2022~2023 私のこの3点

美術評論家連盟の会員有志が、1年を振り返り、印象に残った3つの展覧会等について記しました。対象は、2022年 10 月から 2023 年 9 月までに開催された展覧会、個別の活動、書籍、作品、出来事など。展覧会名は「」でくくりました。

◎加須屋明子
「谷原菜摘子の北加賀屋奇譚」
2023年3月8日—3月12日
CCOクリエイティブセンター大阪、千鳥文化(ともに大阪市)
キャンバスのかわりにベルベットを支持体とし、自身の記憶やリサーチをもとに物語世界を構築する谷原の初期から最新作までを集めた堂々の個展。二か所同時開催で回遊式になっており、バラエティに富む谷原の作品世界を存分に味わうことができた。

「開館60周年記念 Re: スタートライン 1963-1970/2023 現代美術の動向展シリーズにみる美術館とアーティストの共感関係」
2023年4月28日―7月2日
京都国立近代美術館(京都市)
開館60周年を記念する展覧会の第二弾。「現代美術の動向」展は時代を切り取る画期的な試みであり、企画者の顔が見える点でも先駆的。あらためてこの展示を豊富な資料と作品で振り返り、図録も工夫が凝らされて学芸員の熱意も伝わる重要な展示であった。

「ホーム・スイート・ホーム」
2023年6月24日— 9月10日
国立国際美術館(大阪市)
スイートというタイトルに反して、会場にはビターな雰囲気がたちこめる。同時代の世界において、私たちの「ホーム」とは何なのか、作家と共に深く考察へと促され、また私たちの共生への可能性も示されていた。

 

◎川浪千鶴
上映会&シンポジウム「飯山由貴《In-Mates》の上映禁止が問いかけるもの 検閲・コロニアリズム/ジェンダー」
2023年4月29日
同志社大学寒梅館 ハーディーホール(京都市)
飯山由貴の映像作品が東京都人権部によって上映禁止になった出来事を、飯山と作品に登場する在日コリアンのラッパー・詩人FUNI、歴史・映像・社会学の研究者たちが魂の声を持って多視点的に読み解き、聴衆一人ひとりに自分事として考えさせた。映像作品とラップパフォーマンスの素晴らしさが今も心に残る。

「世界水泳選手権2023福岡大会記念展 水のアジア」
2023年7月1日—9月3日
福岡アジア美術館(福岡市)
トリエンナーレ休止中の同館が久々に手がけたアジア国際美術展。以前より規模は小さいが、蓄積を生かしつつアジア美術との新たな関係性を模索していることを評価したい。在日コリアンや日本画の作家、日本統治時代を見つめ直す福岡の映像作家の作品は、その成果として印象深い。

コレクション・リーディングvol.7 おぐに美術部と作る善三展 『好きなものを好きって言う』 with森美術館2023年7月22日—11月26日
坂本善三美術館(熊本県阿蘇郡小国町)
洋画家坂本善三を顕彰する町立館のシリーズ企画は過激かつ本質的だ。コレクション理解とリソース活用の思い切りにおいて、右に出る美術館はないかもしれない。地元中高生が善三作品を手がかりに自分の「好き」を追求していく過程と結果がこれほど面白く、深いとは…目から鱗。

 

◎小勝禮子
「合田佐和子展 帰る途もつもりもない」
2022年11月3日—2023年1月15日 高知県立美術館(高知市)/2023年1月28日—3月26日 三鷹市美術ギャラリー(東京都三鷹市)
合田佐和子という、「戦後美術の本流」からずれた「女性美術家」の再検証。初期のオブジェから映画・演劇、エジプト移住、写真、映像まで、先行展に漏れていた視点から網羅した決定版ともいえる回顧展。詩人、白石かずこの影響をすくい上げたのも功績。

「ウェンデリン・ファン・オルデンドルフ やわらかな舞台」
2022年11月12日—2023年2月19日
東京都現代美術館(東京都江東区)
オランダの現代美術家による異色の映像作品インスタレーション。社会、政治、歴史、文学、生活を題材にこれまでの美術の概念を拡張する手法で、作家だけではなく、さまざまな人々がキャストやクルー、そして鑑賞者として舞台を作り上げる。林芙美子など日本の「女流文学者」の人生を題材とした新作を依頼したのも美術館の力技であった。

「潜在景色
2022年11月19日—2023年3月5日
アーツ前橋(前橋市)
写真が捉えた前橋をはじめとする群馬という地域に根差した地道な設定の展覧会だが、6人の作家のきわめて多様な手法により、批評精神がきらめく現代のアート展たり得た。同時開催の「萩原朔太郎大全2022-朔太郎と写真-」が、歴史的視野を広げて響き合っていた。逆風の中にあった同館の良心として記録しておきたい。

 

◎清水哲朗
彫刻学科研究室企画展 村田峰紀「Share」
2023年6月5日—6月30日
多摩美術大学八王子キャンパス彫刻棟ギャラリー(東京都八王子市)
ボールペンのペン先で開けられた複数の穴、二枚のベニヤ板の間には、今回、ピンクやグリーンの発泡ウレタンが充填されている。穴からはみ出している。痕跡なのではなく、ペンの動きによる消尽(カービング=削る)と力動(モデリング=肉付け)の身振り。二律背反の彫刻のマッス(塊)が、発泡ウレタンを膨らませる。

中塚文菜個展「誰かの祈りを開いて閉じる」
2023年8月10日—8月20日
タメンタイギャラリー鶴見町ラボ(広島市)
https://moromoromoro.wixsite.com/mman/誰かの祈りを開いて閉じる-2023。「千羽鶴を見て釈然としないことが何度かあった。これは誰が誰のために折ったものなのだろうか。私には祈る対象の顔がまだ見えていない。」と作者は語る。広島市から寄贈を受けた「千羽鶴」を、開いて閉じて巨大な千羽鶴へ。抱かれた、解消できない矛盾こそが、千羽鶴を羽ばたかせる。

白井祥太郎個展「普遍の思考」
2023年8月13日— 8月21日
Yellow Toes(東京都目黒区)
半ば動物、半ば植物の「粘菌」を想起させる。アメーバからキノコへ姿を変える。絵画の構造的な20世紀的結構を脱し、子実体(しじつたい)の柔構造による「粘菌ペインティング」へ。

※注)子実体=菌類において,胞子が形成される部分が集合して塊状となったもの​​(出典/ジャパンナレッジ

 

◎千葉成夫
「ヴォルス」
2023 年 5 月 06 日—7 月 29 日
ギャラリー・カルステン・グレーヴ(フランス・パリ)
独ケルンの老舗の画廊のパリ店が時間をかけて実現した展示。ヴォルスは贋作が多いのが問題だが、この展示はその点を十二分に吟味して選りすぐりの作品を集めた。美術館のように点数は多くないが、欧米の老舗画廊の底力に感服した。

「川俣正 個展 Nest&Tree Hut」
2023 年 7 月 24 日—10 月 21 日
ギャラリーSAP(韓国・釜山)
かつての「ギャラリー604」が場所と名称を変えて再出発。そのお披露目の展示。川俣はそこに人と鳥の棲み家である木箱を配して、その「場」を柔らかい「空間」に変容させた。「場力本願」が、さりげなく実現されている。

小林正人「自由について」
2023 年 9 月 22 日—11 月 5 日
シュウゴアーツ(東京都港区)
絵画は時間に憧れる。空間は永遠(あるいは非時間的)なのに、画家も制作も時間を制御することも越える事もできないから。それでも、近代が終って既に久しい今、絵画は時間を目指していい。

 

◎中塚宏行
「合田佐和子展 帰る途もつもりもない」
2023年1月28日—3月26日
三鷹市美術ギャラリー(東京都三鷹市)
以前から気になっていた作家の実際の作品と経歴を、展覧会とカタログで見ることができた。阿木譲が大阪で出版・発行していた伝説的な雑誌「ロック・マガジン」の1~15号(1976.3~1978.8)の表紙を合田が描いていることを確認。

「芦屋の美術、もうひとつの起点―伊藤継郎」
2023年4月15日—7月2日
芦屋市美術博物館(兵庫県芦屋市)
吉原治良と具体、小磯良平、小出楢重らばかりが脚光を浴びがちな関西近代美術史で、きわめて地味で目立たない伊藤の活動履歴と人間関係をたどっていくと、その存在の重要性に気づかされる。その軌跡を検証した。

「トランスボーダー 和歌山とアメリカをめぐる移民と美術」
2023年9月30日—11月30日
和歌山県立近代美術館(和歌山市)
海外への移民人数全国6位という和歌山県の地域特性を背景に、これまでも継続的に企画されている展覧会のひとつ。全米日系人博物館との3年間にわたる共同研究の成果もあり、日本初紹介の作品、資料、新知見も多い。

 

◎深川雅文
「今日の彫刻―冨井大裕展 トルソ、或いはチャーハン」
2023年7月8日— 9月3日
 栃木県立美術館(宇都宮市)
日常的なモノを彫刻に転化、また路上で見つけた造形体を撮ってSNSにアップ、「日々是彫刻」という精神を体現した展覧会。彫刻概念を巡る根源的な問いかけの地平に軽やかにリンクする。メディア化する彫刻という言葉も脳裏に浮かぶ。

村田 峰紀「Transition」
2023年9月17日— 11月12日
まえばしガレリア(前橋市)
現代日本パフォーマンスアートの旗手、村田峰紀。今年は春、夏、秋と例年にも増して精力的に活動。その最高潮が本展。自らボールペンで引っ掻き回して解体した分厚い辞書・辞典の類、約500冊で天に向け成長させた彫刻体《Trans “巨樹”》は圧巻。

パフォーマンス contact Gonzo × やんツー《jactynogg zontaanaco ジャkuティー乃愚・存taアkoコ》
2023年5月19日—21日
ANOMALY(東京都品川区)
パフォーマンスユニット、contact Gonzoの傍若無人の振る舞いを、やんツーによる会場を動き回る自走マシンが見てその状況を言葉としてAI自動生成。互いの反応が増幅し、喧嘩上等の阿鼻叫喚へ。ヒト×マシン=パフォーマンスアートの可能性。

 

◎藤田一人
「国宝 東京国立博物館のすべて」
2022年10月18日—12月18日
東京国立博物館(東京都台東区)
東京国立博物館の創立150周年記念として、同館所蔵の国宝の一挙公開。内容は別として、所蔵品を通常の二倍の料金で見せるというのは如何なものか?国立館の存在意義が問われる。

アートフェア「Tokyo Gendai 東京現代」
2023年7月7日—9日
パシフィコ横浜(横浜市)
海外資本の“ジ・アート・アセンブリー”が、「世界水準のアートフェア」を謳い文句に日本進出。歴然としたのが欧米と日本との価格差。世界市場の高値に日本は如何に対処するのか?

「走泥社再考 前衛陶芸が生まれた時代」
2023年7月19日—9月24日
京都国立近代美術館(京都市)
今や日本戦後工芸の神話となりつつある「走泥社」。これまで八木一夫、鈴木治、山田光等、一部会員にのみスポットが当たってきたが、同展でその全貌が初めて検証された。

 

◎山脇一夫
ながくてアートフェスティバル「まちNAF2022」における久野利博のインスタレーション「Untitled 2022. September」
2022年9月23日—10月10日
色金山歴史公園茶室「胡庵」(愛知県長久手市)
織田有楽斎の国宝「如庵」の写しである茶室「胡庵」の空間に「日本の美」を体現したインスタレーションを展開。現代と伝統とのみごとなコラボレーションを実現した。

「蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる」
2023年6月29日—8月21日
国立新美術館(東京都港区)
蔡國強が帰ってきた!「ノン・ブランド」を掲げて。アジアが生んだこのスーパースターに「アートワールド」の「爆破」を期待する。

「芭蕉布  人間国宝・平良敏子と喜如嘉の手仕事」
2023年9月9日 —10月29日
美術館「えき」(京都市)
2022年6月7日から7月31日まで大倉集古館(東京都港区)で開催された展覧会を再編したもの。芭蕉布の奥深い美が堪能できた。