架空の人物になりきる快楽をあなたは知っているはずです。
例えば、子どもの頃、あなたはぬいぐるみに色々としゃべらせていませんでしたか?
あくまでも、ぬいぐるみが自分の意思でしゃべっているという体裁で、自由奔放にしゃべらせていませんでしたか?
この場合、ぬいぐるみ、という「他者」をあなたが演じていたのです。ぬいぐるみと自分が対話をしているというのは、自分を「A」と仮定した際、「A´」(エーダッシュ)という新たな人格が増えたということです。AとA’とがおしゃべりをするというのは、要するに自己内対話をより豊かに展開するために必須の行程なのでしょう。
東京都現代美術館(東京・清澄白河)、ギャラリー小柳(東京・銀座)で作品が現在、展示されている、ユアサヱボシ(1924~1987年)という物故作家の場合も、この「A」と「A´」の関係に近い気がします。
物故なんかしていない美術作家・ユアサエボシ(1983年生まれ)が、まずは存在しています。彼は、戦前生まれの架空の三流画家であるユアサヱボシに擬態して制作をしているのです。(「エ」と「ヱ」が異なることに要注意!)。

ユアサエボシ「兵士」
エボシはヱボシという昭和期に活躍したへっぽこ画家になりきって、作品を発表します。美術館にもギャラリーにも展示されていた架空の年表のなんと精巧なこと!
年表に出てくる名前を登場順に紹介しましょう。
小林秀恒(1908~1942年)、福沢一郎(1898~1992年)、山下菊二(1919~1986年)、高山良策(1917~1982年)、加太こうじ(1918~1998年)、猪熊弦一郎(1902~1993年)、岡田謙三(1902~1982年)、篠田桃紅(1913~2021年)、小田実(1932~2007年)、鶴見俊輔(1922~2015年)。エボシさんが好きな人たちの顔ぶれを見ると、思想傾向や好きな美術運動などが自ずと浮かび上がってきます。
年表で分かる「ヱボシ」の人生を決定づけた出来事はこんな感じ。
・福沢一郎絵画研究所で見た、エルンストの画集「百頭女」を見て衝撃を受ける(1940年)
・山下菊二が描いていた「日本の敵米国の崩壊」の制作助手を務める(1943年)
・第1回前衛美術展から第4回前衛美術展まで、毎年出品を続ける(1947~1950年)
・ニューヨークに渡米。レストランで皿洗いをしながら制作に励む(1956~1958年)
・アトリエ兼自宅が火事で全焼し、重度の火傷を負う(1985年)
・火傷の後遺症により逝去(1987年)
細かなディテールも揺るがせにしない、「エボシ」の姿勢が、架空のはずの人物にリアリティーを宿します。
「あったかもしれない過去」を夢想することは、決して時代錯誤とか退嬰的とか、そういったマイナスのニュアンスでは捉えきれないです。
なぜなら、エボシは「これから先に起こるかもしれない未来」をヱボシに擬態しながら制作できるわけですから。「温故知新」ではありませんが、エボシには常に参照できるベースがあるわけです。創作をする際は、エボシとヱボシとで対話も重ねられるわけです。つまり、自己内対話を繰り広げることによって、作品世界も豊かなものになるのです。
森の中に鎮座する、ボロボロの「のらくろ」の置物が描かれた「兵士」(2024年)のキャプションには、こう書かれていました。
「漫画の中で活躍するのらくろに自分自身を重ね合わせて見ていたユアサが、その記憶を思い起こしながらこの大作を描いたのだろう」
自分が描いているのに、「ユアサ(ヱボシ)が描いたのだろう」と推測の形式で叙述しているのがユーモラスです。

ユアサエボシ「軍装姿の自画像」
「軍装姿の自画像」(2022年)には、書き割りのジャングルを背景に、軍装姿のユアサがポーズをとっています。口元を覆う半透明のビニールのような膜は、福沢一郎絵画研究所に通っていた頃、揮発性油に対するアレルギーのため、鼻と口を覆って制作していた自身の姿を反映しているようです。
と同時に、コロナ期における医療用マスクやフェイスシールドも想起させます。2022年の制作ですから、ある意味、一番、世間全体が「マスク、マスク」と口うるさかったころですから、当然、本作にもコロナ禍は影を落としている気がしました。

ユアサエボシ「GHQ PORTRAITS」(部分)
1945年、進駐軍相手に瓦に似顔絵を描き、日銭を稼いだという設定の作品「GHQ PORTRAITS」が実際に描かれたのは2017年です。日本に駐留したアメリカ軍兵士(GI)を相手に、瓦や陶器の破片、あるいは板に肖像画を描いて売る商売は実際にあったようです。72年も前の「ヱボシ」に擬態して、過去の史実を描いているわけです。真実を描く場合もあれば、虚構を描く場合もあるわけです。先ほどの自画像に登場した膜は、「虚実皮膜」(近松門左衛門)の「膜」なのかもしれません。

ユアサエボシ「Female Worker №4」
2017年の作品「Female Worker №4」では、原子力関係の施設を想起させる空間内で胴体が枝分かれした2人の女性が巨大なベーコンを持った姿が描かれます。メルトダウンを起こしたのでしょうか? 向かって左側の機械からは、巨大な煙が上がり、何やら不穏な雰囲気です。
2025年の作品「物見遊山」は、全裸の男の子と女の子がいかにも純真無垢でナイーブな雰囲気を漂わせて、異国の戦地と思しき空間を勇ましく前進するタンクの上に座っています。本作には特に解説パネル等はなかったのですが、筆者は林芙美子や藤田嗣治の姿を想起してしまいました。「物見遊山」というタイトルに込められた風刺を感じてしまった次第です。

ユアサエボシ「物見遊山」
さて、ただいま列挙した作品は、すべて架空の人物「ユアサヱボシ」没後の作品であることに気が付きましたでしょうか?
そもそもエボシが生まれたのは1983年。その4年後には擬態先の「ヱボシ」は亡くなっているのです。つまり、現在生きている、エボシが描く絵画群は、すべて「ヱボシ」没後に描いている作品という点は、非常に重要な事実だと思います。
つまり、ヱボシを擬態していても、制作している年は、あくまでもエボシが生まれて以降の、リアルな現代の作品として描いているわけです。描き手の中に、いわゆる「ノスタルジーの情」が込められているのではなく、現代の作品を描く上でより深みを増すための装置として、架空の作家を利用しているのでしょう。
これは、美術作家としては正しいと思います。もし仮に、制作年が本当は2020年なのに1966年制作という設定にしたとしたらどうでしょう。しかも、60年前の作品に見えるように、画面のあちこちに意図的な「汚し」を入れていたとしたら。これでは、ユアサエボシがユアサヱボシという画家の贋作を描いているのとほぼ同じことになってしまいます。
現代を生きる作家であるユアサが架空の作家に擬態はしても、制作しているのはあくまでも2020年代の、つまり現代の作品であると主張するのは、非常に筋の通った行為だと筆者は高く評価したいのです。
過去の美術史に介入し、「ありえたかもしれないもう一つの作品」を生み出すユアサの手際は鮮やかです。同時にエボシとヱボシの掛け合いが画面の向こう側から聞こえてくるようで、「美術ってなんだろ」「評価ってなんなんだろ」といった根本的な問いかけを自然に促してくれる作品群です。
古代ギリシャの歴史家・トゥキュディデスの言葉ともいわれる「歴史は繰り返す」という名言は皆さんも学校で習ったのを覚えていらっしゃることでしょう。ユアサエボシが参照する三流画家がたどった人生(=歴史)は再び繰り返されるのかもしれません。
もしかすると、過去の作家を擬態して制作することによって、ユアサは未来を見ようとしているのかもしれません。そんなことを考えながら、美術館とギャラリーを回ってみるのも面白いかもしれません。ちなみに美術館の方は、ユアサのワンマンショーではありません。森村泰昌や豊嶋康子、ミヤギフトシらによる「複数の自己をめぐるイメージ」を多角的に展観していく、非常に志の高い好企画ですので、アート好きの方にはお勧めです。
ありえたかもしれない、もう一人のあなたがあなたと一緒に美術鑑賞をするーーそこでどんな自己内対話が生まれてくるのでしょうか。きっと楽しい一日になることと思いますよ。(2026年2月2日21時40分脱稿)

