「展覧会備忘録 2024年10月~12月」(2)三木学評

時間ができたときに展覧会を見ているが、1つだけを取り上げ、長い論考を書くには時間も労力もかかる。しかし書かない限りは自分も人も忘れてしまう。もう少し簡易的に、備忘録的にすることで、紹介できなかった展覧会を取り上げていきたい。

一定の期間で開催された展覧会を取り上げるが、その期間中、記事を少しずつ増やしたり、加筆していくこともあるのでご理解いただきたい。

「生誕100年記念 人間国宝 志村ふくみ展 色と言葉のつむぎおり」
2024年10月8日(火)〜11月17日(日)
滋賀県立美術館

染織家、志村ふくみの生誕100年を記念した展覧会。100歳ともなれば、多くの場合、故人となっていることが多いが、志村の場合、存命かつ現役であるため、まさに100歳を祝う展覧会になっている点が異なる。

滋賀県立美術館は、1984年に滋賀県立近代美術館として開館し、多くの近現代美術の展覧会を開催してきた。例えば、1991年に開催されたマグダレーナ・アバカノヴィッチ展を見た塩田千春が、アバカノヴィッチの下で学ぼうと思って手紙を出したら、マリーナ・アブラモヴィッチだったという話はよく知られている。2021年に館長に就任した保坂健二朗氏が、「公園のなかのリビングルーム」というミッションを再定義し、新しい美術館像を模索している。

資金面で美術館の建て替えかなわなかったが、非常に居心地の良い美術館であるし、志村ふくみや小倉遊亀といった滋賀にゆかりのある女性作家たちのコレクション、さらにアール・ブリュット、滋賀県立近代美術館時代の戦後現代アートなど、個性的なコレクションがあるのも特徴だろう。展評を書くことができなかったが、同じく滋賀出身の川内倫子の写真展、川内によるアール・ブリュットのアーティストのドキュメンタリーなども素晴らしかった。

志村ふくみの展覧会は、過去何度となく開催されており、僕も滋賀県立美術館や京都国立近代美術館などでの展覧会を見た記憶がある。しかし、色彩を研究するようになって改めて見ておきたかった。

日本人で世界に通用する色彩の作家はほとんどいない、と失礼ながらよく言っているのだが、志村ふくみは別格だと思っていた。これには二つの意味があるが、世界といってもここでは主に欧米中心の、ということになると思うが、Colorと色彩の概念はかなり異なるため、同じ概念としては扱えない。西洋流の色彩観の土俵では、そもそも感覚が違うので通用しないということである。日本の場合、色彩の中に、素材性や質感、嗅覚のような別の感覚も付随しており、逆に言えば、そのような複合的な感覚において勝る部分はもちろんたくさんある。

しかしながら、志村の場合は、色面の配色を中心とした西洋的な色彩感覚においても素晴らしいと思えるし、天然染料で染め、織るという技術においても素晴らしいと思える稀有な作家である。また、展覧会のタイトルにもあるように、その探求において紡がれる言葉、随筆に見られる瑞々しい感性に心打たれる。

志村が色彩のことを勉強するのに、シュタイナーを学んだことはよく知られているが、ゲーテ、シュタイナーの系譜にある、対比的な色彩感覚と、自然から色彩を取り出し、それを織ってまとう、という日本的な世界観と技巧が、絶妙な形で融合している。個人的には、シュタイナーの思想や理論が、日本の伝統文化にすべて適応するとは思わないが、志村においては、それらがうまく統合されているように思う。紬織(つむぎおり)という、光沢感のない素朴な色合いが、むしろ素材感と配色の融合を強く感じさせる。もちろん対比的ではない配色やグラデーションなども多用している点もポイントだろう。

志村にとって、平面的な着物がカンヴァスのようなものであろう。これが立体的な洋服ならそういうわけにはいかない。ほとんどモダンアートのような還元的な配色に近づきつつ、それが同時に、着物であり、草木染めであり、庶民に受け継がれた伝統技法の紬織である、というコントラストが、独特な魅力を放っている。志村が影響を受けた民藝運動も、名もなき職人の技と、近代的な感性の融合したものといえるが、志村は独自の発展をさせたといえる。

展覧会では初期の作品から、『源氏物語』をテーマにしたもの、故郷、滋賀の風景をモチーフにしたものなど、紬糸のグラデーションを天井からつるしていくインスタレーションさらに織り機や絹の染め糸の展示など、抱負なコレクションを持つ滋賀県立美術館ならではの展覧会構成になっていた。

『源氏物語』のような物語の世界観や登場人物から、実際の風景までを紬織という、限られた要素で表現する力量は見事としかいいようがないが、伝統技法とゲーテ、シュタイナーの色彩理論や色彩思想、それを志村なりに咀嚼して一つの型に仕上げたことが何より素晴らしいと思える。多かれ少なかれ、今日の日本の現代美術のアーティストも同じ課題を抱えているが、志村はその頂点に近いところまでいると思える。

著者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究、美術評論、ソフトウェアプランナー他。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行っている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹-色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。

https://etoki.art/

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