「三番手」からの脱出〜単眼鏡が切り開いた下村観山の新たな視野とは?@東京国立近代美術館

今年3月17日に東京国立近代美術館で始まる「下村観山展」に先駆けて、単眼鏡で下村観山(1873〜1930年)の作品を見ることを推奨する『「下村観山展」出品作品特別事前鑑賞会』が、昨年10月同館で開かれた。

この件については、もちろん昨年から書こうと思っていたのだが、多忙の極みが続いて今になってしまった。という言い訳はさておき、下村観山の作品を単眼鏡で見る意味が大いにあったということは、筆者にとっては大きな発見だったことを、ここでとにかくお伝えしておきたい。

下村観山《木の間の秋》(1907年、二曲一双、東京国立近代美術館蔵)展示風景

下村観山は明治期に日本画の革新の一翼を担った画家として知られている。一方で、菱田春草や横山大観ほど多くは取り上げられない。はっきり言うと、「三番手」と言う印象が否めなかったのだ。しかし、単眼鏡というツールは、ひょっとしたらその「常識」を変えるかもしれない。

鑑賞会で見た下村観山の作品《木の間の秋》(1907年)は、驚くほど細密に描かれていた。斬新な表現を生み出した菱田春草とも、大胆さが時代にアピールした横山大観とも、まったく異なっていたのだ。《木の間の秋》は2013年に横浜美術館で開催された「下村観山展」にも出品されていたので作品自体は見ていたはずだが、記憶は薄らいでいた。だが、今回単眼鏡で見て、おそらく横浜の時とは全く異なる知見を得るに至った。

この絵には、まず意識しておきたい大きな特徴がある。光を大胆に採り入れたことによる陰影表現だ。全体の鮮やかさを創出しているのは、木の間に差し込む光であり、必ずしも光に満ちているとはいえない本当の森の中で日の光が実景の美しさを演出している様子さえ想像できる。岡倉天心という指導者の下で春草や大観と一緒に西洋絵画の表現を研究しつつ新しい日本画の模索をした中で、江戸時代以前にはあまり見られなかった陰影表現に挑み、ここまでの効果を上げているのは、観山の底力を物語る。

さて、ここで読者に単眼鏡で見たつもりになっていただくために、部分拡大をした画像を円形に切り抜いてみた。いかがだろうか?

下村観山《木の間の秋》(部分、1907年、二曲一双、東京国立近代美術館蔵)

まず、木の幹や葉っぱの描写が極めて細かいことが如実にわかるのではないか。樹木の幹の手前にある木の葉も、かなり細密に描かれている。しかし、油彩画の写実とは明らかに異なる類の美しさを放っている。

写実的な描写は、西洋絵画の真似か? いやいや、観山の作品を単眼鏡で見ると、そんな中途半端なものではないことがわかる。写真のような表現とは少し違う。あくまでも細密に描くことで美しさを追求している。「耽美的」と言っておこうか。考えてみれば、細密だから写実的とは限らない。観山に限らず、むしろ、画家の頭と心の中で再生された画像が、手と筆を通して表現されていると考えたほうがいいのかもしれない。

もうひとつ作品を紹介しておこう。この日に一緒に見せてもらった観山の《唐茄子畑》(1910年頃)だ。こちらも、単眼鏡で見たつもりになっていただくために、円形に切り抜いてみた。黒猫がいることが、春草の名作《黒き猫》をほうふつとさせるが、この作品においては黒猫は主役では全くないところがかえって奥ゆかしさを感じさせる。観山の表現はここでも樹木や葉、さらには縛っている紐などの細密な表現にある。背景が金地なので、モチーフの細密性が際立って見えてくる。

春草とも大観とも異なる優美な世界を、観山は創出している。「三番手」からの脱出ができたのではないだろうか。

下村観山《唐茄子畑》(部分、1910年頃、六曲一双、東京国立近代美術館蔵)

下村観山《唐茄子畑》(左隻、1910年頃、六曲一双、東京国立近代美術館蔵)

なお、この鑑賞会ではVixenの4倍の単眼鏡が参加者向けに貸し出された。筆者はNikonの6倍の単眼鏡を所持していたため、2つを比べて見る機会となった。鑑賞会ではVixenの担当者から、「ほどよい光の取り込みと手ぶれを感じにくくすることから4倍が最適」との説明があった。確かに倍率が高くなると集光範囲が狭くなるから暗くなるのだ。とはいえ、平素から使っているNikonの6倍はレンズが秀逸なためか十分に光を取り込んでいた。一方で、Vixenの4倍にはほぼ手ぶれ感がなかったことも確認できた。

日本画の展示は多くの場合、作品保護の関係で展示ケースに入った状態で展示されるため、ガラス越しの鑑賞にならざるをえず、単眼鏡はとても有効なツールとして使える。何よりも、作品の細部を注視すること自体に、新たな楽しみを発見することができるのが、その最大のメリットだろう。

※写真は東京国立近代美術館の許可を得て、2025年10月14日に開かれた「下村観山展」出品作品特別事前鑑賞会で撮影したものです。

【展覧会情報】
展覧会名:下村観山展
会場:東京国立近代美術館(東京・竹橋)
会期:2026年3月17日〜5月10日
展覧会公式サイト:https://art.nikkei.com/kanzan/

下村観山《唐茄子畑》(1910年頃、六曲一双、東京国立近代美術館蔵)を単眼鏡で鑑賞するプレス関係者たち

著者: (OGAWA Atsuo)

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩美術大学芸術学科教授。「芸術と経済」「音楽と美術」などの授業を担当。一般社団法人Music Dialogueアドバイザリー・メンバー。
日本経済新聞本紙、NIKKEI Financial、ONTOMO-mag、東洋経済、Tokyo Art Beatなど多くの媒体に記事を執筆。多摩美術大学で発行しているアート誌「Whooops!」の編集長を務めている。これまでの主な執筆記事は「パウル・クレー 色彩と線の交響楽」(日本経済新聞)、「絵になった音楽」(同)、「ヴァイオリンの神秘」(同)、「神坂雪佳の風流」(同)「画鬼、河鍋暁斎」(同)、「雪を愛す」(同)、「雨を楽しむ」(同)、「龍安寺に思う」(同)、「藤田嗣治の技法解明 乳白色の美生んだタルク」(同)、「名画に隠されたミステリー!尾形光琳の描いた風神雷神、屏風の裏でも飛んでいた!」(和楽web)など。著書に『美術の経済』(インプレス)