「美術評論のこれまでとこれから」川浪千鶴

質問1これまでの美術評論でもっとも印象的なものについてお答えください。

カタログ「九州派展:反芸術プロジェクト」1988年、福岡市美術館
もしこの企画展がこの担当学芸員によって、このタイミングで、この規模や内容で開催されなければ、福岡土着の前衛美術集団「九州派」がその後国内外にこれほど広く知られることはなかったかもしれない。そして日本の前衛運動史の特異性、先駆性が世界に深く浸透する状況もかなり遅れたに違いない。
本展の意義は、黒田雷児氏の驚異的な調査力と緻密な分析力に裏付けされている。作品を残さなかった、作品が残るのをよしとしなかったと思い込まれ、地元で長く顧みられなかった九州派の作家と作品に氏が正面から向き合った成果は、独創的な作品群と優れた論稿として発信され、全国各地で同時多発的におきた地域の前衛美術運動を再評価する大きな起爆剤になった。
地方美術館のミッションに必ず掲げられている郷土美術への眼差しが時間をかけて各地で深化し、「地域美術」という新たな、大きな鉱脈を美術史に形成しつつある。本展とその論考はそうした原点のひとつ、まさに金字塔といえる。

 

質問2これからの美術評論はどのようなものになりうるかをお答えください。

美術館の現場で編み上げている「地域美術」が、既存の美術史の読み直しを推し進める可能性は高い。美術評論の新たな可能性のひとつになりうるのではないかと考えている。

 

 

著者: (KAWANAMI Chizuru)

インディペンデント・キュレーター。1957年生まれ、福岡市在住。早稲田大学第一文学部美術史学科卒業。1981年から2018年までの間に、福岡県立美術館学芸課長、高知県立美術館企画監兼学芸課長及び石元泰博フォトセンター長を務める。専門は日本の近現代美術史、美術館活動史。
主な展覧会企画には、「現代美術の展望‘94FUKUOKA 七つの対話」(1994)、「アートの現場・福岡 VOL.1?23」(1998?2008)、「菊畑茂久馬と〈物〉語るオブジェ」(2007)、「池田龍雄 アヴァンギャルドの軌跡」(2011)、「没後20年具体の画家 正延正俊」(2015)、「岡上淑子コラージュ展 はるかな旅」(2018)などがある。執筆活動のほか、大学講師や美術館評価委員等を務め、プロジェクト企画や審査等も手がける。