オーロラ観測記・前編 市原尚士

ノルウェー・トロムソにオーロラを見に行ってきました。お恥ずかしい話ですが、60年近くも生きてきて、オーロラを見たことが一度もなかったのです。死ぬまでに一度でいいから見てみたいという思いで、北極圏に足を運んだわけですが…。

飛行機の中から

トロムソの空港にまもなく到着という時間帯。飛行機の中で窓の外を見たところ、心底びっくりしました。筋のように細い太陽の光が地平線に沿って伸びていたからです。この辺りは、北極圏ですから、日光も見え方が日本とは全く異なります。

国際線飛行機の窓から見える筋のように細い太陽光

日本では、太陽の丸い形がはっきりと見えます。そして、海の中なり、山の向こうなりに沈んでいくようにみえるわけです。ところが、北極圏というのは、あまりにも地球の先端の方に位置するので、太陽光も光の届く範囲で一番、先っちょの細い部分がわずかに到達するだけなのです。細い筋の先端より先、つまり、この写真で言いますと右側はほぼ闇の世界ということです。

その闇の世界こそが、筆者が今から向かうトロムソということになります。日中でも太陽が昇らない「極夜」とは、いったいどのような世界なのか? そしてオーロラとはどんなものなのか?

今からそのリポート「オーロラ観測記」を前編・後編の2回に分けてお届けします。オーロラをすでに見たことがある方にも、一度もない方にもお楽しみいただける内容を目指します。

最初の宿は、あえて田舎に

トロムソの空港に夕方に到着後、公共バスに乗って約1時間。バス停を降りて、歩いて5分の場所が最初の宿です。空港を中心にすると、トロムソの中心部からは反対方向にあたります。なぜ、あえて田舎の宿に泊まったのかというと、トロムソは「北欧のパリ」と称されるほど結構、栄えている都市で、街並みの放つ光もかなり強いため、オーロラが見えにくくなるという噂を聞きつけたからです。ほとんど、何もない田舎であれば、雲さえかからなければオーロラが見られる可能性が高いのです。

1泊目は、あえてトロムソ郊外の宿に泊まった。ガラス張りで外が見えやすいのがオーロラ観測をする上では利点になった

また、この宿は、客室の開口部が大きくガラス窓になっており、外に出なくとも、窓際で夜空を見ればある程度はオーロラの有無を確認しやすいという利点もあります。何しろ、外はマイナス15度とかマイナス10度という世界です。外で長時間、立ち尽くして夜空を見ていると体が凍ります。ですから、ある程度は、ずるをしながら要領よくオーロラを観測する必要性があるわけです。

ビギナーズラック?

客室の窓からチェックし、オーロラっぽい怪しい感じのものを発見しては、外出して確かめるという作業をスタートすることにいたしました。筆者が考えた作戦は、午後7時、8時、9時、10時、11時、12時の合計6回程度、観測をしようというものでした。

宿周辺の上空に広がるオーロラ。肉眼で見ると白い煙にしか見えませんでした

午後7時、一番最初の観測で、いきなり大ホームランをかっ飛ばしました。視線の向こうに煙のようなものがゆらゆらと立ち上る様子を確認しました。その様子は「アラジンと魔法のランプ」でアラジンがランプをこすったときに出てくる煙のようです。最初は小さな煙だったのが、みるみると大きくなり魔人ジーニーが現れますよね。

あの話と同じように、小さな煙がぶわーっと広がっていくのです。かなり横幅と高さが大きくなっていくのです。そして、この煙が実はオーロラなのです。同じ宿に泊まった何回もオーロラを見たことがある方によると「以前、見たときは、ゲル状の乳白色クリームのようだった。今日は満月の二日前で月の光が強いため、オーロラが煙のように見えるのかもしれません」とのこと。

重要なポイントは、満月だろうが新月だろうが、オーロラは白っぽく見えるということです。

色彩の謎

観光ガイドブックやテレビで見るオーロラは、緑や青や赤やピンクに見えていますよね。あれは肉眼だと白い煙、もしくは白いクリームのように見えるのです。よほど、空が暗く、雲もなく、運も良ければ色彩がついた状態で見えることもあるらしいのですが、多くの場合は白く、しかも地味に見えるのです。

ところが、あら不思議!
デジタルカメラやスマートフォンを白い煙に向けて、モニター画面をのぞくと、そこには美しい色彩がついて見えるのです。肉眼では白にしか見えないのですが、デジカメやスマホの機械では、色が付いていると認識され、その通り、色付きで画面に映し出されるのです。ですから、ちょっとした逆転現象が起きることになります。観測をしにきた方たちは、みんなスマホやカメラを空に向け、色の付いた部分を探すのです。色があれば、そこがオーロラだからです。オーロラを発見してから、カメラを向けるのではなく、むしろ、オーロラを発見するためにカメラを向けるというわけです。

この逆転現象は、アートの世界にもあるような気がします。SNS映えのする作品をスマホで撮影し、インスタやフェイスブックにアップすることこそがアート鑑賞の最大の目的になってしまっていて、肉眼でしっかり作品を鑑賞している方が意外に少ない気がしてならないのです。芸術家の方も、SNS映えを意識したような作品を制作する方が結構いらっしゃる気がします。肉眼で見るよりも、SNSにアップされた時の見栄えが良い作品の方が作家にも鑑賞者にも好まれているというわけです。それが悪いとは言いませんが、「作品そのもの」をしっかり見ることなく、すぐに映える構図で写真を撮り、SNSにアップしたらすべて終了というのは、あまりにもお寒い“鑑賞体験”だと思います。

まぁ、肉眼ではかなり地味ではありましたが、それでもカメラ越しでは結構、オーロラ感の漂うそれをいきなり見ることができました。「初めてで、しかもほぼ満月の日で、こんなきれいに見られるアナタはとてもラッキーよ」とアメリカ人の同宿者から言われました。

「落雪注意」とノルウェー語で書かれた看板。雪は本当に危ないです

ちなみに観測時の注意点は、建物の庇の下などに近い場所だと、落雪の恐れがあることです。トロムソのどこにいても、落雪がどかどかっと落ちてきて、ちょっとびっくりすることがあります。直撃していたら結構、痛かっただろうな、と思うこともしばしばです。とにかく、近くに雪がたくさん溜まっているような空間からは距離を置くことが肝要ですよ。皆さんもお気をつけてください。

それにしても、オーロラは一度、見ると欲が出ます。予定通り、8時から12時まで1時間おきに観測を継続しました。ところが、空は雲も少なく晴れているのにオーロラは二度と出てきませんでした。完全に「ビギナーズラック」だったようです。明日の朝も、オーロラを観測しようと意気込みながら眠りにつきました。

北欧美術の限界?

オーロラを観測したり、厳しい寒さが四辺を領する環境の中に身を置いたりしていて、ハッと気が付きました。スカンディナヴィア(北欧)で活躍する芸術家の特徴についてです。教科書的な説明で言いますと、こうなります。

19世紀後半、それまで圧倒的だったドイツ的な表現法からフランス美術に影響を受けたそれへと移行。フランス経由で野外制作の技法を北欧に持ち込み、外光描写様式を確立させることに成功しました。

この北欧の芸術は、ドイツやフランスと同様、描き手の心理状態、想像力が自然描写に反映されており、単純に「自然そのまま」を描いているわけではないのは言うまでもないことです。しかし、その一方で、筆者はこう思ったのです。

自然そのものが、景観や光線そのものが、すでに北欧においてはスペクタクル(壮観)なわけであって、それをそのまま素直に表現しただけでも、非常に劇的な印象を絵画に与えているのではないか? 景観の持つ激しさ、珍奇さは、北欧の画家たちにとって、一見すると利点だったかのように思えるが、もしかすると、この利点こそが、己の創造性をより高める上での枷になってしまったのではないか? 自然環境そのものが持つスペクタクル性に依存した、言い換えれば、商業デザイン的な弱さがあってもそれで良しとしてしまう安直さに依拠した表現を生み出してしまったのではないか?

東京・新宿のSOMPO美術館で「北欧の神秘ーノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」が開かれたのは、今から約2年前になります。あの展示は、非常に素晴らしい内容だったと思いますが、北欧絵画の持つある種の“限界”も示していた、と今振り返って、総括しているところです。

北欧で圧倒的な力量と知名度を持つ三羽烏といえば、フィンランドのアクセリ・ガレン=カレラ(1865~1931年)、デンマークのヴィルヘルム・ハンマースホイ(1864~1916年)、ノルウェーのエドヴァルト・ムンク(1863~1944年)になります。この中でもムンクの偉大さは圧倒的です。この三羽烏より少し劣る感じで、スウェーデンのカール・ラーション(1853~1919年)やデンマークのパウル・セヴェリン・クルイエル(1851~1909年)らが続く感じでしょうか。

SOMPO美術館の展示では、今、筆者が挙げた「三羽烏+α」以外にも北欧には力量の高い素敵な芸術家がわんさか存在していることを教えてくれた点で貴重な内容でした。しかし、ともすれば、商業デザイン的な分かりやすいスペクタクル性に逃げてしまうような限界を理解したうえで、北欧の芸術を見る必要性もあるのではないかと筆者は今、考えているところです。

オーロラ鑑賞がいつの間にか、「北欧芸術の限界」論に発展してしまい申し訳ございません。前編はこれでおしまい。翌日午前帯の「極夜体験」からオーロラ観測ツアー参加体験記までを後編でお届けします。(2026年1月12日9時27分脱稿)

著者: (ICHIHARA Shoji)

ジャーナリスト。1969年千葉市生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。月刊美術誌『ギャラリー』(ギャラリーステーション)に「美の散策」を連載中。