時代の風を捉えた東西の芸術家・建築家の軽やかな共演「Parallel Lives 平行人生—新宮 晋+レンゾ・ピアノ展」 大阪中之島美術館 三木学評

「Parallel Lives 平行人生 — 新宮 晋+レンゾ・ピアノ展」
会期:2023年7月13日(木) ~ 9月14日(木)
会場:大阪中之島美術館 5階展示室

 

近年、建築をテーマにした展覧会は、国立国際美術館や東京国立近代美術館、京都市京セラ美術館、森美術館などなど、国公立から私立まで、さまざまな美術館で開催されている。しかし、美術館で建築展を行うことは、本質的な困難さを抱えている。あたり前のことであるが、対象となる建築そのものを展示できないからだ。必然的に、数十分の1の模型や設計図、写真、映像などなど間接的な資料で構成するしかない。実際の建築体験ではない中で、どれだけ建築の面白さを体験させられるかは、キュレーターや展示構成を担うデザイナーの力量になるだろう。

現在、大阪中之島美術館で開催されていている、建築家レンゾ・ピアノとアーティスト新宮晋の展覧会「Parallel Lives 平行人生」は、個人的にはかなり上位の建築展であると思う。もちろん、アーティストである新宮晋との二人展であり、単なる「建築展」と言うことはできない。とはいえ新宮ですら、屋外のモビール(動く彫刻)が主となる表現形式であり、両者ともに美術館での展示は作品そのものの体験とは言い難い。その上で、今回の展覧会は、美術館でしかできない展示に成功していたように思う。

ずいぶん昔の話であるが、ロッテルダムにあるオランダ建築協会で開催されたダニエル・リベスキンドの展覧会に度肝を抜かれたことがある。空間全体に仮設の柱が斜めに走っており、柱にプロジェクションがされるなど、建築展とはおよそ思えない、インスタレーションになっていた。その頃、リベスキンドが脱構築を代表する建築家だと少しくらいしか認識していなかったと思うが、リベスキンドという建築家のヴィジョンに感銘を受けた覚えがある。

イタリア・ジェノヴァ出身のレンゾ・ピアノは、その少し前の世代のハイテック建築を代表する建築家であり、リチャード・ロジャースとの共作であるポンピドゥー・センターや日本では関西国際空港旅客ターミナルビルの設計で知られている。いっぽう大阪出身の新宮晋は、初期からモビールの作家として知られ、現在は三田を拠点としているが、兵庫県立美術館をはじめ、関西でも多くの場所で新宮の彫刻を目にしたことはあるだろう。

共に1937年生まれ、同い年である新宮とピアノが最初に共同制作したのは、ピアノが関西国際空港旅客ターミナルビルの国際コンペを勝ち取り、風力計算をして、布がふわりと舞い降りたような躯体のデザインを活かすため、「空気の流れを見えるようにしれてくれないか?」と、新宮に依頼したところから始まる。そして、柱がなく、屋根を支える巨大な恐竜の背骨とあばら骨のような躯体に沿って、新宮の風で動くモビールが取り付けられた。それから30年以上の間、二人は10を数えるプロジェクトを共に行ってきたという。

展示風景

タイトルの「Parallel Lives(パラレル・ライヴス)」=平行人生とは、1~2世紀のギリシアの哲学者プルタルコスが、共通した性格や人生を送った二人の偉人を比較した列伝のタイトルに由来するという。二人の人生は、共に制作したり、それぞれの道を歩んだりし、その経験がまた二人の共作に結び付くという、二本の糸のようでもある。

展覧会の初日が新宮の誕生日である7月13日、最終日がレンゾ・ピアノの誕生日である9月14日に設定され、最初の部屋では「平行人生年表」として二人の人生が上下で折り目のある帯のように示されて紹介されているのも粋な計らいだ。そして、共作部分で一連なりの面になっている。1992年の「ェノヴァ港再開発」と《コロンブスの風》のプロジェクト以降は、共作が多いことが一目でわかる。二人には、新宮がオレンジ、ピアノが緑のサインカラーがつけられている。一瞬、イタリア国旗を連想するが、赤ではなくオレンジあることから、フライヤーにも掲載されている、ピアノの「関西国際空旅客ターミナルビル」(1988-1994)のスケッチから抽出されていることがわかる。それに対して、新宮が関西国際空旅客ターミナルビルの屋上に設置した新宮のモビール《はてしない空》(1994)が、黄色と青の補色になっていることも面白い。

「関西国際空旅客ターミナルビル」が共作のきっかけではあったが、時間のかかるプロジェクトではあったので、1992年の《コロンブスの風》と「ジェノヴァ港再開発」が先に完成したのだろう。二人の出会いは80年代末のことのようだ。しかし二人の思考は、例えば、丹下健三と岡本太郎のように、対比的なものではない。弥生的な美学でつくられた「大屋根」を、縄文的な美学的つくられた《太陽の塔》がぶち抜き、対極的な美学の相克によってお互いを輝かせるのが、建築家と芸術家の一つの在り方なら、ピアノと新宮は、お互いを補うような陰陽図のような関係に思える。興味深いのは、二人が直接出会う前から、大阪万博に作品を出品していることだ。新宮は、イサム・ノグチとは反対側の中央の池「水すましの池」にモビールを設置し、ピアノはそのすぐ近くのイタリア館の前に、強化ポリエステルと鉄骨によるグリッド・システムで出来たイタリア産業館を設計していた。ピアノの手法は、当時、黒川紀章や菊竹清訓らによって推し進められた、メタボリズムを思わせる。

展示風景

会場に入ると、大きな台座の上に、新宮のモビールの模型が並び、さまざまな動きを見せている。奥には、一つの大きな島「アトランティス島」に102ものピアノの建築模型が配置されており、その中に新宮との共作も見え隠れしている。ピアノと新宮の構築物しかない島である。

基本的には、新宮のモビールとピアノの建築模型によって構成された展覧会であるが、それを有機的にダイナミックに見せているのは、イタリアの前衛的な映像グループ、スタジオ・アッズーロによるところが大きい。

展示風景

設計図や写真といった膨大な資料をせせこましく展示するのではなく、《コロンブスの風》+「ジェノヴァ港再開発」、《はてしない空》+「関西国際空港旅客ターミナルビル」、《虹色の葉》+「565ブルーム・ソーホー」、《宇宙に捧ぐ》+銀座メゾンエルメス、《宇宙、叙事詩、神話》+スタヴロス・ニアルコス財団文化センター、《海の響き》+「レンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップ」、「IBMトラベリング・パビリオン」、「ザ・シャード」、「ポンピドゥー・センター」、「ジェローム・セドゥ・パテ財団」、「アカデミー映画博物館」、「チバウ文化センター」をテーマにした映像作品の中に、スケッチや設計図、写真、CG、映像を組み込み、新宮の作品のように映像自体が風のように舞う演出を加えながら、二人の作品世界に入り込めるように上映している。これらの映像が、建築と彫刻という二つの模型を有機的につなぎ、会場でしか得られないダイナミックな経験に昇華している。

展示風景

さらに、興味深いのは2022年に撮影された、新宮とピアノの対談だ。ここで二人は出会いから現在までの人生を振り返るのだが、語られている言語はイタリア語だ。新宮はローマに6年間留学した経験があり、ピアノと初めて会った時にイタリア語を話して、「マンマ・ミーア(なんてこった!)」と驚かせている。新宮は「ローマに行ったことが、自分をこのような作品に変えたのかもしれない。ダ・ヴィンチなどからも影響受けた」ということを言ったが、ピアノはそれはさまざまな「もし~」の一つに過ぎない、と返している。ピアノは、イタリアにいると歴史にとらわれた監獄にいるようなもので、ときには歴史を忘れて自由にならないと創造できないと述べる。

この考え方は、まさしく分離派やその後のモダニズムの根底にある動機で、ギリシア・ローマを起点とした重く厚い美の規範から、切り離し、前に進むことを志向した。イタリアから未来派が出たのは、イタリアが歴史主義の本場だからこそ、よりラディカルに未来に飛び出す必要があったからでもある。そして、歴史がまったくない(西洋人から見た意味での)アメリカと、古い歴史を持つがが、光のきらめき、繊細な感覚、素材感といった異なる価値観を持つ日本に惹かれると述べる。ピアノは、リチャード・ロジャースと一緒に、重厚なパリの歴史、街並みから逸脱した機械と原色の建築、ポンピドゥー・センターを設計するが、まさに、歴史からの逸脱を意図したものだろう。

そして、別の形で環境と建築との関係を結び直す。新宮と最初に実現したプロジェクト、《コロンブスの風》+「ジェノヴァ港再開発」、は、帆船のような形状が使われ、まさに風をデザインしたものだ。実は、ジェノヴァ出身のピアノは、自身でもヨットのデザインをしていることが年表にも書かれている。日本や東南アジアでは、造船技術と建築技術はかなり共通した部分があるが、ピアノはそのような環境を捉える機能を、建築にも与えることで、モダニズムの先にいこうとしたといえる。

展示風景

最後のコーナーでは、ピアノが現在行っている「東京海上ビルディング」が紹介されているが、ここでは木造を単なる意匠や化粧ではなく、構造として使用している。実現すれば、世界最大規模の木造ハイブリッド構造による超高層オフィスビルが誕生することになる。一度建築すれば再利用のできないコンクリートから、オフィスビルに、リサイクルできる木を構造に使うことは新たな建築のパラダイムを拓くことになるだろう。ピアノは、「日本は木の国です。間違いなく日本の文化の一部です。香りや存在感を持つ、単なる素材ではないものです。単なる飾りではなく、塊の本物の木を使うことで、このビルでは木を感じることができます。また木は再生可能資源です。再度植林することで25~30年後にはまた同じ量の木を利用できます。そしてエナジー消費に関してとても賢い、よくデザインされた、消費の少ない、これまでも喜ばしい経験でしたが、これからも続きます」と答えている。ピアノは、ハイテック建築を超えて、環境と表面的な相互作用だけではなく、素材の面からでも循環を持つ未来、そして伝統的でもある建築に踏み出したといえる。

展示風景

いっぽう、新宮も地元、三田での子供たちとのイベントや、東日本大震災をうけて始めた、筒状の布に復興のメッセージを描く「元気のぼり」のワークショップなど、地域と次世代との共同作業を進めている。新宮は、世界中の風で新宮のモビールを動かすキャラバンや絵本制作などでも知られている。地球環境や次世代への実践という面でも、二人の人生が結び付いていることが興味深い。

遠く離れてはいるが、双方長い歴史を持つ国の二人の芸術家・建築家が、時に共同し、時に分かれながら最終的に同じ目標に向かって創作している点に感銘を受けた。我々は歴史を捨て、自由になった末にどこにいくのか。風や森といった日本の自然環境の中に、調和と創造のヒントがあることにもっと気付くべきだろう。二人の人生は力強くそれを証明している。

初出:『eTOKI』2023年8月7日公開。

著者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究、美術評論、ソフトウェアプランナー他。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行っている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹-色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。

https://etoki.art/

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