民芸展探訪録2023秋

美術評論ではないが、今年は連盟会報の恒例の「会員の短信」への投稿の機会もなかったので、「美術評論+」を自由な発言の場と考えて「美術時評」という名目で近況報告を綴るのも許されるのではないかと考えて投稿する次第である。

 

さて大阪の中ノ島美術館で始まった「民藝」展が全国を巡回していて話題になっているようだが私はまだ見ていない。しかし期せずして今年の秋は私にとっても民藝三昧の秋となった。

まず日本玩具博物館で開かれていた「メキシコと中南米の民芸玩具」展を見に姫路に行く途中に、京都の美術館「えき」で開かれていた「芭蕉布 人間国宝・平良敏子と喜如嘉の手仕事」展(9月9日~10月29日)を見た。それは期待以上に素晴らしい内容で、見ているだけでも心を豊かに満たされる心地であった。薄い黄色地の芭蕉布に織り込まれた茶色の絣の様々な文様の単純で素朴な美しさに目を奪われた。さすが柳宗悦をして「今時こんなに美しい布はめったにないのです。いつ見てもこの布ばかりは本物です」(『芭蕉布物語』)と言わしめただけの値打ちがある。

私は民俗美術にも興味があるので、姫路の日本玩具博物館の「メキシコと中南米の民芸玩具」展(7月8日~10月29日)も訪れたが、さすがに「芭蕉布」展の後では色あせて見えた。それは「美」というフィルターを通過させている美術館とそうでない博物館の違いだろうか。

「芭蕉布」展は昨年東京の大倉集古館で開催された展覧会を再編成した巡回展らしいが、ショップで販売されていた東京展の図録を見てそれを見逃したことが悔やまれた。

会場に置かれていた案内状から大阪日本民芸館でも「喜如嘉の芭蕉布物語」(9月2日~12月19日が開催されていることを知りさっそく翌日出向いた。戦後芭蕉布を復興した平良敏子は昨年百歳にしてその寿命を全うされたが、彼女が芭蕉布に赴くきっかけを与え指導し力添えしたのが倉敷の大原綜一郎と外村吉之介であったということだから関西とも深い関りがあるので、今回の展覧会は大阪の日本民芸館にふさわしい試みであると言えるだろう。

   

私の住んでいる名古屋市に隣接する豊田市にある豊田市民藝館では開館40周年記念事業の一環として「沖縄の美」展(10月7日~12月3日)が開かれた。これは沖縄の本土復帰50年を記念して昨年東京の日本民藝館で開催された展覧会を再構成したものであった。私は東京の展覧会を見に行けなかったことが残念でならなかったので、今回地元で見ることができたのはまことに幸運であった。

あまり知られていないことだが、豊田市民藝館には旧日本民藝館にあった柳宗悦の館長室がまるごと移築されている。日本民藝館の改築の際に大展示室とともに本多静雄がもらい受けて豊田市に寄贈したものである。それがきっかけになってこの民藝館が誕生し今では大展示室とともに公開されている。

そういう経緯もあってのことだろう、両館は深い関りを持っているらしく豊田市民藝館は日本民藝館と共催で東京の展覧会を年1回再編成して豊田市に持ってきている。今回の展覧会もそのうちの一つである。わざわざ東京に行かなくても地元で東京の展覧会を見ることができるのは中部地方の民藝ファンにとっては嬉しい限りである。

沖縄の美を最初に発見、紹介したのは日本民藝館の生みの親である柳宗悦と民藝の仲間たちであった。したがって日本民藝館にはその美の粋が集まっている。何といっても色鮮やかな紅型、芭蕉布などの織物がある。思うに紅型に代表される染物はどちらかというと二次元的で絵画的な美を誇っている。これに対して芭蕉布に代表される織物は沖縄に限ったことではないが素材の触感や糸と糸が絡み合って作り出す立体的な構造によって奥行きのある深みを作り出すように感じられる。ほかに沖縄独特のシーサーや厨子甕、抱瓶などの壺屋の焼物、漆工芸など沖縄の民藝は琉球王朝の工芸とともに比類のない美を誇っている。

 

最後に「村田コレクション受贈記念 西洋工芸の美」(9月14日~11月23日)を見に日本民藝館に行ってきた。ただこれを見るためだけに名古屋から東京まで新幹線を使って行くという贅沢な旅をする値打ちのある展覧会であった。

日本民藝館ではスリップウェアやウィンザーチェアなどの展覧会はこれまで開かれているが、西洋の工芸一般という展覧会は珍しいのではないか。

内容はガラス、金工、陶器、木工など多岐にわたっているが、何といってもスリップウェア、ウィンザーチェアなど日本民藝館ですでにおなじみのジャンルが質、量ともに充実していた。いずれも産地はイギリスである。陶器ではスペインの物も多く、ラスター彩などが目についたが、教会を象った小さな置物が土俗と聖性が融合した不思議な魅力を放っていたのが印象に残った。ほかにもピューター製皿(イギリス)やデルフト・ウェア(オランダ)などもあった。

とくに興味深かったのは鍵のコレクションでその様々な意匠は興味尽きないものがあった。以前民藝館で朝鮮の錠前のコレクションを見たのが印象深かったが、またいつか東と西の鍵物語など聞きたいものである。

このコレクションは村田夫妻の西洋の民藝に対するすぐれた鑑識眼と収集に対する情熱を示すものであったが、今回の寄贈によってそれらは日本民藝館という終の棲家にふさわしい場所を見つけることができ、またこれが同館の西洋民藝のコレクションにいっそうの厚みを増すことになったことを喜びたい。

なお余談ながら同館は美術評論家連盟のプレス・カード有効館になっている。それは推測するところ海外の美術関係者に日本の美を、そして世界の民藝の美を見て欲しいという同館のたっての願いからであろう。そういった趣旨とは知りながら私もちゃっかり恩恵に与っているのであるが、機会があれば海外の美術関係者を案内するなどして宣伝に努めてお返しをしたいと思う。

*写真は各会場の展覧会フライヤーより引用しました

 

著者: (YAMAWAKI Kazuo)

1948年に生まれる。東京大学文学部美術史学科卒業。1973~1987年に兵庫県立近代美術館に学芸員として、1987~2001年に名古屋市美術館に学芸課長として勤務。2001~2017年に金城学院大学教授。1980~81年兵庫県より派遣されてスペイン国立現代美術館に留学。 アジア=ヨーロッパ・ビエンナーレ」(1991、アンカラ、トルコ)の国際審査員を、第45回ヴェネチア・ビエンナーレ(1993)での特別展「吉原治良と具体展」のコミッショナーを、第24回(1998年)第25回(2003年)サンパウロ・ビエンナーレで日本国コミッショナーを務める。企画、実施した主な展覧会としては「具体―行為と絵画」展(1985~86、スペイン国立現代美術館・マドリッド、ユーゴスラヴィア国立近代美術館・ベオグラード)、「カタルニア賛歌‐芸術の都バルセロナ展」(1987、兵庫県立近代美術館ほか)、「セブン・アーチスツ-今日の日本美術展」(1991~92、サンタ・モニカ美術館ほか)、「レッド・グルームス展」(1993、名古屋市美術館ほか)、「天と地の間に‐今日の日本美術展Ⅱ」(1996、タマヨ美術館、メキシコ合衆国ほか)、「環流-日韓現代美術展」(1995、愛知県美術館、名古屋市美術館)など。