米田耕司さんと初めてお会いしたのは2002年、美術館連絡協議会(美連協)総会の懇親会であった。長身でダンディな風貌に人懐っこい笑顔が印象的で、すぐに打ち解けたことを覚えている。米田さんは当時、千葉県立美術館館長として文化財行政にも携わり、博物館学の教科書づくりにも関わった、日本を代表する美術館人であった。大分市美術館の新人学芸課長だった私に多くの先輩を紹介してくださり、その温かさに励まされた。総会では最新動向や学芸員の心得をうかがうのが何よりの楽しみだった。
とくに「学芸員には“三つのオ”(お人よし・おっちょこちょい・おせっかい)が必要」という持論は忘れ難い。一般には否定的に聞こえる言葉を、むしろ「おおらかで、愛すべき存在で、人に自然と手を差しのべる資質」と捉える米田さんのユーモアと包容力が滲んでいた。「腹の足し・体の足し・心の足し」も含め、博物館の理念を平易に語る姿勢は今も心に残っている。
米田さんは博物館運営のみならず、美術研究の分野でも確かな足跡を残された。中でも『日本の水彩画』シリーズ最終巻として編纂した『不破章』(第一法規出版、1989年)は、近代水彩画家の生涯と技法を丁寧に読み解き、詳細な年譜や作品リストを整理した労作である。透明水彩の特質や光の扱いといった造形的考察を通して近代水彩画史の基盤を形づけたこの一冊には、作品への誠実な眼差しと学芸員としての実直さが静かな呼吸のように息づいている。
2007年、米田さんは長崎県美術館の二代目館長に就任。開館三年目を迎えた館の舵取り役として地域の信頼を得、その温かな人柄は瞬く間に親しまれた。私も2010年に大分市美術館館長となり、同じ九州管内の館長として、美連協や全国美術館会議の理事会・委員会、公募展の審査などでご一緒する機会が増えた。そこでの議論は常に示唆に富み、地域と国際交流を見据えた館運営に学ぶことが多かった。
2017年、大分市美術館で開催した「奇才・ダリ展」では、長崎県美術館が所蔵するダリの洋画の名品を、快く貸し出してくださり、展覧会の目玉として多くの来館者を釘付けにした。開会式にもご出席いただき、オープニングトークでは百名を超える聴衆を前に、その温かい眼差しと穏やかで軽妙な語り口で会場を魅了した。
米田さんは、学芸員や館長の世代を超え、博物館界の基盤を築いた稀有な存在であった。その実践と思想は、いまも私たちの仕事を静かに支え続けている。「三つのオ」も「心の足し」も、人と作品、地域と世界をつなぐ場をどう育てるかという信念の凝縮である。その思いを次代へ引き継ぐことが、残された私たちの務めだと感じている。長年にわたるご指導と友情に深く感謝し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

