ヘイリー・エドワーズ=デュジャルダン『色の物語 青』丸山有美訳(翔泳社、2023年)
私は一応「色彩研究者」という肩書きも使用している。写真と色彩の書籍『フランスの色景』(青幻舎、2014年)を港千尋さんと共編著したり、いくつかの論文に共著したり、レオナール・フジタ(藤田嗣治)に関しては、ポーラ美術館、国立情報科学研究所、東大、京大、東京藝大とも共同研究しているが、特に研究者番号を持っているわけではない。色彩の本を書いた後、色彩に関する執筆や授業、講演をする機会が増え、肩書きを付けた方がいいかと思い、色彩学者ではなく、「色彩を研究している者」というくらいの気持ちでつけただけである。そういう意味では、色彩研究家といった方が適当なのかもしれないが、いずれにせよ、そのような理由だと理解していただきたい。
もともとは、ソフト開発の仕事として、色を含めた感性語による画像検索エンジンや色彩分析ソフトをつくるにあたり、ほとんど独学で色彩を勉強し、結果的に多くの色彩関連の研究機関、大学、企業などに購入されるようなり、共同研究や文化交流を行うようになったことが経緯である。その後、自身の専門でもあった芸術分野や編集・執筆業と、徐々に接近するようになった。
前置きは長くなったが、書籍も編著している経験から言えば、色彩の本でヒット作を作るのは難しい。理由は、基本的に多く求められるのは配色などの実用の本であり、それらは流行が早い上、色をテーマにしているだけに、色の正確な再現性を求められるため、インクや紙の質を下げるわけにもいかない。その分、高額になるという問題もある。
ただし、色彩はアートよりも関心を持っていたり仕事として関わっていたりする層は広く、マーケットはある程度大きいこと。また逆にアートに関心を持っている層が、難解な美術史や現代アートの複雑なコンセプトではなく、直観的にアプローチできるツールとして色彩は都合がよく、実際問題、「色彩の魔術師」と言われるタイプの画家は、印象派やマティスをはじめ大衆の人気が抜群であるから、これらの二つの層の両方をターゲットにすればヒット作をつくることも夢ではない。しかし、それは言うは易く、である。
今回、フランスの美術家・モード史研究家、ヘイリー・エドワーズ=デュジャルダンの著した「色の物語」のシリーズは、その大衆のニーズをしっかり把握した上で、きれいに的に当てたものとして、ある意味で理想的な形態ともいえる。今のところ「青」「ピンク」「黒」まで発刊されており、「金」「赤」まで刊行される予定である。
一つひとつ色を取り上げながら、アート作品を制作年順に並べ、見開きで片側に解説とミニコラム・歴史、片側に作品画像をレイアウトする方法は、編集としても優れていると思うし、造本を安価にするためにペーパーブックに流れずに、ハードカバーで開きを良くしている点も好感が持てる。
最初に出た本は、『色の物語 青』で、これを見た瞬間、紋章学者・色彩学者、ミシェル・パストゥローの『青の歴史』松村恵理、松村剛訳(筑摩書房、2005年)が下敷きにあることをすぐに理解した。『青の歴史』は、パストゥローが、青という現在では万人に好まれている色が、古代ローマ人にとっては「ガリアの蛮族」、ケルト人やゲルマン人がまとう色として忌避されていたが、徐々にその地位が上がり、中世後期には聖母マリアの色となり、フランス王朝の色にもなっていくという価値観の変遷を、専門である中世紋章学の知見を背景に解き明かしていくもので、評判となった。その後、『黒の歴史』『緑の歴史』『赤の歴史』『黄の歴史』『白の歴史』とシリーズ化していくのであるが、残念ながら邦訳は『青の歴史』のみである。
実際に『色の物語 青』の最初に、パストゥローの説が要約して書かれている。その後は、青をテーマにしたアート作品が年代ごとに紹介されていく。原題は、『Bleu – Ça, c’est de l’art』、つまり「青 これぞアート」といったところだろうが、邦訳を『色の物語』としたように、同じく美術史の書籍でもっとも読まれているエルンスト・H・ゴンブリッチ『美術の物語』と掛けたのであろうし、コンセプトとしては、パストゥローとゴンブリッチを混ぜて、色彩から見た美術史を語るというものだろう。
いずれにせよ、色彩の歴史とつなげて美術の歴史を見ていくのは面白いし、そこにはパストゥローの指摘するような価値観の変遷もあるし、交易や化学技術・科学技術の大きな影響もある。古代エジプトから、ジョット、元の青花、フェルメール、ウェジウッド、北斎、ゴッホ、セザンヌ、ピカソ、フランツ・マルク、モネ、マティス、イヴ・クライン、ホックニー、アニッシュ・カプーアなど、色彩の工芸とアート作品を通じて、別の通史を一望できるのは壮観であるし、アーティストやデザイナーにとっても役に立つだろう。また、アート好きだけども、なかなか美術史に対してとっかかりがもてない初学者にとっても、色彩的な好みからうまく入れるアプローチになっている。100頁余りの薄い本ではあるが、内容は濃くコンパクトにまとめた美しい本に仕上がっている。
外国語の本を翻訳すると、アルファベットに加えて、漢字・平仮名・片仮名、数字、さらにそれらの何通りものフォントによって、ごちゃごちゃしてしまうものだが、原著は見てないがなんとかうまく収めているように思える。
ただし、このような色の分類方法や歴史観自体が、西洋的なものであるし、気候や文化、色彩観がかなり異なる日本において、そのまま彼らの感覚を内面化してもうまくいかないということは留意が必要だろう。パストゥローも、日本の光沢と艶消しといった質感を重視する色彩感覚を例に挙げ、色という現象は文化によって異なった仕方で定義され、実践され、体験されるものであると述べている。非西洋圏の地域でも同様に異なった感受性がある。「色の物語」もいろいろあると捉え、ひとつの指標として参考にするのがよいだろう。