セザンヌと蒸気鉄道(1)~(7) 秋丸知貴評

 

セザンヌと蒸気鉄道(1)――19世紀における視覚の変容 秋丸知貴評

興味深いことに、1878年4月14日付のエミール・ゾラ宛の手紙で、セザンヌは疾走する汽車から眺めたサント・ヴィクトワール山を「なんと美しいモチーフだろう」と称賛している。
つまり、セザンヌは、絵画において蒸気鉄道がもたらす視覚の変容を自らの「感覚」の一つとして次第に実現していったのだと考えられる。
これは、セザンヌ芸術の秘密を解き明かす最新の学説の一つである。

 

セザンヌと蒸気鉄道(2)――フランス印象派の最初の鉄道絵画 秋丸知貴評

まず、1866年の夏にセザンヌが描いた《ボニエールの船着場》は、フランス印象派の画家達の全作品の中で蒸気鉄道を画題とする最も早い絵画である。
これは、これまで世界中の誰も指摘してこなかった新事実である。

 

セザンヌと蒸気鉄道(3)――エクス・アン・プロヴァンスの鉄道画題 秋丸知貴評

また、セザンヌは故郷エクス・アン・プロヴァンスで、日常的に蒸気鉄道を利用し、画業の初期から晩年まで、切通し、信号機、鉄道線路、鉄道橋、蒸気機関車といった様々な鉄道画題を大量に描いている。
その意味で、セザンヌは自然愛好の画家であると同時に、近代生活の画家でもあった。

 

セザンヌと蒸気鉄道(4)――メダン、ポントワーズ、ガルダンヌ、エスタックの鉄道画題 秋丸知貴評

さらに、セザンヌは、メダン、ポントワーズ、ガルダンヌ、レスタックでも様々な鉄道画題を描いている。
セザンヌの鉄道絵画の特徴は、現場を知らない者にはその絵画の中に蒸気鉄道が描かれていることがはっきり分からないことである。さらに、蒸気鉄道のみに集中するのではなく、蒸気鉄道と自然を対比して描くのも特徴である。

 

セザンヌと蒸気鉄道(5)――造形表現の様式分析 秋丸知貴評

それでは、セザンヌの造形形現は、蒸気鉄道からどのような影響を受けたのであろうか?
実際に、セザンヌの絵画と疾走する汽車の車窓風景はよく似ている。どちらも世界が揺れ動き、水平方向の運動が感じられ、前景が失われている。また、視点が複数化し、対象が歪曲化するのも共通している。

 

セザンヌと蒸気鉄道(6)――画題から造形への影響 秋丸知貴評

絵画において、見慣れない物の影響は、まず画題に現れ、次に造形に現れる。なぜなら、見たものを描く方が内面化したものを描くよりも易しいからである。
フランスで蒸気鉄道を初めて本格的に取り上げた印象派の画家達の中でも、セザンヌ、モネ、ドガには、蒸気鉄道の影響の画題から造形への移行を見出せる。
そして、その移行を最も早く達成したのはセザンヌであった。

 

セザンヌと蒸気鉄道(7)――感覚の実現とは何か? 秋丸知貴評

要するに、画家としてセザンヌが実現しようとした「感覚」は、まず第一に外光がもたらす視覚の変容であった。その追求の過程で、セザンヌは蒸気鉄道がもたらす視覚の変容というもう一つの「感覚」も実現しようとしたのだと指摘できる。

 

本稿は、秋丸知貴『ポール・セザンヌと蒸気鉄道――近代技術による視覚の変容』(晃洋書房・2013年)の抜粋である。

著者: (AKIMARU Tomoki)

美術評論家・美術史家・美学者・キュレーター。
1997年多摩美術大学美術学部芸術学科卒業、1998年インターメディウム研究所アートセオリー専攻修了、2001年大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻美学文芸学専修修士課程修了、2009年京都芸術大学大学院芸術研究科美術史専攻博士課程単位取得満期退学、2012年京都芸術大学より博士学位(学術)授与。
2013年に博士論文『ポール・セザンヌと蒸気鉄道――近代技術による視覚の変容』(晃洋書房)を出版し、2014年に同書で比較文明学会研究奨励賞(伊東俊太郎賞)受賞。2010年4月から2012年3月まで京都大学こころの未来研究センターで連携研究員として連携研究プロジェクト「近代技術的環境における心性の変容の図像解釈学的研究」の研究代表を務める。2023年に高木慶子・秋丸知貴『グリーフケア・スピリチュアルケアに携わる人達へ』(クリエイツかもがわ・2023年)出版。
主なキュレーションに、現代京都藝苑2015「悲とアニマ——モノ学・感覚価値研究会」展(会場:北野天満宮、会期:2015年3月7日-2015年3月14日)、現代京都藝苑2015「素材と知覚——『もの派』の根源を求めて」展(第1会場:遊狐草舎、第2会場:Impact Hub Kyoto〔虚白院 内〕、会期:2015年3月7日-2015年3月22日)、現代京都藝苑2021「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」展(第1会場:両足院〔建仁寺塔頭〕、第2会場:The Terminal KYOTO、会期:2021年11月19日-2021年11月28日)、「藤井湧泉——龍花春早 猫虎懶眠」展(第1会場:高台寺、第2会場:圓徳院、第3会場:高台寺掌美術館、会期:2022年3月3日-2022年5月6日)、「水津達大展 蹤跡」(会場:圓徳院〔高台寺塔頭〕、会期:2025年3月14日-2025年5月6日)等。

2010年4月-2012年3月: 京都大学こころの未来研究センター連携研究員
2011年4月-2013年3月: 京都大学地域研究統合情報センター共同研究員
2011年4月-2016年3月: 京都大学こころの未来研究センター共同研究員
2016年4月-: 滋賀医科大学非常勤講師
2017年4月-2024年3月: 上智大学グリーフケア研究所非常勤講師
2020年4月-2023年3月: 上智大学グリーフケア研究所特別研究員
2021年4月-2024年3月: 京都ノートルダム女子大学非常勤講師
2022年4月-: 京都芸術大学非常勤講師

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