5000年前、縄文時代の愛知県豊田市にタイムスリップして、当時の縄文人が住んでいた住居をあれこれ選べる「縄文不動産」という“店舗”が豊田市博物館の開館記念展「旅するジョウモンさん―5千年前の落とし物―」の展示会場内にお目見えしています。多くの来場者から好反応を集めているとのうわさを聞きつけた筆者も過日、来店してみました。
いやぁ、実にユニークな取り組みです。壁面いっぱいに様々な不動産(=遺跡)が紹介されています。いくつか実例を紹介いたしましょう。(★印の記載は、入居者特典です)。
- 曽根遺跡(豊田地区) 豊田スタジアム徒歩5分の一軒家。一戸建て・1K・1階。コンロあり(石囲炉)。木造・土ぶき。19帖、5.7×5.6m(方形)、矢作川中流左岸。★神明式土器学べます!★お部屋に有難い石棒あります!★玄関に有難い埋甕あります!
- 日陰田遺跡(藤岡・足助地区) 冷蔵庫付き!山並みに囲まれた谷底の一軒家。一戸建て・1K・1階。コンロあり(石囲炉)。木造・土ぶき。8帖、3.9×3.4m、山並みに挟まれた谷底地形の東向き傾斜地。★貴重な冷蔵庫(貯蔵穴)付き!★数百個のトチやドングリをプレゼント!
各物件には、住居(=遺跡)のイラストが添えられています。それぞれの住まいのアピールポイントが的確に記載されており、「自分だったら、どの遺跡に住んでみたいかな?」という妄想が膨らみます。
縄文不動産の「強み」として、展示パネルには大真面目な調子で、こんな説明がありました。
「縄文時代中期に設立され、長い歴史と豊富な経験を持つ当社は、縄文時代の住居の特徴や生活様式に深い理解を持っています。歴史的な背景を踏まえた上で、お客様に最適な住居をご提案いたします。」
たくさんの不動産を見比べて、欲の深い筆者が一番、住みたいなーと思ったのは、大砂遺跡でした。
- 大砂遺跡(旭地区) 神秘的なマムシの取手と古代装飾が魅力の住居。一戸建て・1K・1階。コンロあり(石囲炉)。木造・土ぶき。12帖、4.8×4.0m、矢作川右岸。★長野の文化(つり手、取手、装飾)を体験!★伊那地方の唐草文も学べます!★土偶8つ、耳飾り3つをプレゼント!
愛知県内の物件なのに、長野県の文化が入り込んでいて、しかも貴重な文化財がたくさんもらえる、という点が気に入りました。会場内には、自分のお気に入りの物件にシールをつける投票企画が催行されていました。来場者は思い思いの物件にシールを付けて楽しんでいます。
筆者だけでなく、来場者もこの企画には大盛り上がり。
- 「入居者特典とコンロの有無に注目して選べるところが面白かったです」(愛知県在住、10代女性)
- 「これメチャクチャ上がりますね。一見して、不動産屋の広告が入っているのかと間違えました(笑)」(群馬県在住、男性)
- 「キッチンつきとか、担当者とか、笑えて、SNSでシェアしました」(愛知県在住、50代女性)
本企画のあまりの面白さに心を動かされた筆者は、すぐに博物館の学芸員の方に「どうやって、この企画を考えたのですか?」と尋ねてみました。
すると、豊田市博物館の展示コンテンツ制作等でお付き合いのある豊田市出身のデザイナー・武穂波さん(たけもしデザイン)から提案を受けたことがきっかけとなったのだとか。
歴史好きが高じて「歴史から住む場所を選べる物件探しプラットフォームがあったら面白いのでは?」と考え続けてきた武さん。
ある日、そんな妄想を豊田市博物館の学芸員2人に話したところ、「それは面白いね」と打てば響く反応が返ってきました。「2024年秋の展示で、そのアイデアを形にしてみませんか?」と、とんとん拍子で話がまとまりました。
武さんがそもそも「歴史から住む場所を選びたい」と思うようになったのは、2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」を見て、ゆかりの地である群馬県の「岩櫃(いわびつ)城」を訪れた際の熱い思いから、でした。
「岩櫃城跡は山城で特に目立った観光施設のない小さな山なのですが、そこから沼田市を一望している際、真田一家が見ていたかもしれない景色を前に、ここに来れてよかった、できることなら自分もここで暮らしてみたいなと心がわくわくする感覚を持ちました」
自分が尊敬する人たちが見ていた景色を、時代を超えて自分も見てみたいという思いが強まった武さんは、便利さや効率性だけでは計れない、心の豊かさを岩櫃城から受け取りました。
そして、「歴史はただの情報ではなく、人の心に深く関わるものだ」と強く思うきっかけになったのだそうです。
「縄文不動産」を実現するにあたって、武さんが参考にしたのはいくつかの書籍やSNS上のコンテンツでした。
- 実在しない生物をあたかも存在するかのように描き、緻密に創作した作品「鼻行類」(平凡社ライブラリー)
- スエヒロさんが2021年に作成した歴史のパロディー画像「三内丸山レジデンシャル、ここに始動」
- 「歴史はどの地域にも等しく存在する文化資産」という観点から「ヒストリカル・ブランディング」(角川新書)を上梓した久保健治さんとの対話
さて、いよいよ企画を実現化する際に、武さんが心を砕いたのは①ないものを在るように錯覚する面白さ②「あなたの住む場所(アイデンティティー)は素晴らしい!」というメッセージに歴史を翻訳して、実際に暮らす人の愛着や誇りの一助にしたいーーという2点でした。
この狙いを実現させるために、縄文時代の物件を現代風に翻訳する打ち合わせを豊田市博物館の学芸員と共に何度も実施しました。
また、“不動産”を紹介する際は、入居者特典や、担当者コメント・住んだ人のコメントを盛り込むことによって、「そういう見方もあるな、この物件良いのかも」と思ってもらえるような情報になるように武さんは心がけました。
さらに、物件紹介のイラストには優劣がないように、でも、遺跡の個性は出るように、できる限り史実に基づいた上で「川からの距離」や「遺構の特徴」を表現しつつ、絵による良し悪しが出ないように気をつけたそうです。
縄文時代の遺跡を、現代の不動産業者の視点から記述するという企画をじっくり鑑賞した筆者は、ある確信を持ちました。
「全国の博物館、埋蔵文化財センター、考古資料館がこの『縄文不動産』という枠組み・方法論を生かして、各館の不動産をそれぞれで展示したら実に面白そうだ」と。
さらに、こうも思いました。
「豊田市博物館が中心となって、全国の不動産の魅力を1冊にまとめた書籍版『縄文不動産』を刊行すれば、縄文時代に親しみたくても敷居が高くてなかなか近づけない人々からおおいに興味を持ってもらえるはずだ」と。
学術的な正確さは担保しつつ、縄文時代の遺跡を現代の不動産のようにして楽しく紹介する試みが、豊田市博物館から全国に広がることを筆者は心から願っています。(2024年11月6日22時15分脱稿)