第60回ヴェネチア・ビエンナーレ(2024年4月20日~11月24日)の総合ディレクターにアドリアーノ・ペドロサが任命されたのが2022年12月15日、日本館出品作家に毛利悠子が決定されたのが2023年6月12日、ヴェネチア・ビエンナーレのテーマが「どこにでも外国人」(Foreigners Everywhere)に決定されたのが2023年6月23日。日本館が受賞を狙うのであれば、主要国のように、この期間に戦略を持たなければならなかった。
ペドロサは、初の南米(ブラジル)出身であり、クイア(性的マイノリティ)であることを公言している。「歴史観は複数ある」ことを提示し、欧米流モダニズムに含まれてこなかった「外国人、移民、国外居住者、ディアスポラ(民族離散)、亡命者、難民、南半球と北半球を移動するアーティストに焦点を当てる」と語る。彼はサンパウロ美術館芸術監督として人種、ジェンダー、セクシャリティに焦点を当てた展覧会を企画してきた。
総合ディレクターの提示したテーマは各国の展示に強制はできないが、ほとんどの国がテーマを意識した作家の作品を提示している。国別展示と企画展どちらも原住民に関係する作品が受賞しているが、5人の審査員の専門が、ジェンダー、移民、アフリカ美術、植民地美術であるから納得の結果である。
今回は前回のジェンダー論から更に「マイノリティ」領域に踏み込み、移民、難民、原住民、植民地民、LGBTQ、アール・ブリュットの作品が多く、ウクライナ紛争を扱う作品もあり、イスラエル館前ではジェノサイドに反対するビラが撒かれた。世界の関心事がリアル・タイムで表象されているといえる。
日本館では毛利悠子の作品「Compose」が展示された。地下鉄駅水漏れ応急処置から発想した「モレモレ」シリーズと、果物の腐る過程の水分量変化を電気変換した「デコンポジション」である。企画展の中で、アメリカのダニエル・オテロ・トレスが水循環の巨大タワー作品を展示しており、毛利の繊細な作品と好対照をなしていた。日本の地理的な要因もあるが、他国作品と比較すると、喫緊の社会問題とは遊離した「異質」で「純粋」な世界のように感じられた。ビエンナーレ全展示を俯瞰してみると、国際情勢に無関心な日本の態度に物足りなさを感じることだろう。日本館の今後の展示に戦略が望まれる。