第111回九州藝術学会
2024年12月7日(土)13:25〜14:25
鹿児島市立美術館 地階
【発表要旨】
⼩清⽔漸論 ――「作業台」シリーズと「⽔浮器」シリーズの関連を中⼼に
秋丸知貴(滋賀医科⼤学)
本発表は、もの派の彫刻家⼩清⽔漸(1944-)の芸術活動、特に1974年から始まる「作業台」シリーズと1975年から始まる「⽔浮器」シリーズの関連を集中的に考察する。
⼩清⽔は、もの派の中⼼作家であるにもかかわらず作品が難解な上に⾃作を解説することが少ないので、これまで峯村敏明や北澤憲昭等の少数の論者を除いて本格的な研究論⽂は少なかった。特に、「作業台」シリーズ以後の作品は造形要素も多く、素朴な反造形主義とされるもの派の通念と異なるので研究に取り上げられること⾃体が少なかった。
しかし、2010年に稲賀繁美が「作業台に座る⽯たちは、なにを語るか」で、⼩清⽔の「作業台」シリーズがジャック・デリダの『絵画における真理』(1978年)における本体(エルゴン)と装飾(パレルゴン)の関係の脱構築よりも数年早いことを指摘したことで改めてその重要性が注⽬されている。これを受けて、2015年以来発表者は、⼩清⽔の「作業台」シリーズに関する展覧会を2回キュレーションし、⼩清⽔とインタヴュー・対談・シンポジウムを重ね、本年11 ⽉8⽇には「もの派の淵源」展国際フォーラム(上海AAEFアートセンター)で⼩清⽔と公開対談も⾏った。これらの継続的かつ最新の研究成果に基づき、本発表では「作業台」シリーズとそれに深く関連する「⽔浮器」シリーズの制作過程を詳細に解明する。
2019 年に拙稿「Qui sommes-nous? ――もの派・⼩清⽔漸の1966年から1970年の芸術活動の考察」で⽰したように、1968年に⼩清⽔は《位相‐⼤地》により芸術表現における観念性から実在性への転換を経験した。また、2019年に拙稿「現代⽇本美術における⼟着性――もの派・⼩清⽔漸の《垂線》(1969 年)から《表⾯から表⾯へ‐モニュメンタリティー》(1974 年)への展開を中⼼に」で明らかにしたように、そうした《位相‐⼤地》がもたらした作者の主観的構想以上の物体の客観的性質の強調は、⼩清⽔に⻄洋彫刻とは異なる、素材の性質や⾃然との関係を重視する⽇本の伝統的な造形的感受性を開眼させた。さらに、2021年に拙稿「現代⽇本彫刻における⼟着性――もの派・⼩清⽔漸の《a tetrahedron‐鋳鉄》(1974年)から『作業台』シリーズへの展開を中⼼に」で論じたように、そうしたもの派としての経験から、⼩清⽔は⻄洋の⼈間中⼼主義的な彫刻観とは異なる、時間的にも空間的にも⼈為的な完結を保留する⾃然に開かれた「作業台」シリーズを⽣み出したのである。
これに並⾏して、同時期に同様の脱⻄洋志向から⼩清⽔が取り組んだのが「⽔浮器」シリーズである。この陶製の器に⽔を張り物体を浮かべることを基調とする連作もまた、⽯膏や⻘銅による具体的な⼈体像を⾄上とする⻄洋彫刻を相対化する試みであり、彫刻の中に⽇本の伝統的な⼯芸的感受性を⽣かすものであった。そして、時に組み合わされる「作業台」シリーズと「⽔浮器」シリーズは、ただ単に彫刻において⻄洋と東洋を対⽴させるのではなく、互いに補い合うより普遍的な⽅向性を⽰唆するところに現代的な意義があると指摘できる。