環境と建築と身体を結ぶ展覧会のかたち「入るかな?はみ出ちゃった。~宮本佳明 建築団地」宝塚市立文化芸術センター 三木学評

展示風景

「入るかな?はみ出ちゃった。~宮本佳明 建築団地」
会期:2023年9月16日(土)~10月22日(日)
会場:宝塚市立文化芸術センター

2023年9月16日から10月22日まで、宝塚市立文化芸術センターにおいて、建築家、宮本佳明による驚くべき展覧会が行われていた。できればもう少し早く行って、会期中に記事を公開したかったところだ。

招待状が送られてきていたのだが、そもそも宝塚市立文化芸術センターという施設は聞いたことがなかったこともあって行くのが会期末になってしまった。というのも宝塚市立文化芸術センターは、もともと宝塚ファミリーランドのあった場所で、2003年4月宝塚ファミリーランドが閉園し、9月、宝塚ガーデンフィールズとして生まれ変わったというニュースを聞いたのがつい最近のことのように思っていたが、2013年にはそれも閉園。その跡地にできたのが、宝塚市立文化芸術センターというわけだ。しかし、開館を予定していたのが新型コロナウイルスの流行が始まった2020年4月だったこともあり、オンラインや限定的に開館されるなどの経緯を経たため、その存在があまり周知されていなかったということもあるだろう。

近年、建築家の展覧会は各地で開催されるようになった。しかし、建築の展覧会は、その時点で矛盾を抱えることになる。つまり、作品そのものが展示されないということだ。実物の建築を展覧会に持ち込むことはできないので、設計や模型、記録写真や映像、CGなどといった、建築資料の展覧会になるのだ。その不可能性に向き合うか、あるいは向き合わないかが建築展の鍵となる。

2021年に京都市京セラ美術館で行われた「モダン都市京都」展では、模型や資料、家具などを展示し、実物を確認したい方はカタログを片手に回ってください、という考え方だった。2023年、大阪中之島美術館で開催された「新宮 晋+レンゾ・ピアノ展」では、スタジオ・アッズーロが、建築とは別の映像体験を提供していた。双方にひとつ解といえる。

今回、宮本は今まで行われてきた建築展とは全く別な手法で、展覧会において建築を体験させるという方法を試みていた。それは、今まで宮本が建てた11軒の建築の「原寸大の模型」を館内に建設するということだ。もちろん一軒ですら、原寸大の模型を美術館やギャラリー内につくるのは難しいが、例がないことはない。2004年にKPOキリンプラザ大阪で開催されたアトリエ・ワンの「街の使い方」展では、原寸大スケールの蚊帳によって建築を再現していた。それはアトリエ・ワンの建築が、小さかったから可能であったということもある。

展示風景

宮本の場合、比較的小さな作品もあったが、宝塚市立文化芸術センターのギャラリーよりも大きなサイズの建築もあり、当然原寸大の模型を収容できるわけはない。そこで、宝塚市立文化芸術センターを、まさに中心にして、その空間に少しずつ顔を覗かせるように白い原寸大模型を施工し、仮想的にギャラリーの奥に続く建築を想像させるという仕掛けにしたのだ。そして、その仮想的な実物の建築を想像させるために、設計図や模型、写真や部材を合わせて展示した。最初は、不思議な白いオブジェが各壁面から飛び出しており、どのような意味が分からなかった。そして、次第にその仕掛けに気付いたとき、いっきに建築を感じることができ、同時にありえない建築の集合体を想像し、思わず声を挙げてしまった。ここに至る宮本の展覧会の試みは、それまでに大きな蓄積がある。

最後に種明かしされた展示模型。会場の外に建築がはみ出している。

宮本の建築事務所は宝塚にあり、宝塚市立文化芸術センターともほど近い。今回、展覧会が開催されたのは、「Made in Takarazuka」というシリーズの一環でもある。その宮本の名が世の中に知られるようになったのは、阪神・淡路大震災の時に「全壊」判定された自宅(現・事務所)を、鉄骨を張り巡らせて再生させた「ゼンカイ」ハウスと、1996年、磯崎新がコミッショナーとなった第6回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展に出品した阪神・淡路大震災の大量の瓦礫だろう。宮本は、実際の震災の瓦礫20トン超を現地に運び、床一面に積み上げるインスタレーションを展示した。それは戦後、「都市は再び廃墟となる」というテーゼを掲げた磯崎新の予言的な展示でもあり、廃墟をテーマにした写真家、宮本隆司が撮影した阪神・淡路大震災の写真展示と、地震直後に流れたラジオやテレビの放送を流した石山修武の装置と相まって、戦後、高度に築かれたはずの都市や建築の脆さ、危うさを暴露することになった。宮本の関心は、その頃から建築を成立させる環境、土台にあったといってよいだろう。宮本は後に計画と地形のズレによって発生する意図しない要素を「環境ノイズエレメント」と称するようになる。

同時に、建築にとって展覧会とはどのようなメディアなのか、ということを考え続けてきた建築家でもある。その後、KPOキリンプラザ大阪で開催された展覧会「宮本佳明展 巨大建築模型ミュージアム―環境ノイズエレメントを解読し、都市を設計せよ―」では、宮本の設計事務所がつくった精巧な模型が大量に展示された。そこでは実物の建築のモデルとしての模型ではなく、模型自体が一つの作品として取り上げられると同時に、全体としてインスタレーション作品にして展開されていた。そこで特徴的だったのはすべての模型が模型単体としてではなく、建てられた地形など「環境ノイズエレメント」との関係が強調されたものだったことだろう。

次に宮本が取り組んだ2013年に開催された「あいちトリエンナーレ」では、模型と原寸大を組み合わせた。宮本は、「福島第一さかえ原発」と銘打ち、メイン会場の愛知芸術文化センターの地下2階から地上10階までの空間に、赤と黄のカッティングシートを使って、福島第一原発の原子炉格納容器、原子炉圧力容器の輪郭を描いた。また、不可侵の状態になった、原子炉を水棺化して閉じ込め、和風屋根をのせて荒ぶる神を鎮める神社にする「福島第一原発神社」の模型が展示された。一貫して追求されてきたのは、展覧会の空間でいかに現物を感じることができるか、という問いだろう。

自身が設計した実際の建築を、1か所にまとめるというのは、建築家にとっての一つの夢でもある。「新宮 晋+レンゾ・ピアノ展」では、レンゾ・ピアノの建築を集めた架空の島が模型でつくられていた。レンゾ・ピアノのジオラマといってよい。宮本の場合は、レンゾ・ピアノのような箱庭的、俯瞰的な見せ方ではなく、原寸大を空間にジョイントさせる方法で自身の建築の集合体を見せた。全体を見ると、すべてが建築の部分なので、どこのパーツかすぐには理解できないため、今まで見たことのないような迷路のようでもあり、彫刻家の展覧会のような印象になっていた。最初に感じられるのはそのフォルムの面白さ、豊かさである。

今回、すべての原寸大の模型を白に統一したのは、素材まで再現してしまうと、建築を見る想像力がそがれるからでもあるだろう。観客は最初にフォルムを感じ、そして、ディテイルの建築部材、模型、写真などを見て、建築を身体の次元にマッピングしていく作業を行っていくのだ。

手前「南芦屋浜コミュニティ&アート計画”Sacrificatio“」奥「SHIP」

11軒ある建築の中で実際訪れたことがあるのは、1番目に提示されていた、南芦屋浜コミュニティ&アート計画”Sacrificatio“のみであったが、それが環境ノイズエレメントの中から新しい利用可能な建造物をつくる最初だったのではないか。南芦屋浜震災復興住宅は、阪神・淡路大震災の被災者の居住対策として、住宅・都市整備公団により芦屋市の埋立地に建設されたもので、住民間のコミュニケーションを円滑に生み出すことを目的に、パブリックアート及びコミュニティアートのプロジェクトが実施された。日本では、非常に早いコミュニティのためのアートプロジェクトといってもよいだろう。2000年以降のいわゆる「地域アート」のように、観光客などの外向けの要素を入れる必要はないが、住民には開かれている必要がある。招聘された9人のアーティストの中で、宮本は唯一の建築家であり、破壊された防潮堤を模して、団地の東西、約400mを断続的に横切るように、コンクリート製の椅子をつくった。それは現在でも団地の休憩場や遊び場として使用されている。

「ゼンカイ」ハウス

こまめ塾

gather

その他の建築も特徴的なフォルムを持つものが多い。それは宮本が、いわゆる定型的なビルティングタイプから発想しているわけではなく、「環境ノイズエレメント」を含めた土地の条件と、人の動きという2種類の動的な要素を元に、最適なフォルムを導きだしているからだろう。さらに、建築が過ごす時間という要素も考慮されている。使うことによる傷み、環境による劣化、地震や災害など、建築がさまざまな外部条件によってどのように維持され、変化していくかという、3つの軸が見えてくる。例えば、コールテン鋼のような橋梁に使う錆が止まる耐候鋼などの使用もそうだろう。

真福寺客殿

クローバーハウス

香林寺ファサード改修

さらに言うなら、景観の中でどのように見えるかということも想定されているかもしれない。建築もまた環境の一つになっていくからだ。特に個人ではなく、公共的な性質を持つ建築や建造物ならその割合は大きくなる。特に今回、寺院などの半公共的な建築のダイナミックな設計は、宗教建築の今までにないアプローチとしても関心を持つことができた。最後に、北九州市立埋蔵文化財センターというコンペで勝ち取った建築計画の展示で展覧会は終わる。宮本がつくりだす公共建築がどのようになるのか、大いに期待させられた。

「ゼンカイ」ハウス

内部

内部

その後、近くにある宮本の設計事務所である「ゼンカイ」ハウスがオープンハウスとして見学が可能だったため見に行くことができた。駅に近いが川沿いに残る古い木造住宅が、巨大な鉄骨で支えら、内部も鉄骨がダイナミックに貫通していることに改めて驚いたが、阪神・淡路大震災を忘れない、生きた遺構にもなっていると思えた。20世紀よりもはるかに災害が絶えない現在、宮本の試みは改めて注目すべきだろう。

著者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究、美術評論、ソフトウェアプランナー他。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行っている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹-色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。

https://etoki.art/

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