

 

ミロコマチコ公式ウェブサイト
https://www.mirocomachiko.com/

 

著者: (AKIMARU Tomoki)

美術評論家・美術史家・美学者・キュレーター。
1997年多摩美術大学美術学部芸術学科卒業、1998年インターメディウム研究所アートセオリー専攻修了、2001年大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻美学文芸学専修修士課程修了、2009年京都芸術大学大学院芸術研究科美術史専攻博士課程単位取得満期退学、2012年京都芸術大学より博士学位(学術)授与。
2013年に博士論文『ポール・セザンヌと蒸気鉄道――近代技術による視覚の変容』(晃洋書房)を出版し、2014年に同書で比較文明学会研究奨励賞(伊東俊太郎賞)受賞。2010年4月から2012年3月まで京都大学こころの未来研究センターで連携研究員として連携研究プロジェクト「近代技術的環境における心性の変容の図像解釈学的研究」の研究代表を務める。2023年に高木慶子・秋丸知貴『グリーフケア・スピリチュアルケアに携わる人達へ』(クリエイツかもがわ・2023年)出版。
主なキュレーションに、現代京都藝苑2015「悲とアニマ——モノ学・感覚価値研究会」展(会場:北野天満宮、会期:2015年3月7日-2015年3月14日)、現代京都藝苑2015「素材と知覚——『もの派』の根源を求めて」展(第1会場:遊狐草舎、第2会場:Impact Hub Kyoto〔虚白院 内〕、会期:2015年3月7日-2015年3月22日)、現代京都藝苑2021「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」展(第1会場:両足院〔建仁寺塔頭〕、第2会場:The Terminal KYOTO、会期:2021年11月19日-2021年11月28日)、「藤井湧泉——龍花春早 猫虎懶眠」展(第1会場:高台寺、第2会場:圓徳院、第3会場:高台寺掌美術館、会期:2022年3月3日-2022年5月6日)、「水津達大展 蹤跡」(会場:圓徳院〔高台寺塔頭〕、会期:2025年3月14日-2025年5月6日)等。

2010年4月-2012年3月: 京都大学こころの未来研究センター連携研究員
2011年4月-2013年3月: 京都大学地域研究統合情報センター共同研究員
2011年4月-2016年3月: 京都大学こころの未来研究センター共同研究員
2016年4月-: 滋賀医科大学非常勤講師
2017年4月-2024年3月: 上智大学グリーフケア研究所非常勤講師
2020年4月-2023年3月: 上智大学グリーフケア研究所特別研究員
2021年4月-2024年3月: 京都ノートルダム女子大学非常勤講師
2022年4月-: 京都芸術大学非常勤講師

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