「泉イネ展 原画/2021-2023」
会期:2024年5月25日~6月30日
会場:Mizuho Oshiro Gallery(鹿児島市)
「清川あさみ展 ミスティックウィーヴ:神話を縫う」
会期:2024年8月8日~9月23日
会場:霧島アートの森(鹿児島県湧水町)
「かわるあいだの美術2024〈物語る予感〉 」
会期:2024年9月29日~10月14日
会場:鹿児島市立天文館図書館(鹿児島市)
初夏から秋にかけての鹿児島では、奇しくも異なる方向から糸に関わる展覧会が紡がれていった。
絵筆で服を織り上げるように、極めて繊細な写実を見せたのが泉イネである。一筋の糸や繊維の絡み合いまでも再現したかのような細密画は、格別に緻密なキャンバスの織目と地続きにみえる。その平面的で素材の手触りを伝える写実は、宋代の写生画に通じる画工の仕事である。徹底的に対象物に仕えて近代的自我を無化するほど、物としての作品が静かな存在感を増し、人の営みに欠かせない衣食住の中で、冒頭に置かれた衣と人との根源的な関係性に触れていく。
清川あさみは、刺繡糸で壮大な神話的世界を描き出す。メタリックに輝く色糸を使った華麗な装飾性は、過去の作品に連続する。今回の中心的な大作《Our New World(Kirishima)》では、神話をモチーフとして引用するばかりでなく、霧島で取材した自然環境や民俗を絡めて、同地の現在につながる物語絵巻が仕立てられた。その世界はきらびやかであると同時に、どこか禍々しい。山川草木に由来した神々が生動するアニミズム的思考は、感情移入が容易な融和的な自然観にもとづく。一方で、災害のたびに〈想定外〉という言葉が繰り返されるように、自然は人間の想像を超える破壊力をもった物理的な力である。そうした力としての自然を、ロマン的な崇高感情で染め上げるかわりに、クールに織り込む。もう一つの《Our New World》では、親しみ深い自然が瞬時にカタストロフィに反転する、危ういバランスの支点から眺められる光景が縫い留められていた。都会の雑踏で突然頭部が発光する人物を描く《What is my presence?》においては、啓示を受けたのか、アイデンティティの危機によって暴発したのか、次の瞬間にどのようにも転び得る特権的な一瞬を捉える。ゲルハルト・リヒターを咀嚼した跡のみえる画像が、垂直水平方向にめぐらされた糸の効果によって、揺らぎながら空間に浮かび出る。清川は、これまで鮮やかに切り取ってきた現代の刹那的な輝きを、普遍的で大きな物語に撚り合わせる方向へと舵を切ったようだ。
糸で、分裂する細胞のような有機的オブジェを編む平川渚は、図書館の中空に、古書を繋いだ大ムカデを舞わせる。手描きとコラージュを取り混ぜて地域の仮面の伝承を赤い紐で繋いだ、しまうちみかの相関図からは、次の地点を探すように紐の端が垂れる。いま地域文化に広がる綻びが、各作家それぞれの方法で繕われながら、踏襲とは異なるオルタネイティブな表現に変容されていく。
※初出:「連載 評論の眼」『月刊ギャラリー』2025年1月号より転載。