葛飾応為の肉筆浮世絵に見る女性画家の革新@太田記念美術館

葛飾北斎の娘で、江戸末期の女性画家として知られている葛飾応為(かつしか・おうい、生没年不詳)の肉筆画《吉原格子先之図》が、所蔵元の太田記念美術館(東京・原宿)で開かれている『葛飾応為「吉原格子先之図」 ―肉筆画の魅力』展(11月26日まで)に出品されている。同館によると、コロナ禍を挟んで3年半ぶりの公開という。

葛飾応為《吉原格子先之図》 文政~安政(1818~60年)頃 太田記念美術館蔵 展示風景(撮影:小川敦生)

シルエットの男たちは「闇」の象徴か

この作品には実に様々な魅力がある。列挙してみた。
・現代の目で見ても、明暗の描き分けが斬新。
・吉原を題材にしつつ、遊女をクローズアップして描くような作品とは異なる独自の世界観を創出している。
・女性画家の実力を存分に示している。
・肉筆画なので、錦絵(多色摺り木版画)とは違って画家本人の微妙な筆触を楽しむことができる。

写実を踏まえた上での明暗表現に関しては、ここまでコントラストが強く刺激的な作品は、江戸時代以前の日本にはほとんどなかったのではないだろうか。この企画展を担当している太田記念美術館の渡邉晃学芸員によると、「江戸時代の日本では、夜は暗く描かなかった。月を描けば夜。見る人が補完した」という。そうした当時の常識の上に立てば、応為の表現は極めて革新的だ。渡邉さんは、明暗表現に特徴のあるオランダ17世紀の画家レンブラントを比較の対象として挙げていた。

同展出品作より、鍬形蕙斎《両国の月》(右)、《飛鳥山の花》(左) 文化(1804〜18年)頃 太田記念美術館蔵 展示風景(撮影:小川敦生)。どちらの作品も同じような明るさで表現されているが、右の《両国の月》は夜の情景だ

しかも、ただ明暗を描き分けているだけではなく、随所に微妙な陰影を施すことで3次元空間を写実的に表そうという実験心が表れている。父親の葛飾北斎の一部の作品には、西洋絵画の陰影法の研究の跡が見られる。応為も西洋伝来の資料などを見ながら、画法を研究していたのだろう。

この絵の主たるモチーフは、誰あるいは何なのだろうか。奥に一人だけ花魁と見られる遊女の姿が小さく描かれているが、ほかの遊女は格子に阻まれて、ほとんど全身像を確認できない。最も重要なモチーフは格子窓なのではないか。

葛飾応為《吉原格子先之図》(部分)

建物の外で品定めをしている男たちがシルエットで描かれていることと、格子の向こう側が光に満ちた世界であることの対比は、何を物語っているのか。応為はひょっとすると、シルエットの男たちに「闇」を感じていたのではないか。光に満ちた世界は、そのまぶしさの裏に何かを秘めている。応為はリアリズム絵画と見せかけながら、社会の闇を表現しようとしたのではないか。想像力を掻き立てられる。

この絵が女性画家の作品であることに注目する人は、おそらく多いだろう。今でこそ、女性の美術家は以前よりも活動しやすくなっているが、なにせ江戸時代の話である。しかし、当然のこととして、すぐれた能力を持つ女性は、当時もあらゆる分野にいたはずだ。北斎の作品の中には応為が手がけたものがあると言われているが、たとえ父親の手伝いをする形だったとしても、応為が才能を開花させたのは貴重なことだったと思う。

葛飾応為の署名が隠されていた《吉原格子先之図》

さらに重要なのは、この作品の中に応為の作者としての署名が入っていることだ。

葛飾応為《吉原格子先之図》(部分)

葛飾応為《吉原格子先之図》(部分)

画面右側の大きな提灯に「應(応)」、画面中程の子どもが持っている提灯に「為」、そのすぐ左の筒形の提灯に「栄」という文字が見える。画号「応為」と本名の「栄」が、隠し落款(暗号のように書き入れられた署名)として記されているのだ。応為はただ父親の手足あるいはアシスタントとして働いていたわけではなく、絵師としての自覚と主張を持っていたということだろう。実にいい。

応為の技量がよくわかる肉筆表現

浮世絵師が描いた肉筆画は、しばしば「肉筆浮世絵」と呼ばれる。巷では浮世絵といえば錦絵のことを指すので、区別しているのだ。肉筆浮世絵には、錦絵とは違って、絵師の技量がそのまま出る。どういうことか。錦絵は、まず版元すなわちプロデューサーが企画を立てて絵師に下絵を依頼し、その下絵を基に彫師が板木を彫り、摺師がその板木に絵の具を載せて紙に摺るという工程を経てようやくできあがる。絵師の役割は墨で輪郭線を描いて色指定をするだけだ。つまり、細かい部分や彩色については、絵師は手がけないのである。

《吉原格子先之図》のシルエットの人物に光が当たった部分の細かで微妙な濃淡は、肉筆画でなければ表現するのは難しい。応為が相当な技量を持つ画家だったことがわかる。

晩年の葛飾北斎の世界観を表した肉筆画

同展には父、葛飾北斎の肉筆画も展示されているので紹介しておきたい。

葛飾北斎《羅漢図》弘化3(1846)年 太田記念美術館蔵 展示風景(撮影:小川敦生)

《羅漢図》は、北斎が亡くなる3年前、87歳の作だ。晩年の北斎は錦絵よりも肉筆画の制作に精を出していた。版元の意向に従う必要がなく、自分で描きたい絵を描くことができたからと言われる。

それにしてもこの絵の筆致は濃密だ。なんと力強いことか。羅漢は手に持つ鉢から黒い雲を湧き立たせている。雲からは稲光。なかなか不気味である。《冨嶽三十六景》シリーズの錦絵などとはまったく異なる世界観が、濃密な筆致で表現されている。

この絵に限らず晩年の北斎の肉筆画を見ていると、画家本人が乗り移ったモチーフを描いているのではないかとしばしば感じる。また、こうして親子の絵を肉筆画で比べると、まったく異なる特徴を持つことがわかり、実に興味深い。

※掲載した写真はすべて、プレス内覧会で主催者の許可を得て撮影したものです。

展覧会情報

◎展覧会名:葛飾応為「吉原格子先之図」 ―肉筆画の魅力
◎会場:太田記念美術館(東京・原宿)
◎会期:2023年11月1日~11月26日
◎公式サイト:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/exhibition/yoshiwarakoushi

展覧会概要
葛飾応為(生没年不詳)は江戸時代の浮世絵師で、葛飾北斎の娘でもあります。世界で十数点しか作品が確認されていないのにもかかわらず、北斎とも異なるその印象的な作風は多くの人を魅了し続けています。中でも代表作として知られる「吉原格子先之図」は、遊廓である吉原の光と闇を美しく描いた名品。本展では約3年半ぶりの出品となる同作とともに、太田記念美術館所蔵の肉筆画を多数展示いたします。(同展公式サイトより引用)

同展出品作より、二代歌川豊国《桜下短冊を結ぶ娘》 文政8〜天保5(1825〜35)年頃 太田記念美術館蔵 展示風景(撮影:小川敦生)。 渡邉晃学芸員は、「美人と従者のギャップが面白い」と話す

出品作より、作者不詳《浅草寺図》 江戸時代前期(1603〜1700年)頃 太田記念美術館蔵 展示風景(撮影:小川敦生)

著者: (OGAWA Atsuo)

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩美術大学芸術学科教授。「芸術と経済」「音楽と美術」などの授業を担当。一般社団法人Music Dialogue理事。
日本経済新聞本紙、NIKKEI Financial、ONTOMO-mag、東洋経済、Tokyo Art Beatなど多くの媒体に記事を執筆。多摩美術大学で発行しているアート誌「Whooops!」の編集長を務めている。これまでの主な執筆記事は「パウル・クレー 色彩と線の交響楽」(日本経済新聞)、「絵になった音楽」(同)、「ヴァイオリンの神秘」(同)、「神坂雪佳の風流」(同)「画鬼、河鍋暁斎」(同)、「藤田嗣治の技法解明 乳白色の美生んだタルク」(同)、「名画に隠されたミステリー!尾形光琳の描いた風神雷神、屏風の裏でも飛んでいた!」(和楽web)など。著書に『美術の経済』(インプレス)