金沢市を旅行している時に、某文化施設で妙な掲示を見つけました。「弾道ミサイル落下時の避難場所」との表題の元、こんな文章が書いてありました。

狭い建物の中、どの部屋に行こうが、弾道ミサイルの前では同じ結果です
あまりの意味のなさにちょっと驚きました。
弾道ミサイルを知らせるJアラートや緊急速報メールなどを受け取った場合は、あわてずに1階の事務室(窓の少ない部屋)に避難してください。
もう1枚、掲示がありました。表題は「弾道ミサイル落下時の行動について」です。

細かくミサイルへの対処法が書いてあるが、1941年のそれとほとんど同じ内容
3つのケースに基づき、懇切丁寧に対処法が記されてありました。
- 屋外にいる場合→近くの建物の中か地下に避難。(注)できれば頑丈な建物が望ましいものの、近くになければ、それ以外の建物でも構いません。
- 建物がない場合→物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守る。
- 屋内にいる場合→窓から離れるか、窓のない部屋に移動する。
丁寧な防災マニュアル(?)は、さらに「近くにミサイル落下!」した際も2つのケースに基づいた親切極まりないアドバイスが書かれていました。
- 屋外にいる場合→口と鼻をハンカチで覆い、現場から直ちに離れ、密閉性の高い屋内または風上へ避難する。
- 屋内にいる場合→換気扇を止め、窓を閉め、目張りをして室内を密閉する。
様々なケースを順列組合せした結果、「窓がない部屋に入り、室内に入ったらドアの隙間を目張りして、換気扇を止めた上で、マスクを着用して、頭部を守りながら、じっとしている」というのが、どうやら最強の対処法になるようです。
賢明な読者の皆さんに問いかけたいのですが、「首相官邸」が丁寧に教えてくれた、この最強の対処法で、弾道ミサイルから身を守れると思いますか?
いや、100%、死んでしまうでしょう。弾道ミサイルの破壊力を軽視しすぎですよね、どう考えても。建物ごと吹っ飛ばされるか、建物が全壊し、瓦礫に埋もれてしまうか、そのどちらかでしょう。
このような非科学的、かつ無意味な対処法を前にすると、1941年に政府が発表した2つの文書を嫌でも思い出します。
空襲への対処法を記したマニュアル「時局防空必携」には、とんでもない記述がばんばん登場します。「弾は滅多に目的物に当たらない」「焼夷弾も心がけと準備次第で容易に火災とならずに消し止め得る」「空襲は決して恐れるに足らない」などなど、国民の生命を軽視した文章ばかりで、驚かされます。また、防空精神を持てとも訴えています。はてさて防空精神とは?
- 全国民が「国土防衛の戦士である」との責任と名誉とを充分自覚すること。
- お互いに扶け合い、力を協せ、命を投げ出して御國を守ること。
- 必勝の信念を以て各々持場を守ること。
「家庭防空の手引」もとんでもない内容です。
「爆弾の殺傷力は、備えがあれば決して恐るべきものではなく、さして威力のあるものではありません」と敵の攻撃能力を過小評価。
「自分一人のことを考えて国民と苦楽を共にせず防衛に任じない者があるとすれば、法の制裁は別として同義的には非国民」と国民を脅していたりもします。
この2文書から浮かび上がるのは、「(敵の)攻撃の過小評価」と「たとえ非科学的な対処法であったとしても、一致協力して団結しない国民は許さない」という姿勢です。
85年も前のいい加減な文書と、2026年の現在、金沢市の文化施設に貼ってあった掲示と何か差異はあるでしょうか。ほぼ同じ内容のメッセージではないでしょうか。あまりにも一般の国民を馬鹿にした中身には驚き、あきれるしかありません。
さて、金沢市が生んだ反骨ジャーナリストは皆さん、ご存じですよね。そう、桐生悠々(1873~1941年)です。彼の「関東防空大演習を嗤う」はジャーナリズム史上でも非常に有名な文章の一つです。一部を引用します。
帝都の上空において、敵機を迎え撃つが如き、作戦計画は、最初からこれを予定するならば滑稽であり、やむを得ずして、これを行うならば、勝敗の運命を決すべき最終の戦争を想定するものであらねばならない。
つまり、帝都の空で防空演習を行っているようじゃ、負け戦を自ら認めているのと一緒、と桐生は軍部を皮肉っているのです。首相官邸の掲示も同じでしょう。弾道ミサイルが東京のみならず金沢のような地方都市にまでぼんぼん落とされるような状況は、完全に負け戦です。
では、なぜ官邸は、このように荒唐無稽な掲示を出すのでしょうか?
狙いは一つ。外国の軍事的な脅威が、すぐそこにまで迫っているというムードを醸成したいのでしょう。桐生は、この官邸の考えているような策謀も厳しい筆致で批判しています。1980年に新装版が刊行された「桐生悠々反軍論集」(新泉社)をぜひお読みになってください。ペンの力を信じ、権力の横暴に屈しなかった言論人の生き方に勇気をもらえると思います。
美術の世界における、空爆を描いた有名な作品といえば、一番に上がるのはパブロ・ピカソ(1881~1973年)の「ゲルニカ」(1937年)でしょう。筆者が皆さんにお勧めしたいのは、ドイツの画家、オットー・ディックス(1891~1969年)が第一次世界大戦の暴力を直接的に描いた銅版画の連作「戦争」(1924年)です。超低空を複葉戦闘機が飛び、人々は恐怖の表情を浮かべながら逃げ惑います。実際に大戦に従軍した画家が見た「戦争の真実」が容赦なく描かれており、これは傑作です。
アーティストの多くは、戦争をテーマにした作品を描きます。私たちは首相官邸が、「危機はすぐそこまで迫っている」「だから、憲法を改正し、軍備を増強しなければいけない」と言ってきたら、ディックスの銅版画を見ればよいのです。
戦争は最低最悪の外交手段です。戦争状態に陥らないようにすることが政治家の一番の仕事です。それなのに、戦争をしたくて、したくてたまらないように見える政治家が今の日本にはたくさんいます。彼らは極めて勉強不足です。戦争がどれくらい無惨なものかを全く学んでこなかった人々です。
ピカソやディックスや丸木位里(1901~1995年)や丸木俊(1912~2000年)の作品をしっかり鑑賞してもらい、彼らを一から再教育しないと日本の未来は危ういですね。(2026年2月13日21時59分脱稿)
*「彩字記」は、街で出合う文字や色彩を市原尚士が採取し、描かれた形象、書かれた文字を記述しようとする試みです。不定期で掲載いたします。

