「僕は小説家に転身したんだ」と言って、訪れた展覧会の芳名帳に“長者町岬”と書く。
それは樋田豊次郎氏のこと。長年、東京国立近代美術館の研究員として、同工芸館で数々の意欲的な展覧会を企画。その後、秋田公立美術大学の学長・理事長、東京都庭園美術館の館長を務めた。従来の日本工芸の技法や様式、職能的枠組から離れて、モノ作りの合理性に、社会的必然性といった見地から、斬新なデザイン・工芸論を展開してきた。
そんなキャリアの持ち主が館長を辞めてから「小説を書いている」と聞いた。しばらくして、私にも連絡があり「小説を書き終えて、出版社も決まった。そこで挿絵を描いてくれる画家を探しているだけれど、誰か知らない?」と。さらに「処女作の取材で奥さんと3か月パリに滞在してきた」、「美術書と違って小説は一般向けなので価格は1500円以下にしたい」など、あくまで小説家として身を立てるのだという意欲に満ちていた。私は挿絵を描く画家を紹介。挿絵に対する注目もかなり厳しかったと聞く。
そうして今年(2024年)1月末に刊行された処女作が『アフリカの女』(現代企画室刊)。1930年代パリでアール・デコの高級家具を扱っていた日本人美術商が商売に行き詰り、ニューヨークでの再起を模索するストーリー。主人公が渡米のために上船した豪華客船で、仕事仲間の女性等とのアール・デコ談義を軸に展開される。正直なところ、会話が美術史家ならではの教養論義のようで、小説としては堅苦しさが否めない。が、そこに美術史や美術評論ではなく、何故、小説でなければならないのか?という、強い意志は伝わる。
彼はプロフィールに「芸術創作を歴史学として解明することに限界を感じた」として小説家への転身を図ったと書いている。そこに、日本の美術館の興隆期に活躍してきた世代として、今日の日本の美術、美術館状況を思うにつけ、自分たちは一体何をやってきたんだ?という懐疑の念が感じられる。長年、数多くの展覧会を開催し、幾多の評論を書きながら、どれほどその真意を伝えられたのか? むしろ、内向きな専門的思考が、美術から多くの人々を遠ざけたのではないか?と。小説はそれに対する答えなのだろう。
そして新人小説家・長者町岬は、台湾の洋画家・陳澄波と藤島武二を主人公に第2作を書き上げ、来年刊行予定だという。