
茨木市福祉文化会館
「IBARAKI CONTEMPORARY ART WEEKS(ICAW)」
会期:2025年6月28日~7月13日
会場:茨木市福祉文化会館
2025年6月28日から7月13日まで、茨木市福祉文化会館の全フロアを使用して、「IBARAKI CONTEMPORARY ART WEEKS(ICAW)」が開催されていた。「IBARAKI CONTEMPORARY ART WEEKS(ICAW)」といっても、今回が初めての実施なので聞いたことがある人はいないだろう。茨木市で実施されている4つのアート事業、「茨木映像芸術祭」、「SOU-JR総持寺駅アートプロジェクト」、「現代美術-茨木」、「HUB-IBARAKI ART PROJECT」が期間中、茨木市福祉文化会館を使って合同で実施したアートイベントである。
茨木市福祉文化会館は、茨木市庁舎も近い中心部に位置しているが、茨木の特徴的なところは、JR茨木駅と阪急茨木駅の距離が少し離れており、その中間地点に市役所や消防署、税務署、裁判所といった行政機能が集中していることだろう。また、それらの周辺には広場や公園が広がり、由緒正しい茨木神社も隣接していることもあり、教会を中心として都市機能が集中するヨーロッパの都市のような構成をしている。
そもそも関西在住者ではないと、茨木市がどこにあるのかよくわからないかもしれない。茨木市は大阪の中心部と京都の中心部の中間地点にある北摂にあたり、交通の便がよい。住宅地が多く、京都・大阪・神戸のいずれの文化施設に行くのにもストレスがない。あるいは新幹線の新大阪駅や伊丹空港へのアクセスもよく、関西圏以外に移動するのにも最適な場所といってよいだろう。そのように言えるのも、私自身7年間、阪急茨木市駅の近くに住んでいたからだ。
ただし、茨木市の文化施設を目的に市外から来ることはほとんどないだろう。著名なところで言えば、安藤忠雄の「光の教会」などもあるが、それは文化施設ではない。市外から見に来る人がいたら、安藤忠雄か建築に関心のあるものだろう。しかし昨年、文化・子育て複合施設「おにクル」が開館し、新たなスポットとして注目されている。図書館、ホール、プラネタリウムなどが1つの棟に収容され、館内の中央の吹き抜け空間に設置されたエスカレーターを軸に、垂直の広場を内包したような設計と、各層にテラスが外の風景に向けて伸び、周囲の公園とつながるランドスケープは、茨木市の新しい憩いの場となっている。

おにクル
安藤忠雄と同世代の著名な建築家、伊東豊雄による設計で、せんだいメディアテークのように鉄骨チューブといった新たな構造体を用いたり、多摩美術大学図書館のように特徴のあるアーチ窓や極薄の柱を用いたりするなど、視覚的にも構造的にも強い個性を建築で知られている。しかし「おにクル」に関しては、必要とされるものをリサーチし、極限まで機能性を追求した結果、視覚的、造形的効果よりも、体感的な効果が最大化されるように設計されているように思える。だからこそ、内部に入り、実際に使うことで、サインやインテリアなどの細部に至るまで、心配りがなされていることがよくわかる。その証拠に、平日でも、親子連れから年配の方まで多くの人々が利用し、歓談し、憩いの場となっている。このような施設ができるのなら、もっと茨木市に住んでおくのだったと後悔するようなレベルであるが、その性質上、市外から残念ながら「おにクル」に何度も通うということはないかもしれない。
ひるがえって、茨木市福祉文化会館の「IBARAKI CONTEMPORARY ART WEEKS(ICAW)」は、茨木市民に開かれたアート施設であると同時に、市外から人々を呼ぶ最後のピースが誕生したように思えた。1967年に開館した茨木市福祉文化会館の設計者は誰かわからないが、ゴシック的な垂直の窓枠が伸びており、茶色の円形窓のある部屋がジョイントされているような、箱型のモダニズム建築と少し異なる重厚で趣きのある建築である。主に福祉や文化に関する貸館を行っており、かつては結婚式も行われていたという。しかし、老朽化のために2024年5月に業務を終了し解体される予定になっている。

「茨木映像芸術祭」上映風景
解体業務のリサーチなどの間、期間限定の利用、茨木市の各地で実施していたアートプロジェクトが一堂に会するということが初めて実現した。それが実現できるのも、広さや部屋のタイプの豊富さ、さらにシアターなどを常設しているということもある。5階と4階では、映像系のアート作品のコンペティションをしている「茨木映像芸術祭」の入選作品が上映されていた。

「SOU-JR総持寺駅アートプロジェクト」展示風景

「SOU-JR総持寺駅アートプロジェクト」展示風景

黒宮菜菜 展示風景

エディ・タフル 展示風景
巨大なシャンデリアがあり、かつて結婚式も開催されていた3階では、「SOU-JR総持寺駅アートプロジェクト」のプロジェクトとして、松井智恵、ルジャ・リトヴァ、黒宮菜菜、さらに地下2階でも黒宮菜菜とエディ・タフルの展示を実施した。実力のある作家が揃っているということもあるが、いわゆる「美術館」の展示ではないが、空間としても十分強度のある展示になっている。コンクリートに囲まれている地下空間でも、それに負けないクオリティの作品を見せており、相乗効果になっているように思えた。

中屋敷智生 展示風景

今村源 展示風景

今村源 展示風景

わにぶちみき 展示風景

葛本康彰 展示風景

大前春菜 展示風景

山城優摩 展示風景
2階では、「現代美術-茨木」によって、スタジオやレジデンス制作に近い使用の仕方がされており、特徴的な色使いと、マスキングテープを使った偶然性のある形象を利用している画家の中屋敷智生は、部屋全体をペインティングするサイトスペシフィックな作品を制作し、葛本康彰も天井から部屋全体に網を垂らして、雲海の上に空が見えるようなインスタレーションを展示していた。風景から色彩のパレットを抽出し、さらに抽象化した風景に変容させる、わにぶちみきは、窓から見る風景から平面作品を制作した。また会期中もスタジオとして作品を制作している。和室では、大前春菜が、畳のある空間をイメージし、肉体のフォルムを抽象化し再構成した巨大な彫刻を展示した。すでに長いキャリアを持つ今村源は、日常的に使用する道具を組み合わせたキネティックアートを制作しているが、その繊細な手付きは、まるで生け花を生けて空間に華を添えるような美しさがある。今村は、様々なモノを組み合せて、空間を活かして、まさに動きを与える作品を制作している。反転したマネキンが回転している作品はインパクトがあるが、その奥には今村による悪戯心のある仕掛けが施されており、閉じられたフェンスの隙間から中を除くと、空調によって回っている風車が見えている。さらに1階では、山城優摩によって、巨大なスクリューのような半立体的な作品が、インスタレーションとして展示されており、さらにダイナミックに空間を動かしているように見える。

井上唯 上映風景

尾角典子 上映風景
地下1階では、「HAB-IBARAKI ART PROJECT」の招聘作家である、井上唯と尾角典子が映像作品、アニメーション作品を上映している。こちらもまた、コンクリートの地下空間にマッチした使用の仕方になっている。また、休館日に行ったので、その日はやっていなかったが、茨木の築100年超の木造建築をリノベーションし、設計事務所・アートギャラリー・カフェを擁するオルタナティブスペース「GLAN FABROQUE」を運営する空間デザイナー、河上友信が、茨木市福祉文化会館にあった器具や廃材を再利用して、カフェを運営していた。

カフェ
「IBARAKI CONTEMPORARY ART WEEKS(ICAW)」では、あらゆる可能性が示されている。つまり、茨木市福祉文化会館という、1970年以前に建てられた魅力的な建築を再利用していること。美術館のない茨木市の中心部に巨大な展覧会場ができること。アーティストレジデンスも可能なスタジオができること。それらがもたらす影響は図りしれない。関西でも京都を中心に多く共同スタジオができているが、これほど大きく、交通の便のよい場所にあるものはない。共同スタジオやレジデンス施設ができれば、多くのアーティストや海外からのキュレーターが訪れ、情報が集まり、また世界に発信されるようになるだろう。また、市民にとっても身近でアートに触れられる場所になる。近年、全国的にも浸透し始めている、より能動的に美術鑑賞を行う、対話型鑑賞教育を実施する場にもなるだろう。おそらく「おにクル」と相乗効果となり、関西でも一大拠点になるのではないか。
逆に言えば、このまま解体することは、それらの大きく未来に開かれた機会がすべて失われることになる。多くの自治体が財政に窮するなか、機能を集約させて「おにクル」を開館させたことは、茨木市民の人生に大きなプラスになるだろう。子育て世代は充実した子育て施設となり、「おはなしのいえ」で絵本の読み聞かせをしたり、1階に備えられた遊び場「もっくる」や公園で遊ばせたりすることができる。受験生は図書館で調べ物をしたり、勉強したりすることもできる。市民活動の交流の場にも、ワーキングスペースにもなる。ホールでは様々なコンサートが聞け、音楽スタジオで音楽の練習うもできる。1階のオープンギャラリーで展覧会をすることもできなくはないが、その他の施設と比べると弱い。茨木市福祉文化会館がアートの展覧会場となったり、スタジオとなったり、映像作品の上映会場となったり、子供向けのアートのワークショップや対話型鑑賞教育の場になると、欠けたピースを補って余りある。
「おにクル」は素晴らしい施設だが、茨木市福祉文化会館のような時代性を感じる佇まいは二度とつくることはできない。今まで解体する予定で、このような市民の活動によって残っていった建物の例は幾つもある。神戸の芸術団体C.A.P.(特定非営利活動法人 芸術と計画会議)が入居している、神戸市立海外移住と文化の交流センターも、1928年に国立移民収容所として設立された近代建築で、神戸移住教養所、外務省神戸移住斡旋所、神戸移住センター、神戸市立高等看護学院、神戸海洋気象台と用途が移り変わり、C.A.P.が期間限定で使用したが、その後、ブラジルの日系移民などから保存する声が高まり、2009年、「海外移住と文化の交流センター」として保存・再整備がなされ、アーティストの共同スタジオとしても使用されることになった。C.A.P.が現在まで関西のアートシーンにもたらしている影響は大きい。茨木市福祉文化会館や共同スタジオや展覧会場となれば、勝るとも劣らないインパクトになるだろう。
再び保存・活用へと舵を切るのは難しいのかもしれないが、それを実施するだけの意味はあると思える。ここまで可能性を拓いた状態で、あまりにもったいないと思えるので、「おにクル」を実現させ、茨木市福祉文化会館の限定利用を進めた、実績と実行力、先見の明のある市政が、再利用する方向に舵を切ることに願いたい。