前回、原稿で東京都内の某有力ギャラリストの率直な「ペン禁止論」をご紹介しました。日本人は鑑賞マナーが確かに悪いのかもしれない。だとしても、やはりどう考えてもおかしいと思うことがあるので、本稿で当方の主張を展開します。
【前編】静けさを求める闘争、そして【後編】静けさを求める闘争では、ミュージアムにおける音声(=声)の問題を論じました。その際、海外の美術館は、にぎやかで活気があるケースが非常に多いことを紹介しました。日本は、お通夜のような沈鬱ムードであることも指摘しました。興味のある方は、ぜひお読みください。
実は、音だけでなく、ペンも海外美術館、とりわけ、欧米の美術館ではほとんど何も言われません。ペンでいくらメモを取っていても注意されたことなんてほとんどありません。少なくとも、筆者が何度も何度も訪れた、イタリア、ドイツ、フランス、イギリス、スペインの著名ミュージアムでは、一回も注意されたことはありません。
本稿のために、筆者は2025年のアイルランド旅行、2026年の北欧旅行で、ある実験をすることにしました。それは、どこかのミュージアムを訪問した際、監視員の中でもとりわけ怖そうな表情をした人の前に進み、ペンを見せながら、「展示品のことについて、このボールペンでメモを取ってもよろしいでしょうか?」と丁寧な口調で尋ねることにしたのです。
これまでの体験上、ヨーロッパのミュージアムでペンでメモを取って注意されたことなど一度もありませんが、意識的に記録してきたわけではないので、あえて、質問してその反応を明確な形で記録に残そうと考えたわけです。アイルランドと北欧で20数か所のミュージアムを回りました。結論を先に言いますと、やはりペンはNGと言われた施設は一つもありませんでした。
やはり、うろ覚えではなかったのです。ヨーロッパの美術館はほぼ全域で「ペンOK」なのです。
アイルランドや北欧の監視員の面白い台詞をご紹介しましょうか?
「ペンでメモとってもいいですか」への反応、全部実話です。
- もちろん、いいよ。でも、なんでそんな妙なこと聞くんだい。←アイルランド
- いいに決まってるじゃん。お前さんがペンで作品の上に落書きでもしようって言うんだったらダメだけどね(笑)←アイルランド
- もちろん、OKだよ。あなた、そんなことわざわざ聞くなんて、ずいぶんと丁寧な方だね。珍しいよ、そんなこと聞いてくる人って←ヘルシンキ
- はぁ? 何、ペンを使ってもいいかって。いいよ。←トロムソ(ノルウェー)
これ、一つも作り話ではありませんよ。全部、メモを取りながら聞きましたから。
ヨーロッパは、たぶんペンでの筆記を注意されるところはないはずです。それでは、アメリカは?
筆者がアメリカでこれまで訪れたのは、ロサンゼルス、パサディナ、デンバー、カーボンデール、ニューヨーク、ワシントン、ボストン、コンコードくらいしかありません。それぞれ、多くのミュージアムを回ってきたわけですが、その中でペンNGと言われたのは、Harvard Art Museumsだけだったと記憶しています。ハーバード大学の付属美術館として、素敵なコレクションを多く所有する、この美術館は「メモを取るなら鉛筆」と言われましたが、その他の美術館は、まったくNGと言われた記憶がないのです。
美術館内の音声について論じた原稿と同じ展開になってしまい、馬鹿の一つ覚えみたいで申し訳ないのですが、筆者は読者の皆さんにこう問いかけたいのです。
欧米の美術館がペンの使用OKなのに、なんで日本の美術館はOKにできないのですか?
日本の美術館よりも、質・量ともに優れた作品群を多く持つ欧米美術館では、ケースも結界も少なく、すぐ手の届くところに超有名な作品がごろごろと転がっています。ペンどころか、やろうと思いさえすれば、いくらでも作品を棄損できるような、ある意味、無防備な感じで展示されています。それでも、欧米の人々は、それが当たり前だと思っているようです。はじめてそれを知ったとき、筆者は心底から驚きましたよ。
なんで海外ではペンを使っても何も言われないのに、日本ではあんなにうるさく注意されるのだろうか?
前回の原稿で某ギャラリストが日本人は鑑賞マナーが悪いから信用できないと言っていましたが、本当は逆なんじゃないでしょうか?
性善説にのっとって、「ペンOK」という姿勢で鑑賞してもいいよ、と美術館が言えば、鑑賞者のマナーだってぐんぐん向上するのではないかと筆者は思うのです。つまり、美術館が自由な態度での鑑賞(含むペン活用)を認めないから、鑑賞者のマナーも育たないのではないか、ということです。
海外美術館の作品も国内美術館の作品も、作品であることに変わりはありません。にもかかわらず、ペン使用が一方はOKで、一方はNGというのはまったく合点がいきません。日本のミュージアムもペンOKにするべきです。そうすれば、観客のレベルもアップすると思うからです。
意味不明のオカルト的な理由(ペンはインクが飛ぶ。書く際の圧力など)を元に、ペン利用はNGと言うのは、明らかに無理筋です。もういい加減に、ペン使用を解禁しないとまずいのではないでしょうか?
日本でほぼ唯一、ペン利用をOKにしているヤマザキマザック美術館は、2010年4月23日のオープンから現在に至るまで、「ペン利用をOKにしているせいで作品が損傷した」ことがあるのでしょうか? ただの推測になりますが、たぶん一度もないはずです。あれば、大きなニュースになっているはずです。ニュースになっていれば、ジャーナリストとして、新聞、雑誌、ネットニュースを常にチェックしている筆者が知らないわけがないのです。
次回の原稿では、ペン使用をかたくなにNGにする理由を筆者なりに考えてみましたので、その理由をお伝えしましょう。決してオカルト的な内容ではないので、ご安心くださいね。(2026年2月17日15時19分脱稿)

