ユアサエボシの特異な作品世界について「自分と自分´」でご紹介したわけですが、あの原稿を書いているときに、ずっと念頭にあったのが、「ユアサエボシとユアサヱボシの掛け合いを中心とした小説を書いたら面白いだろうな。文章だけではなく、挿画もエボシ自身が手掛けて……」という思いでした。
昭和の芸術家に擬態しているユアサエボシであれば、2026年から1967年にタイムスリップしたという設定で小説を書いてみるのです。そうすれば、自分は43歳、擬態先である「ヱボシ」も43歳になります。2人の同年齢の「ユアサ」が時空を超えて交錯するわけです。きっと、わくわくするような会話や芸術的な交流が生まれるはずです。
この発想の大きなヒントになったのが、今から約40年もの昔、北海道立三岸好太郎美術館で開催された特別展示「関根正二と三岸好太郎」でした。1988年10月1日から11月6日が展示の会期でした。

図録の1ページ目。新聞の見出しのようなレイアウトが面白い
関根正二(1899~1919年)はまごうかたなき天才画家でしょう。三岸好太郎(1903~1934年)もきらめく才能の持ち主。残念ながら2人とも夭折してしまいましたが、2026年の今でも熱心なファンが多く存在しているのです。
さぁ、この約40年前の展示の趣旨を「あいさつ」から部分引用しましょう。
大正期のすぐれた個性的画家のひとり、関根正二は、三岸好太郎が上京する二年前、わずか二十歳二カ月の生涯を閉じました。したがって三岸は関根正二と直接会ってはいませんが、明らかに関根正二の影響を受けたと思われる作品を残しており、また、中学校時代には、北大の黒百合会展で関根のデッサンを見たと考えられています。(中略)生前相見えることのなかった二人の画家の作品による出会いをごらんいただきたいと思います。
まぁ、このように直接、交流がなかった作家の展示を催行するというのは、特段、珍しいものではありません。しかし、この展示に併せて発刊された簡単な展示図録(?)が非常に面白かったのです。筆者は、トークショーやワークショップに招かれ登壇する際に、この図録を紹介することが多いのです。

図録と図版を収められる紙製のケースには関根正二「子供」が銀色で印刷されている
この図録はA3判の紙を真ん中で折っただけの簡易なものです。つまり全部で4ページしかないのです。体裁は新聞のようになっています。発行日は展示初日である1988年10月1日。見出しにはこう書いてあります。「関根正二と三岸好太郎 幻の対談記録か?」という特ダネ中の特ダネのような扱いです。記事の冒頭には、衝撃的な“発見”の経緯が記されました。簡単にAI要約風にまとめるとこんな感じでしょうか。
特別展示の準備をしていた学芸員が館内で一冊の原稿綴りを発見。中を見ると、関根(S)と三岸(M)との対談形式で縷々、文字が書き連ねてあった。生前会ったことのないはずの二人が対談をするという荒唐無稽さに、発見した学芸員も苦笑した。しかし、文章はリアルな内容だったので、その主要部分を図録の代わりに掲載することにした。ただし、この対談は、あくまでも「創作物」として読んでください。
どうでしょう。この遊び心。筆者は、こういう茶目っ気のある企画が大好きです。ちゃんと、創作物であることを断った上で、会ったことのない芸術家2人の対談を記録するという趣向に無類の面白さを感じるのです。2人の作品十数点に加え、河野通勢「河柳」(1915年)などモノクロの小さな図版が紙面のあちこちにレイアウトされています。
対談の内容は、美術史の成果を生かしたもので、まったく自然な流れです。実際には会ったことのない両者が、肝胆相照らす仲のように会話を交わしている様子が活写されており、大変、面白い内容なのです。

A4判のカラー図版が5枚、添付されている
また、付録というか、対談をより深く理解するのに役立ちそうな、A4判カラーの作品画像も5枚、付いています。作品は、関根正二「少年」(1917年)、「神の祈り」(1918年頃)、「子供」(1919年)、三岸好太郎「横向少年」(1922年頃)、「中国婦人群像」(1927年頃)の5点です。
対談を読み、このカラー図版をじっくり見ると、SとMとの類似した部分、異なる部分が浮き彫りになり、大変興味深いです。
最後のページを見ますと、宮城学院女子大学名誉教授の井上研一郎が解説文、つまり、幻の対談を担当したようです。井上は当時、この美術館の学芸員だったわけです。筆者はこの40年近くも前の井上のお仕事を高く評価しているのです。
同様の試みが全国の美術館で広がったらいいのにな、と思ったので、ご紹介しました。残念ながら、もう、この図録は美術館のショップでも手に入らないと思います。さすがに、古すぎるので。
そこで美術館に筆者から提案です。たかだか4ページしかない図録、というかほとんどパンフレットに近い体裁のものなのですから、この4ページをPDF化して無料公開できませんかね? 関根と三岸の図版が全部入れられなくてもいいので、この楽しい対談の文字部分だけでもいいので、美術館公式HPから読めるようにしてもらえればありがたいです。
全国の美術館の学芸員から「うちも、幻の対談企画をやってみよう」と思ってもらうためには、元となるテキストの公開が望まれます。全国で同様の図録が作られれば、もっとミュージアムも活性化すると思います。たいしてお金もかからないので、ぜひご検討ください。
「自分と自分´」の中でも申し上げましたが、「あったかもしれない過去」を想起することは、未来の新たな解釈=創造を生み出す可能性が大です。いったん、これは「虚構」「創作物」とした上で、自由に想像力・創造力の翼を広げれば、思いもよらないような良い効果が生まれるのではないでしょうか?
ユアサエボシさんに話を戻すと、2人のユアサが1967年に同じ年齢で出会ったり、同じ公募展に挑戦して、片方は受賞し、片方は受賞しない…みたいなドラマを両作家の応募作も挿画としていれながら、物語を転がしていけば、めったにない面白い「虚構ドキュメンタリー文学」が誕生すると思います。
あみだくじのような人生、彼はタイに彼女は高知にいると聞きたり
松村正直第6歌集「について」(現代短歌社)より引用
人生は複雑怪奇です。文学芸術も当然、複雑怪奇です。私たちは、その複雑怪奇な在りようにロマンを感じ、楽しむ姿勢が必要なのだと思います。あみだくじのように、2人のユアサが交差し、関根と三岸が交差し……そんな夢を夢見たい、恋に恋する、本日の筆者なのでした。(2026年2月3日21時34分脱稿)

