質問1これまでの美術評論でもっとも印象的なものについてお答えください。
美術史家の辻惟雄さんの著書「奇想の系譜」。1960年代後半に「美術手帖」誌に掲載された岩佐又兵衛や伊藤若冲、狩野山雪など江戸時代の6人の絵師に関する記事をまとめた論考が1970年に単行本化されたのをきっかけにじわじわと評価を高め、数十年をかけて日本美術史の一つの核になった。それは、価値観の掘り起こしにほかならなかった。美術作品などの創造物が旧来の価値の変化を生み出すものならば、それらを評価する批評にも価値観の転換があるのは自然なことである。本書はそのことを実証したのではないだろうか。雑誌の寄稿記事にとどまらず単行本化されたことも、「奇想の系譜」という言葉をもって美術の世界に強いインパクトをもたらし続けることを大きく手伝ったのではないだろうか。
質問2これからの美術評論はどのようなものになりうるかをお答えください。
ネットの普及によるSNS、動画、音声メディアなどの普及によって、美術作品や作家、さらには展覧会に関する情報の拡散ぶりに、少なからぬ変化が生じてきた。しかし、長い目で見れば、評論家がテキストで作家や作品の実績を顕彰する評価の構造はさほど変わらないのではないだろうか。人間は言葉によって思考し、思考を深めることによって感性を磨き、新たな感性を開く。美術作品や作家の評価は、言葉の積み重ねによって高まりや深まりを得る。そうした言葉が紡がれるのは紙媒体とは限らないし、評論家が専従で生きていくのは容易ではないが、書籍などに固定化されたテキストは、刹那刹那で消費されていくSNSのコメントなどとは性質を異にし、思考の盤石な礎となり続けるだろう。