彩字記#2(採取者・市原尚士)

【駅前のピースフルなタコ】
ポルトガル・リスボンの世界遺産、「ベレンの塔」「ジェロニモス修道院」に行く際、必ず通過することになるカイス・ド・ソドレ駅前の雑居ビルの扉に、頭部はピンク、脚は群青色のタコの絵が描かれていました。一本一本の脚には、「他人からどう思われているかを気にしすぎるな」「あまりくよくよと考えすぎなさんな」と言ったスピリチュアルなメッセージが書き込まれています。

【坂道だらけのエリア】
リスボンの下町「アルファマ地区」はまさに迷路そのもの。坂道が縦横に重層的に積み重なり、歩いていると方向感覚が狂います。坂道が野放図に折り畳まれた町は、そちこちで洗濯物が干されていて、イタリア・ナポリのスペイン地区とどこか雰囲気が似ています。まぁ、スペイン地区よりももっとぐちゃぐちゃな感じは正直しますが。ただ、その坂道の下はもう港。巨大で豪華な客船が停泊しており、旅情が嫌でもかき立てられます。

坂だらけのアルファマ地区

【ストリートアートの本場】
アルファマ地区の一角には、長く続く壁沿いにストリートアートが延々と描かれている場所があります。故・鳥山明先生の「ドラゴンボール」の孫悟空がスプレー缶を持っている絵が目を引きます。ちょっと下手くそなのがご愛嬌でしょうか?

孫悟空?がスプレー缶を持ってヤンチャしています

少し歩くと、「コロンブスの日 祝う事なんて何もない」というメッセージボードを持った女性の絵も壁面に描かれておりました。このエリアのアートは、どちらかと言うと絵で見せるタイプの作品が多いので、文字による主張を訴えている点が気になりました。

コロンブスに抗議する女性の絵

【影が描いた光の絵?】
アルファマ地区を歩いていて、建物の壁面に様々な模様が描かれていたので、これも絵なのかな、と凝視を続けていたところ、何と光と影の彩なす偶然の産物だと分かりました。狭い路地に建つビルの片側、開口部は窓も扉も一つもありません。つまり背中側ということです。一方、小道を挟んで立つビルには、窓と扉がたくさん開かれております。このビルに朝方の斜めの光が差し込み、窓ガラスを直射。反射した光が向かいのビルの背中に絵を描いていたのです! 太陽の動きにつれて、投影される光の絵も姿かたちを微妙に変えていきます。どんなストリートアートよりも美しく、10分以上見つめていました。

 

【文字だらけの駅周辺】
アルファマ地区は、ビジュアル重視で絵による落書きが多かったのですが、観光客がよく利用するベレン駅周辺は、文字による落書きが非常に目立っていました。駅の構内も落書きは多いのですが、駅のホームを挟むようにして立つ白色の陸橋が文字による落書きだらけでした。「パレスチナに自由を」「ナチス野郎は消え失せろ」などヨーロッパ全域である意味、定番の文句が多く、政治性がありそうでいて、実はそこまで凄みの感じられないメッセージが目立っていました。落書き一つでもオリジナリティあふれる文句を考え出すのは大変、難しそうです。

【タバコ、タバコ、everywhere】
ポルトガルは、スペインと同様、愛煙家の姿が目立つ国です。歩きたばこをする人々も多くいます。ただ、問題は吸い殻入れを持っている人があまり存在しないこと。いえ、そもそも路上が吸い殻を捨てる場所と考えている方が多いようで、あちこちポイ捨てされたタバコが落ちています。ロシオ広場の北側にあるロシオ駅の前に置いてあった吸い殻入れが満杯になっていたからでしょうか。路上に大量の吸い殻が堆積していました。

【隈研吾】
グルベンキアン財団による近現代美術館「Centro de Arte Moderna GULBENKIAN」(通称CAM)では、隈研吾による新棟が今年の9月下旬から一般公開されていました。多くの現地の方でにぎわっておりました。屋内でも屋外でもない通路である縁側の概念からインスピレーションを受けたそうです。また、渡辺豪森永康弘による展示「Engawa A Season of Contemporary Art from Japan」も開催されており、日本とポルトガルとのつながりの深さを感じさせられました。

(2024年10月21日20時37分脱稿)

*「彩字記」は、街で出合う文字や色彩を市原尚士が採取し、描かれた形象、書かれた文字を記述しようとする試みです。不定期で掲載いたします。

著者: (ICHIHARA Shoji)

ジャーナリスト。1969年千葉市生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。月刊美術誌『ギャラリー』(ギャラリーステーション)に「美の散策」を連載中。